見出し画像

NOT WONK "dimen"

画像1

北海道出身のロックバンドによる、1年7ヶ月ぶりフルレンス4作目。

リリースされてから何周か通して聴いているが、毎回どうしても笑ってしまう。明らかに過剰で、やりすぎているからだ。だいたいどんなジャンルのものでもそうだが、何かしらの方向にやりすぎている表現は、受け手側がその表現の強度に耐え切れず、条件反射的に笑いを引き起こす作用がある。このアルバムは完全にそれである。どの曲もいちいち強すぎる。その強さを前にしてただゲラゲラと笑っているだけでもいいっちゃいいのだが、自分はこの作品のやりすぎっぷりをなんとか文字に起こすことで、頭の中で整理をつけておきたいし、あわよくば NOT WONK をまだ知らない人にまで、この作品がいかに笑えるかが少しでも届いたら面白いな、という思いを捨てきれずにいるので、書いてみるぞ。おー。

このアルバムがどの点においてやりすぎているのか。"音楽性" と "音響" のふたつである。まず "音楽性" から。彼らは今作のリリースに合わせて、サブスク配信サービス AWA にて "Essences of dimen" と題したプレイリストを公開している(こちら)。名前の通り "dimen" の要素、リファレンスとなっている楽曲を並べてあるわけだが、この内容がえらく極端で、古き良きフォークロックに始まり、ソウル、R&B 、ファンク、テクノ、ヒップホップ、クラシカル、ポストロック等々…もはや本来の出自であるはずのパンクロックが埋もれてしまうくらいに、とにかくバラエティに富んだ内容となっている。それで実際に今作を聴けばすぐわかるが、このプレイリストにある全曲、本当にすべての影響が余すことなく反映されているのだから、まあたまげる他ない。禁じ手一切なし、筋金入りのクロスオーバーなのである。

しかもそのクロスオーバーの手法というのがまた凄まじくて、それぞれの要素をバランス良くかいつまんで配合するでも、楽曲ごとに方向性をパキッとわけているでもなく、1曲の中に2~3ほどの音楽ジャンルが並列で結合されており、下手すればバース/ブリッジ/コーラスの各セクションで音楽性がコロコロ切り変わるくらいの勢いなのだ。例えば1曲目 "spirit in the sun" の構成を追っていくと、イントロではディープな残響処理を効かせて、とろけるほどに甘いトーンのギターと歌が広がる。意外にも Frank Ocean にまで肉薄するアンビエント R&B で曲が開始…かと思ったら次の瞬間には景色がスライド。ドラムとハンドクラップが重なって多角的でいびつなグルーヴを形成し、新手のブルックリン発のアートロックか?と見紛うような実験的な曲調に。しかもそこに乗っかってくるギターフレーズはやたらとエモ味満載。そして最後はなぜか牧歌的な雰囲気のフォークでしっとり終わるという。展開が急転直下すぎてさすがに目が点になる。実際のライブを見たことがないのでこの曲をどうやって演奏するのか定かではないが、少なくともこの音源テイクをそのまま再現するのは不可能だろう。スタジオ録音ならではの手法を駆使し、どのジャンルに軸足を置くでもなく、むしろ興味嗜好のすべてを同列に捉えて無理矢理にでも繋げきってみせる、そんな無謀にも思える挑戦を見事に解決させてしまっている。この中でパンクはあくまでも曲を構成する要素の一部分に過ぎないし、何かしらのジャンル名で形容すること自体が無理筋になっている。これがまだ序章である。

3曲目 "slow burning" も強烈だ。冒頭は真っ当にロックバンドらしいダイナミックな躍動感に満ち溢れているが、間奏に入ると突然ジャジーなサックスがむせび泣き、アップリフティングな勢いはそのままに洒脱なムードをまとい始め、最終的にはピアノやフィドルのような音まで加わり、祝祭的な華やかさが目一杯に満ち溢れる。またはちゃめちゃなアレンジだなと驚かされるばかりである。ただ中心にある歌が…これはどうしても突っ込まざるを得ないのだが…どうにも L'Arc-en-Ciel を感じるのである。具体的にラルクのどの曲だと言われるとパッと答えられなくてもどかしいのだが、ドエルの方が聴けばきっと理解してもらえるんじゃないかと思う。しかもメロディラインのみならず、高音部に向かうときの声の張り上げ方やブレスの入れ方など、細かいクセの部分までもがやけにラルクめいていて、これはこれでまた笑ってしまうのだ。ちなみに上に貼り付けた AWA のプレイリストにはラルクは含まれていない。果たして偶然なのか?それにしてはちょっと出来すぎている気がするが…。そしてそれ以降も、アンビエントを通り越してプログレッシブ・ブルース状態の "shell" 、シューゲイザーの浮遊感とドラムンベースの疾走感が火花を散らす "200530" 、R&B 風のアーバンかつメロウな味わいを深めた "your name" と、まあ仕掛けの数々を列挙していったらキリがない。

