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【小説】心霊カンパニア⑤ 『クレア・タンジェンシー』



賜物


 祇園精舎・・・・・・
 シルバちゃんが熱く語り詠う。

【昔、中国の数多る皇帝が居たが、高慢に他の者の真言を聞く耳を持たず、堕落と快楽に溺れ、そして滅びゆく運命。】

【我が国も同じ。多くの天下取りが欺瞞に荒ぶる。】

 将門。源義親。藤原家・・・・・・
 平将門たいらのまさかども・・・・・・

 いや、違う・・・将門は・・・

《俺は》

 ・・・武士?侍?
 着物を何重にも着た、柄杓をもった男が視える・・・・・・


《俺は騙された。長きに渡る苦汁に耐え忍び京に仕え、戻った我が国、常陸国ひたちのくには・・・・・・》


 将門・・・ボクは聞いたことがある。日本三大怨霊とされ、首塚が有名な・・・あの、将門?



《貞盛・・・あ奴・・・父上・・・・・・》




「・・・あ・・・父・・・あー・・・ぎ・・・ぎおん・・・しょうじゃ・・・の」

 え?!

「・・・え」

「・・・千鶴ちづるちゃん、いま、出た!・・・出たよ!『声』!」

「・・・あ・・・あ・・・あた・・・あた、し・・・・・・」

「おめでとうございます」

 涙で滲む先に、普段は冷静沈着な古杣ふるそまさんが琵琶を片手に立ち上がって喜んでくれている姿と、誰よりも冷静で落ち着いているシルバちゃんが正座のままこちらを見て微笑みかけている姿が見えて、溜めていた涙が零れ落ちた。
 ボクたちは三人、抱き合って喜びを分かち合った。

「根気よく頑張ってきたからだね。おめでとう」

「よかったですね」

「あ・・・ありがと・・・う」

 声はガラガラでおっさんみたいだったけど、ボクの声が戻った!やったー!!


使用人


 ボクは声が戻ってからは歌いまくった。約一か月間、ほぼ毎日『霊言・霊聴』訓練に顔を出し、シルバちゃんと一緒に歌っている気でいたら・・・・・・

 ・・・将門・・・・・・

 あれはなんだったのか。

 ボクの力は『霊視』。声が聞こえてくるはずは無いのに。
 古杣さんの影響かな・・・・・・?

 まぁ何にしても、もしかしたらそのおかげでボクの声が戻ってきたのかもしれない。将門公にも感謝しないとね♡



 流行りだったボクの大好きな女性ボーカルの曲を口ずさみながら、またまた温泉に向かった。霊言の影響も多分にあるだろうけど、ここの環境と秘湯の温泉にも声を治す効果があったのかもしれない。ここと全ての繋がる場所がパワースポットみたいなものだからね。

 このマヨヒガ迷い家屋敷』が現世と繋がる場所は様々な『狭間』に生じる。分かり易いような鳥居や路地裏、トンネルや境界とかだけでなく、目に見えない、例えば磁場や木陰、川の淡水と海の海水の狭間、積まれた屍同士の隙間などにも繋がることがある。

 温泉は立ち上る湯気が大きな隙間となり、含まれる成分によっては繋がりやすいんだそう。気体と液体の『狭間』の、どちらでもない混沌の空間・・・・・・

・・・・・・

 ・・・って、また迷子になった汗

 いやいや、ずっとここ、洋式ダイニングを真っすぐ抜けて、左に曲がった突き当りにあったじゃん!!その突き当り自体が無くなってんだけど涙・・・もう、大分と歩いたけど??

