見出し画像

beabadoobee "Beatopia"

Jul 25, 2022 / Dirty Hit

フィリピン出身、ロンドン在住のシンガーソングライターによる、1年9ヶ月ぶりフルレンス2作目。

先行曲 "Talk" があまりにも鮮烈なオルタナティブ・インディポップの傑作だったものだから、アルバムの方もてっきりそういった路線で来るのだと思い込んでいたが、実際にはディストーションギターが派手に用いられているのは "Talk" と "Don't Get the Deal" のみで、その他はフォークの素朴さや、エレクトロニカ/アンビエントの浮遊感、あるいはシューゲイザー/ドリームポップの幻想性など、基本的にはむしろ静、ソフトサイドの魅力を本筋に据えた内容となっている。率直に言えば「思ってたんと違う!」だが、いやしかしながら、これはこれで彼女の持つポップセンスが、ますます自由度を増した形で花開いた快作と言えるのではないだろうか。

優秀なポップソングの条件のひとつに「シンプルさ」というものがあると思う。サウンド面の革新性、あるいは性急なスピード感や情報量の多さがモノを言う昨今の流行とは逆を行く考えかもしれないが、今作 "Beatopia" に収められた楽曲の数々を聴いていると、やはりそう実感する。暖かい微睡みの中に手招くようなオープナー "Beatopia Cultsong" を経て、"10:36" における中心のメロディはひとつふたつのキャッチーな一節をずっとリフレインする構成で、それ以上の余計な展開はない。その代わりシンセポップとオルタナティブロックの中間を行くアレンジで、風通し良く、上品なカラフルさに仕立てて聴き手を引き付ける。その後は R&B ポップ調の "Sunny Day" 、エレクトロニックな音響性を加えたフォーク/カントリー曲 "See You Soon" 、優美な弦楽隊を従えてのチェンバーポップ "Ripples" 、さらにはボッサテイストを取り入れた "The Perfect Pair" など、手を変え品を変えで様々な曲調が顔を出してくるのだが、そのいずれもがメロディ自体は至って簡素にまとめられており、2分台の短い尺で終わる楽曲も多い。旨味の凝縮された部分のみを切り出す潔さが光る。そういった曲構成や歌声のテンションが一貫しているためか、バラエティ豊かではあるけどもあっちこっちに寄り道しまくっている印象はなく、少しずつ景色がスライドしていく車窓を眺めている時のような自然さで、落ち着きと高揚感をちょうどいい塩梅で保ちながら、大胆かつ繊細なビーバワールドが紡がれている。

ところで、アルバム表題の "Beatopia" とは何を指すのか。情報によればこの造語は、彼女がちょうどフィリピンからロンドンに移住した3歳の頃に想像していた世界にちなんだものなのだと。自身の脳内に湧き上がるビートピアの世界地図を書いたりしていたのを、先生やクラスメイトは笑い、恥ずかしさを覚えた彼女はいつしかそうした空想を忘れ去ろうとしていた。その時に感じた疎外感が尾を引き、高校に入学しても成績不振と素行不良が重なって中退する結果となってしまったり、身の置き所のない切なさが常に彼女の根底にあったのだという。その後、彼女は作曲を始め、YouTube や TikTok で大きく話題となり、Beatrice Laus という存在は徐々にひとりきりではなくなっていった。

今作中の歌詞には、かねてからの恋人に対する率直な思い、依存と独立の間で揺れ動く逡巡、過去のネガティブな経験を振り切る力強さ、つまり彼女が日常的に抱えている思いばかりがつらつらと綴られている。鮮やかな楽曲に乗せて、自身の内にある光と影をまとめて肯定しようと努めている。サウンド面でも、前作 "Fake It Flowers" ではオルタナティブやグランジ、シューゲイザー、またはポップパンクといった90年代~00年代初頭頃のロックサウンドの上質な(しかし良くも悪くも屈託がなさすぎる)リバイバルに邁進していたが、今作ではそこからさらに羽を伸ばし、多方面に愛着を持つ彼女の趣味嗜好がさらにリアルな形でパッケージされたと言える。自分を丸ごと投影した、自分のためだけの居場所。2作目にして彼女はそれを完成させた。ここから彼女はどこへでもいけるし、いつでもここに戻ってこれる。

自分の名を分けた理想郷、それは現実から逃避するシェルターではなく、現実と対峙するための出発点なのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?