コークスクリューのごとく展開するこれらの楽曲群をさらに異形のものとしているのが、illicit tsuboi と柏井日向のエンジニアリングによる "音響" である。ともにテクノやヒップホップ方面の作品を数多く手掛けている技師なわけだが、その影響は顕著に表れている。ギターはフィンガーノイズがくっきりと聴き取れるほどに生々しく、ドラムは楽曲ごとに音色を変更し、場合によってはほとんど打ち込みかというくらい大胆に加工されていることも。そして多くのパートが他の音に干渉するギリギリのラインまでデカい音で強調されており、輪郭の太さが際立っている。それらをパズルのように立体的に配置することで、洗練されたエレクトロニックな感触を与えつつ、アクの強いダイナミックな音像に仕上げるという手法が用いられている。これは最近の US ヒットチャートにおける傾向、すなわち音数を削いだぶん個々の音を引き立たせ、バランスの良さよりもスリリングさとインパクトを重視したサウンドデザイン、これをバンドサウンドにそのまま落とし込んだものと捉えられる。どの音にも異様なほどの存在感がありながら、すべてが緻密な計算のもとに、適材適所に収まって共存しているのである。ただそれは単に海外の流行に便乗したわけではなく、楽曲自体が持つ魅力、方向性を尊重し、絶えず流動する楽曲のパワーを損なわないためにはどのような音響が必要かという、したたかな目的ありきの手法であり、確固たる必然性が感じ取れる。

それで、これだけの試みを盛り込んでいれば相当にアバンギャルドな作品になりそうなものだが、全体を通して聴き終えた印象は意外にもポップで、朗らかで、そして何より、パンキッシュなのだ。パンクの要素があくまで全体のごく一部でしかないと先に述べているのと矛盾するようだが、無秩序なほどの音楽要素を詰め込んでいても、最終的に着地する地点はどうしてもパンクとなる。別にここで "パンクとはスタイルではなく精神性だから…" などと言うつもりはない。しかしなぜだろうかと考えていたが、やはりどの曲でもメンバー3人による演奏が元となっており、パワフルでエモーショナルな歌唱、バタバタとせわしないスリーピースのアンサンブル、そういったパンク由来の魅力が一番の土台を担っているからかと思う。エレクトロニックな意匠を施し、上層部に小気味よいアフロパーカッションやゴスペルコーラスが入っていても、それらを支えるのは結局のところパンクの熱量であり、パンクの養分が演奏者の血の中にすっかり溶け切って、賑やかな音の奥底でドクドクと脈打っているのである。そういった意味で、自分は今作を聴いていると The Clash "London Calling" を思い出す。レゲエやスカ、ソウルやジャズを1枚の中で貪欲に取り入れても、The Clash がパンクバンドでなくなったと言われることはなかった。きっと。それと同じ感覚が今作にも共通していると思う。

なので、このアルバムは大まかに言えばロックであり、とりわけかなりパンク寄りではある。なんならこの作品をもって "パンクには輝かしい未来がある" と言い切ってしまいたい衝動に駆られる。しかしながら先にも書いたように、今作におけるパンクはあくまで土台の一部であり、今作の魅力の一端を担っているに過ぎない。例えば、もしこの作品がジャズの棚にあったらどうだろう。R&B の棚にあったらどうだろう。楽曲がまた少し違った風に聴こえる気がしないだろうか。彼らが愛好する音楽すべてをひとつに集約してみせた今作は、ひどくアンバランスで規格外の質量を誇り、それゆえにどの棚に入れてみても、必ずどこかがはみ出してしまう。それは曲中のどの部分に焦点を合わせるかで響き方が変化するということにも繋がる。パンクと呼ぶには複雑すぎるし、ソウルと呼ぶには騒々しすぎる。どの層のリスナーが聴いてもジャンルの枠を突き破るときの痛快さを噛み締めることができる。聴き手にとってこれほど自由度の高い音楽は、そうそうお目にかかれないのではないだろうか。まあともかく、カテゴライズ不要。それでもあえてこの音楽に名前をつけるとするならば、それこそ your name 、"NOT WONK" が相応しいだろう。

いやしかし、バケモノみたいなこの音像、完全に飲み下すにはまだまだ時間がかかりそうだ。よっしゃもう一回聴くか。ゲラゲラゲラ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?