 そのまま適当に歩いてきて、不安から呑気に歌っている場合ではなくなってきた。

 そしてまた、気が付いたら和風空間から中華風へと変わってきた所で、前回の箱部屋のことを思い出し嫌悪感からすぐに引き返そうとしたその時、左手の一室の部屋から甘い、桃のような桜のような香りがしたような気がした。

 嫌な雰囲気はなく、甘い香りがずっとしている。

 よし、視て見よう。

 ボクはもはや罪悪感に苛まれながらも、『千里眼』の力を乱用している自分が嫌になってきた。これが最後だから。訓練の一環だからと自分に言い訳しているのにも腹が立ってくるが、前回のあの異様な箱の部屋に入ってしまうようなことは絶対にしたくない。だから仕方がないよね。

 甘い香りの部屋の中を覗くと、一人の女の子がチャイナ服にエプロン姿で部屋の掃除をしていた。ボクと同じ年ぐらいだけど、ボクはまた知らない人と出会いキョトンとして一時の間、じっと見てしまっていた。

 ボクはなんだか完全に変態みたいだ。でも違うんだ。彼女のオーラは乳白色と赤が混ざったようなグラデーションをしていて、綺麗なピンク色に見惚れていたのもあったのだ。

 すると、奥の方からシャルがやってきてなにかをその女の子に渡していた。シャルの顔はなんだかデレデレしたような、変な感じで照れ隠しをしてるいやらしい目をしながら何か会話をしている。

 ははぁ~ん。

 ボクはもうすぐに分かったよね。シャルはこの子のことが好きなんだ。

 ずっと覗きをしながら必死に考えた。初めましてのかわいい娘と仲良くなりたい欲求と、シャルの邪魔をしちゃいけないという誠実さの『狭間』で!

 う~ん、と悩みながら考えていると、シャルの方からこっちへとやってくる。ボクはなんだかヤバイ汗っと思って逃げようとしたけど
「・・・何してるの、千鶴ちゃん」

 あ、そうか、シャルの嗅覚でバレるよねと、ボクは諦めて観念するしかなかった。

 なんか、ごめん・・・・・・


桃華


 シャルに開け放たれた襖からは、さっきの甘い香りがフワッと漂い、ボクは少し反省する前に恍惚としてしまった。

「やっぱ、桃華ももかちゃんといると僕の『霊嗅』は鈍っちゃうなぁ」

「・・・だから、はよどっか行きぃや。いっつもおるけど色んな意味で大丈夫なんか?・・・ってか誰ぇ?この子」

 ボクはやっと喋れた声なのに、色々と情報が多くてどれから対処したらいいかが分からずに声が出なかった。

 甘い香りで恍惚としながら、見た目の雰囲気とは違いコテコテの関西弁のギャップと、冷たいことを言っているようなセリフだが、決して嫌がってはいないニュアンス。そしてシャルの、ボクが居た事を分かっていたのかどうなのか分からないさっきのセリフなど。

「あ、え、えーと・・・・・・」

「ああ、こちらは千鶴ちゃん。先月からここに・・・・・・えぇ?!千鶴ちゃん!声!いま喋らなかったぁ!?」

「う、うん、まだ声帯が完全に開き切ってないから声は小さいし、言葉によっては”どもる”けど、なんとか・・・・・・」

「やったー!よかったねぇ!頑張ったぁ!偉い!」

 そう言ってボクを抱きしめるどころか、抱き上げてきた。誰よりも一番、全快に喜んでくれるシャルが、ボクには照れくさくも自分の声が出た時よりも嬉しい気持ちになった。



「えーと、改めて・・・桃華ちゃん、ちょっと時間大丈夫?」

「ああ、ええでー。なんなん。かわいい娘やなぁ」

 ボクよりも背も小さくてかわいい娘に、かわいいと言われるほど嬉しいことは無い。掃除を一生懸命やっていたのだろう、玉のような汗が滲み出しているのも少し色気があった。

「こちらは千鶴ちゃん。先月の頭ぐらいにここに来てずっと療養中だったんだ。こちらは桃華ちゃん。僕と一緒にこの屋敷の家事全般をやってくれてるんだ」

「は、はじめまして。よろしくお願いします」
 ボクはまた照れくさくなった。

「はじめましてぇ。よろしくやでぇ。こいつに変なことされてへん?大丈夫?」

「ちょっと、桃華ちゃん。僕は変態じゃないって」

「なに言ってんのよ。ずっとうちの匂い、犬みたいに嗅いでくるくせに」

「いや、ちがうってー、仕方がないじゃない、そういう能力なんだし」

「そんな能力が”憑く”段階から、変態の才能ってことやろ?」

「酷いなぁ、もう・・・・・・」

 そう言うシャルだけど、なんだか嬉しそうだ。ボクでもこの香りは高揚してしまいそうな気がするから、シャルは一撃ノックアウトだっただろうなと思う。

 見た目は凄くかわいいとセクシーをちょうど混ぜ合わせた雰囲気だけど、関西弁がその妖艶さを調和させてくれて親しみを感じさせる。これが違和感でもあるが、人間としての魅力を感じる要素でもあるなと思った。


