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BOOM BOOM SATELLITES "UMBRA"

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2016年に活動を終了した日本のロックバンドによる、2001年発表のフルレンス2作目。

音楽と作者は切り離して考えるべきか。ミュージシャンが何かしらの不祥事で世間を騒がせるたびに、繰り返し議論され続けている話題だ。いや別に不祥事じゃなくとも、作者のキャラクターや背景に特別な事情が存在する場合に、それを音楽と関連付けるべきかどうかはやはり繊細な話になってくる。まあ一口に「音楽と作者」と言ってもその関係性には星の数ほどのパターンがあるわけで、聴き手はそのパターンの都度に対応を迫られ、そこに誰もが納得できる明確な答えなどは永久に出てこないだろうが、その両者の繋がりに目を凝らすことで作品の魅力に新たな一側面が加わってくる事実は、良くも悪くも否定できない。

では BBS はどうだろうか。ボーカリストの川島道行は、この "UMBRA" をリリースする時点ですでに2回の脳腫瘍摘出手術を経験している。ダイレクトに生死に関わる病気と闘いながら活動を続けていたわけだが、当時はその病気については全く公表していない。音楽は純粋に音楽のみとして受け取ってほしいという意向の表れだったのだと思う。「大病を患ってもなお…」といったストーリーが作品にまとわりつくことを彼らは拒否していた。ただそれでも今作は、当時の彼らの深刻なコンディションがリアルに反映された…そう考えざるを得ないほどの、20年以上に渡る BBS 全キャリアの中でも特にヘヴィネスの際立った内容となっている。

BBS の音楽性は2004年発表のシングル "Spine/Dive For You" 以前と以後に大別できる。2004年以降の BBS はボーカルをはっきりと曲の中央に打ち立て、推進力のあるギターあるいはシンセのリフをフィーチャーし、スクエアで明快な4分打ちビートを貫き通すといった風に、あえて自分自身をロックのクリシェ、またはダンスミュージックのクリシェに押し込めることにある種の趣を感じていたような節がある。ベタであることの力強さを逆手に取り、音自体が持つ快楽性をより開放的でスケールの大きなものへと発展させ、それを BBS の最新モードとして提示していた。"UMBRA" はその方向性とはほとんど真逆を行っており、実験精神を苛烈にスパークさせ、旧来的なロックでもない、軽薄なダンスミュージックでもない、デビュー当初によく呼ばれていたビッグビートでもない、一切のレッテルを拒絶した独自のサウンドを追求していたのだ。その点で "UMBRA" は初期の BBS のアティテュードを最も象徴した内容だと言える。

サポートドラマー平井直樹のまるでサポートらしからぬパワフルなドラムプレイにまず耳が行く。硬質な響きで空間一杯をうねるようにロールし、そこにダブ風の音響効果も加わって凄みに拍車が掛かる。ジャズの即興演奏に着想を得たようでもあるし、ブレイクビーツの荒ぶる躍動を生演奏に置き換えたような良い意味での強引さもある。ジャムセッションに限りなく近い奔放な曲構成を取り、その中にエレクトロニクスの冷徹さ、ヒップホップの野蛮さ、そしてジャズ風のサックスの艶やかさが交錯する。それら各要素のいずれかが中心を担うというわけでもなく、全てが同等のイニシアチブを持った状態で並走しながら混ざり合い、スリリングな緊張感ばかりが増長されていく。そんな音の中を搔い潜って迫る川島道行のボーカルは、歌というよりもほとんど彼自身に対してのアジテーションだ。彼の中に巣食う闇をどうにか言葉にして吐き出そうとするストラグルの様子があまりにも生々しく刻印されている。自問自答、死生観の表れと言っても良いと思う。その痛切さはともすればサウンド以上にヘヴィなもので、そこに2度の大きな手術を終えたという事実が密接に絡んでいるのはたやすく想像できるが、そんな前情報をまるで必要としないほどに、ここにある楽曲はいずれも、それ単体のシリアスさで十分に聴き手を引き込み、激しく内省へと向かわせる。

そしてこの作品からしばらくは川島の容態は安定していたが、2012年頃には脳腫瘍が再発してしまい、手術を繰り返しながらの断続的な音楽活動を余儀なくされる。だがその頃の BBS は "UMBRA" のような内省的なダークネスには身を寄せず、あくまでも未来に希望を託すことを決めた。最後の気力を振り絞って "LAY YOUR HANDS ON ME" という BBS 至上最もポップでブライトな作品を家族に捧げ、惜しくも2017年に川島は逝去。残った中野雅之は彼の意志を継ぎ、BBS イズムの良き理解者である小林祐介 (THE NOVEMBERS) と新バンド THE SPELLBOUND を結成した。どの時期が優れているかという話ではない。光と影、過去と未来は表裏一体の関係にある。ダークな要素が特に強いこの "UMBRA" は BBS の表現の最深部に位置していながら、後の彼らをより広大な地平へと向かわせ、現在の THE SPELLBOUND の礎にもなっている、重要なポジションを担っている作品だと思う。

ただひとつだけ難を言うならば、今作は絶対にフィジカルで聴かなければならない。何故なら Chuck D (Public Enemy) がゲスト参加した4曲目 "YOUR REALITYS' A FANTASY BUT YOUR FANTASY IS KILLING ME" がおそらく権利関係の問題でデジタル配信されていないからだ(2021年8月現在)。リズム隊がキナ臭く強烈なグルーヴを繰り出す中、Chuck D は記名性バリバリの前のめりなラップで演奏の勢いにガソリンを注ぎまくっており、即効性は今作中随一。そこにあるメッセージは「すっこんでろ、文句あるか」要するにこれだけ。もしこの作品に唯一ポジティブな光があるとするならば、それは実はこの Chuck D の不遜さなのかもしれない。

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