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Sheer Mag "Playing Favorites"

Mar 1, 2024 / Third Man

アメリカ・フィラデルフィア出身のロックバンドによる、約4年半ぶりフルレンス3作目。

「70年代の名曲〇選」というお題があれば、そこではきっと David Bowie であったり Pink Floyd であったり、Marvin Gaye であったり Stevie Wonder であったりが挙がることだと思う。かくいう自分にとっては70年代はパンク隆盛期/ポストパンク黎明期という印象が最も強いので必然的にそのあたりの楽曲を挙げがちなのだが、その一方でヘヴィメタル以前のハードロックに対するぼんやりとした憧憬もあったりする。一番決定的だったのはおそらく、大槻ケンヂがソロ活動時に Cheap Trick "I Want You to Want Me" に自作の日本語詞をつけてカバーしていたのを聴いた時。10代の頃にあのカバーを聴いて、ああこの時代には自分が見聞きすることのできなかった幸福な世界があったのだなと実感したものだ。他にも清春が好きなら T.Rex に、X JAPAN や人間椅子が好きなら KISS にも自然とぶち当たるし、そういった界隈の音楽を受け入れる下地が無意識のうちに徐々に出来上がっていたのだ。

それで今回の Sheer Mag 。名前だけは聞いたことがあったが、きちんと聴くのはこれが初めて。バンドロゴや過去作のジャケットの雰囲気からハードコアパンクだと勝手に思い込んでいたが、まるで違っていた。そして自分はなぜこのバンドをずっとスルーしていたのかと、ひとりで頭を抱え込んでしまった。もしあなたが上記のお題に対して同じように "I Want You~" 、あるいは Thin Lizzy "The Boys Are Back in Town" や AC/DC "Highway to Hell" をリストの上位に入れ、その間に Blondie "One Way or Another" なんかを忍び込ませるような人であるならば尚更、このバンドを聴かない手はない。

とは言いながらも、過去のアルバムと比較すると、今回の新譜はもっとバラエティに富んでいて、多くの音楽要素が密接に混ざり合っている。もちろん主幹にあるのはこれまで通り、温故知新を地で行く70年代ハードロックに根差したパワーポップ。リード曲 "Eat It and Beat It" や "I Gotta Go" など、無闇に音圧を上げないリアルな音作りでインディバンドたる気骨をアピールしつつ、歪んだギターが景気良くドライブし、ボーカリスト Tina Halladay のエネルギッシュな歌唱も冴え渡る佳曲の応酬。だが冒頭に据えられたアルバム表題曲 "Playing Favorites" は Cyndi Lauper にパンクの快活さを注入したような曲調で、熱さと同時に軽やかさも感じられるポップさの際立った仕上がり。また "All Lined Up" は The Cars か XTC かというニューウェーブ風ディスコソング、"Moonstruck" はより一層ファンクに傾倒した絢爛でグルーヴィなナンバー、さらに "Mechanical Garden" ではシンフォニックな装飾も取り入れて壮大かつ複雑な曲構成を見せたりと、ポップなだけでもハードなだけでもない、多くの仕掛けが全編に施されている。

なので70年代~80年代初頭くらいまでに起こったムーブメントのおよそ全般に対するオマージュが込められた内容になっているわけだが、このバンドの場合は単なる懐古主義には陥っておらず、曲ごとに要素配分を微調整する巧みなセンス、そして何より Tina の聴き手を熱く鼓舞する歌声が放つカリスマ性のためか、至って新鮮で、モダンな印象すら受ける。アルバム表題はそのままこのバンドが結成以来貫き続けてきたアティテュードを指すものでもあるだろう。好きなことしかやりたくねえ。未知のものや流行に即したものも良いが、結局は自分の主義主張を貫き通したものに勝るものはないのであった。

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