クレア・タンジェンシー


「・・・ああ、あんたが”あの”?!」

「そうだよ桃華ちゃん。この子があの霊視感能力者クレア・ボヤンス

「へぇー、いいなぁ」

「なにが?」

「のぞき見し放題やん!」
 ボクは少し気まずくなった。

「いやいや、そんな使い方?!」

「あんたやったら四六時中のぞきしてるよな」

「見れるだけじゃあ・・・ねぇ、千鶴ちゃん」
 二人の会話のやり取りはどうしてもまるで漫才のように聞こえてしまう。シャルは話を逸らすようにまたいやらしい目でボクに”フッて”きた。

「い、いや汗、結構、集中が必要だから変な気になる余裕なんてありませんよ?」

「そうそう、桃華ちゃんはまだ聞いてないだろうけど、千鶴ちゃんも大変な苦労をしてここに来たんだからね?」

「分かってるわーそんなん言われんでも。ここに来てるみんなが色々と、そんな、こんなやろ?」

「あ・・・じゃあ、桃華さんもなにか力があるんですか?」

「ああ、そやで。何の役にも立たんけどな」

「えっとね千鶴ちゃん、桃華ちゃんはね・・・・・・」
「あ、待って」

 桃華さんはシャルが説明するのを止めて、手にしているお皿に乗った大福を直接、触りだした。さっきシャルが渡していた物だ。

「・・・えーっと、中にグレープフルーツの果肉が入っているわね」
 そう言って大福を一口かじる。断面を見せてきて笑顔を見せた。

「・・・え、ちょっとわかんないですね。お餅が上下引っ付いて中身が見えませんし・・・・・・」

「あ、ああ?・・・あらほんまや。えー、じゃあちょっと待ってぇ」

 桃華さんはそのまま大福を全部食べて
「うまっ!シャルこれ美味いわぁ。餡子の甘すぎるのを酸味が中和してくれながらも、イチゴ大福よりも餅と餡子を引き立たせてくれてる感じ!」

「ありがとう。でしょ?」

「こし餡のがいいんじゃない?」
 お手拭きで手を拭いて
「ちょっとごめんねぇ・・・・・・」

 ボクの顎から頬にかけて、両手で覆うように優しく触れてきた。その瞬間、桃と葉の香りで恍惚な気分になり、ボクはなすがままに。桃華さんは両目を瞑って集中している。すぐ、間もなくして
「・・・え?!あんた男の子なん?!」

「え?・・・あ、はい、一応は、そうなんです」

「なんやぁ、全然分からんかったわぁ。えぇー、すごい、かわいいー」

 ボクは顔が真っ赤になっている温度を自分で感じた。

「まぁ、こんな感じで、うちは触ったモノの何か一番強い思念を感じる、これをここの人らは『霊触感能力』って言うねんて」


尊重


 その後、ボクたちは少し井戸端会議をしていると、桃華さんは・・・あ、いや・・・・・・

「桃華でいいで。多分、うちら”おない”やろ?千鶴ちゃんはいくつなん?」

「じゅ、十七です」

「ああ、多分・・・一緒やろ。まぁそーゆーことやし、マジよろしく」

 そう言って「洗濯あるから、またね」と去っていった。だから、”桃ちゃん”ってボクも呼ぼう。何だか姐御感を感じるのも、関西弁に対するボクの先入観だろうか・・・シルバちゃんもだけど、年齢不詳だ。あ、古杣さんも梓さんも含めて。

