雨女の恋
『ごめん……、もう限界なんだ。君とは別れるよ。さようなら……』
そう言って男は、雨の中傘を指して女に背を向けて去って行く。
『さようなら……』
そう言われたのは、何度目だろう……。と女は雨に濡れながら考える。しとしとと降り続ける雨は、まるで女の涙の代わりのように降り続ける。
「やっぱり私は……」
「『やっぱり私は……』何かな?」
「っ!?」
ふいに後ろから声が聞こえ、振り向く。すると、そこに居たのは、顔に似合わない赤い傘を指した男がいた。
「あれ?泣いてるかと思ったんだけど……。違ったかな……?」
「…………」
「あっ!ご、ごめん!!えーと……その……、ここにいたら風邪引くよ?」
男は、そう謝ってからぎこちない笑顔で女に手を差し伸べながら言う。しかし女は男の手を取らず、自力で立ち上がる。そして、男の顔を見ながら言う。
「風邪なんてひかないわ」
「え?」
男が驚いている姿に目もくれず、女は続ける。
「風邪なんてひかない。それに……もう濡れてないわ」
「えっ?!……本当だ。何で?それに、君の周りだけ雨が避けてる?」
「…………」
そんな男からの質問に、女は黙ってしまった。
「あ〜……その〜……俺が冷えてきたから、とりあえず、俺ん家行こう?」
男は先程の話を誤魔化すように女に言って、歩き出す。そんな男のあとを、少し距離を置きながら女はついて行ったのだった。
*****
そして、二人は男の家に着いた。
「どうぞ」
「……お邪魔します」
「ごめんね?ちょっと隣の部屋で着替えてくるよ。あ、適当なところに座っていいからね!」
そう言って男は、隣の部屋へと消えて行った。そしてとりあえず女は、近くにあったソファーの上に座って男を待つことにした。しばらくしてから、男は二人分のマグカップを持って戻ってきた。
「はい。ホットミルクで良かったかな?」
「……ありがとう」
そう言って女は、前に置かれたホットミルクに口をつける。
「美味しい?」
男は、そう笑顔で聞く。それに対し女は、飲んでいるマグカップから視線だけを男に向けて小さな声で答える。
「……美味しいわ」
「そっか!良かった〜!!不味いなんって言われたらどうしようかと………」
「不味いと言った方が良かったかしら?」
「えぇぇ!?もしかして本当は、不味いの我慢して飲んでたの!?」
「不味いなんて嘘よ。本当に、美味しいわ」
「はぁ〜びっくりした!本当に不味いのかと思っちゃったよ〜!」
表情がコロコロ変わる男の顔を、女は黙って見つめていた。すると、男は何かを思い出しかのように、女に聞く。
「そう言えば、名前聞いて無かったね。僕は、莇 圭吾(あざみ けいご)。君は?」
「雨宮(あめみや)……彩女(あやめ)……」
彩女は、圭吾と名乗った男にそう答えた。
「彩女さん。それで、何であんなところに座ってたのか聞いても良いかな?」
彩女は、少しずつぽつりぽつりと話し始める。
「……私、振られたの。今日彼氏に……。『お前と出かけると、いつも雨が降るから』って言われて」
「あ〜、なるほど……。なんかごめんね……?その……」
圭吾は、気まずそうに言う。
「別に……。本当のことだから……」
「本当のこと……?」
彩女は立ち上がり窓の方へ向い、再び圭吾の方へ振り向く。
「そう……本当のこと。だって、私"妖怪雨女"なの」
「…………」
それを聞いた圭吾は、黙ってしまった。
――やっぱり妖怪で、しかも雨女の私が怖いのよね……。私はただ……。
「ぷっ!あははは!」
圭吾は、いきなり笑いだした。それに対象彩女は、声を荒らげて叫ぶ。
「なっ……!?何よ!何がおかしいのよ!?あなた、私が怖くないの!?」
「あははは……、ごめん!ごめんね!なんか可愛くて」
「かわっ!?」
圭吾は笑いすぎて涙が出たのか、それを拭いながら彩女に近づいて行く。そして、圭吾は彩女の頭を撫でながら言う。
「可愛いよ。妖怪なのはさすがにびっくりしたけど……。それに……"雨はいつかは止む"ものだよ?ほら……」
圭吾はそう言って、彩女の後ろにある窓を開ける。彩女も後ろ振り返って窓の外を見る。
「あ……」
「ね?言ったでしょ?"雨はいつかは止む"って」
先程まで降っていた雨は止み、まるで二人の未来へと続く道を作るように、虹が架かっていた。
END
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