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Jorja Smith "falling or flying"

Sep 29, 2023 / FAMM

イギリス・ウォルソール出身のシンガーソングライターによる、フルレンスとしては5年3ヶ月ぶり2作目。

前作 "Lost & Found" を聴いた時は、非常に実直な歌い手だという印象を受けた。トラップよりもブーンバップが主体のリズム、時には Massive Attack などのトリップホップを彷彿とさせるダークなムード、その中に差し込むジャジーで洒脱な色彩、そして情感たっぷりに歌い上げるボーカル…つまり90年代のトラディショナルなヒップホップや R&B に則したマナーが多く見受けられる音楽性。それは決して新たな流行を生み出すようなタイプではないものの、上質なプロダクションと上質な歌のみで真っ向勝負を仕掛ける説得力抜群なポップソングばかりで、普段はジャンルの辺縁ばかり好んで聴きがちな自分の耳にも、しっかりと響いてきた。実際に彼女はそのデビュー作で大きな成功を手にし、あっという間に評価を確立した。

しかし、それから EP 作 "Be Right Back" を挟んで5年が経過。足取りは自分が思っていた以上にマイペースだった。インタビューによれば Jorja はロンドンから故郷のウォルソールに戻り、昔からの友人をプロデューサーに起用して、まさに彼女の出自に立ち返って制作に臨んだのだという。大物プロデューサーや豪華ゲストにオファーして派手にアメリカ進出を試みたり、もっとトントン拍子でスターダムを駆け上がる道も彼女の前には見えていたはずだが、自分には合わないと、それをあえて拒否した。このエピソードだけでも、5年前に自分が Jorja に感じた「実直」という印象に拍車をかけるし、実際の内容を聴いてみれば、その印象はなお強まったのだった。

1曲目 "Try Me" を聴いて、リズムの主張が強いと感じた。歌声が醸し出す憂いやメロディの感触は以前からの延長線上にあるものだが、R&B というよりも("In Rainbows" 以降の)インディロックから着想を得たと思われるパーカッシブなビートには、明らかにこれまでよりも前のめりの勢いを感じる。また、ハウシーな疾走感のある "Little Things" ではその勢いがさらに鮮烈なものとなり、歯切れの良いアコースティックギターとパワフルなドラムで推進する "GO GO GO" に至っては Jorja 流ポップパンクだ。アルバム前半がアッパー寄りの "flying" 、後半がダウナー寄りの "falling" という二部構成になっているとのことだが、特にその "flying" においてはリズム面の革新が顕著であり、バラエティに富んでいて、骨格が引き締まっている。前作では上モノもビートも、トラックの全てが彼女の歌を輝かせるために存在しているように感じた。それに対して今作はリズム/グルーヴから引っ張られる場面が多く、それが結果的に中心の歌を一段とフレッシュに引き立て、新たな魅力の側面を付与していると思う。

ひとつひとつの要素を搔い摘んでみれば、目新しさはさほどない。むしろこれまでにも多くのアーティストに散々使われてきた手法ばかりだと思う。しかしそこに Jorja Smith というシンガーのカリスマ性があり、エレクトロニックと生演奏の中間を射抜く絶妙な質感のプロダクションがあれば、凡百とは確実に一線を画す代物が出来上がる。それは、彼女の存在をもっと煌めかせるためにはどういったリズムパターンが相応しいかという審美眼の確かさでもある。インディロックにしろハウスにしろポップパンクにしろ、これまでの彼女には見られなかった新要素だが、それらを取り入れる手つきが良い意味で慎重なのだ。今作において Jorja は新たなステージへと到達した。しかしそれはこちらの予想をまるっきり裏切るような、突拍子のないものではない。こちらの期待や欲求に十二分に応えてくれる、それでいて新鮮味も決して失わない、そんな変化と一貫の両立を高度なレベルで達成した楽曲ばかりを聴かせてくれる。それはやはり、彼女の芯に「実直さ」がポリシーとして変わらず根付いているがゆえの成果だろう。


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