 忙しそうだったからこの場では色々と聞けずに、後で桃ちゃん本人からと、シャルや梓さんに聞いたんだけど桃ちゃんは数年前にボクと同じようにここへやってきたんだって。

 特にこれといって幼い頃に、シャルやシルバちゃんのような不幸の元で育った訳ではなく、どちらかというと幸せな毎日だったらしい。でも、思春期で分岐点がやってきた。そんなルーツがボクと似ているって感じだね。

 『触れたものの一番強い思念
 を感じ取れてしまうということは、”柔軟では無い”ってことだそうで、幼くて両親の愛が溢れている間はその愛を思う存分感じながら順風満帆だった。自然に自意識を持ち、物心が付くのが人間でありそのように脳が進化してしまっていると言っていい。『知恵』というものをまたどう考えるかという話だそうです。

 大人同士、人間同士というものはお互いの『尊重』で成り立っていくと思う。

 良い部分を感じて
「愛」「優しさ」「思いやり」「慈悲」「救済」「援助」「分配」「哀れみ」「温もり」「他愛」「余裕」など。

 悪い部分を知る
「利用」「攻撃性」「自己中」「無慈悲」「剥奪」「搾取」「怠惰」「独占」「冷徹」「冷酷」「自愛」「緊迫」などなど。

 これらの中で一つだけをピックアップして、それがその人の全てだ!なんて言うようなレッテルを人に貼るなんてことはやってはいけないことだ。

 霊現象に関しては
「なんかめっちゃ、ゾワゾワゾワーってするねんやんか。”サブいぼ”半端ないで。なんとなくやけど、嫌な冷気を肌で感じんねん。そんな時はそっちに行かんようにしてきたから、あんまりみんなみたいな霊体験はないかなぁ」

 少しボクらには羨ましい話だった。

「どっちかって言えば変な人や物に関することで難儀なんぎやったことが多いわぁ。例えば、満員電車なんか最悪やで。痴漢しようとする変態なんかめっちゃおったり・・・あ、って言っても実際にやる勇気なんかない奴が殆どやけどな、でもたまにクズやなぁって奴がおる。集団で痴漢を企ててる外国人とか、ハニートラップって言うの?痴漢させて示談金目的のクソ女とかな。最強にヤバイ奴なんか、さっきまで人殺してきた奴の思念見てどうしよう!!ってなったわ。証拠なんてないしどうすることも出来ひん無力な自分にも腹立つしなぁ」


出生


 人の心なんてのは自分自身がそうなように、一筋縄ではいかないものだよ。
 好き嫌い、得意不得意、何が良くて悪いのか。色んなものの集大成がボクたちなんだ。嫌いな食べ物でも、焼いたら食べれたり煮たらダメだったり。ボクはトマトが苦手だけど、ケチャップは大好きさ。

 一部だけを見て知った気になり、完結したいと思うのはただの高慢と怠惰なだけで良いことなんてのはお互いに無いはずだ。

 桃ちゃんは、多感な時期に自身の能力のことも気が付かないまま、友達や親、先生とかの一部分の思想を感じ、人間不信になっていたそう・・・・・・

 友達は当然、親も教師もただの同じ人間で、考えていることや欲望、要望、計算や感想も様々あるし、聖人のような人なんてのは居ないかもしれない。
 ボクも「お前!丸っきりキレイな人間か!?」って聞かれて「はい!勿論ボクは清廉潔白な人だよぉ!!」と、断言して言い切ることはできない。恋愛で計算することもあれば、エッチなことも考えちゃう。人より美味しい物を多く食べたいし、試合やゲームには負けたくない。ただ、理性で相手の気持ちを考えて、何が嫌なことなのか悪いことなのかをちゃんと考えてから行動をしている。嫌われることに抵抗が無い人以外なら、常識的範囲内であればみんな同じだと思う。

 けど、そんなことが分からない状態で、桃ちゃんのような能力があったら、当然のように勘違いしちゃうよね・・・・・・

「親とはずっとケンカばっかりでな、学校も普通に行かんくなった。どいつもこいつもろくな奴はおらんー思ってて、先生でも男はみんな色目でしか見てこんし。中学の時点で家出して、オンラインゲームで知り合った奴のとこへ行ったら、数日ほど監禁されて殺されかけたわ。必死に抵抗して、死ぬ気で暴れ回って窓とか割りまくって、近所に助けてぇ!って猛アピールしてな。焦ってるあのアホに蹴り食らわせて窓から飛び降りて逃げた」

 今ではすごく元気に、笑い話のように話してくれて本当に良かったと思った。ボクの場合は身内というか身近な世界での出来事だったけど、桃ちゃんは見知らぬ土地で見知らぬ人からの強制的な圧に、そしてそれに立ち向かったんだから他人事ではないし、ボクなんかに比べて凄く偉いなって思って関心した。

「それでも、家に帰る気になんかなれへんくて。てか車で拉致られてどこか分からんかったし。怖くてとりあえず遠くに遠くにって必死に走って逃げたよな。どうしていいか分からんし、窓割るときや二階から飛び着いた木の枝とかで傷だらけ。腰骨の一部にひびが入っとって、ろっ骨も何本か折れてたらしいわ。あっちこっちで野宿しながら、変なやつには声かけられては逃げて、あちこちの痛みと空腹でもう、ええわぁって気持ちになって海に入っていって気ぃ失って、気が付いたらここや」

 シルバちゃんのように誘拐されてなくて本当によかったと思う。桃ちゃんの”体質”だと、かなり重宝されるのだろうなとも考えられてしまうのがまた恐ろしくも思う・・・・・・


バニシング・ツイン


 霊触感能力クレア・タンジェンシーと関係があるのかどうかは謎みたいなんだけど、桃ちゃんの”体質”は

『植物以外のアレルギー

 肉や魚など、貝類といった食べ物の殆どにアレルギーがあり、意図しないヴィーガン食を生まれつき強要されている。梓さん曰く、これは遺伝子的な影響ではなく『バニシング・ツイン』によって生まれるはずだった双子の魂が桃ちゃんの魂と融合したことによる『過剰な幽力の反応』だそうだ。
 全てが『天然素材』でないとダメという人の体質の話は聞いたことがある。そういったことではなくて、あくまでも吸収するモノだけが植物以上の存在だと霊的なキャパがオーバーしてしまい、アレルギー反応を起こすそうだ。幽体がね。

 またボクには難しい話だった・・・汗
 以下、梓さんからの説明⇩
「双子等でご懐妊された場合、稀に『シャム双生児』正式には『結合双生児』と言われる現象がおこることがありまする。これは物理的な現象でして、太古ではシヴァ神阿修羅などがそのような形容で伝えられていらっしゃいますね。そういった者を忌み嫌うのではなく崇めていたと考える学者もいらっしゃいます。現に『奇形信仰』が今でもに存在するように、宗教感によってはこれは神聖な事だと認識されるようなことではありますが、物理だけではなく精神、魂の融合や吸収も起こっているのです」

 シヴァとかはゲームや漫画で見たことがある。

「我々のこの肉体は、当然なことですがとして一体分の霊体しか入りません。しかし、ある程度の猶予はございます。小さな小動物、そう、胎児分ぐらいの余裕は人にも寄りまするが、ございます。桃華さんはそんな器が元々大きかったのでしょう。更に、双子として生まれそのご姉妹はバニシングツインとして成長が止まり、肉体は母体に吸収され、霊体の行き場として桃華さんの余裕があった霊体へと吸収されたのです」

 そうして、その魂分が過剰摂取かのように作用し、それ以上の摂取を避けるように反応しているのかもしれないという話だった。

 更に、その吸収した姉か妹かの魂は、中国の”都市伝説”となっている「桃娘(タオニャン)」と今では言われている存在との『縁』が繋がっていたらしい・・・・・・


桃娘タオニャン


 桃娘タオニャンとは、中国での身売り、貢ぎ者、奴隷のような存在で、生まれて母乳といった授乳が終了したと同時に、その子には「桃」と「水」だけを与えて育てる。そうして育てた子の体臭からは桃の良い香りしかせず、体液の全ては甘くなり、そうやって育てた子を皇族や朝廷に献上したと言われている。桃娘との性行為は万病薬とされ、桃娘の肉は不老不死の効果があるともされていたという、あくまでも『都市伝説』。
 シルバちゃんの『アルビノ』の迷信と同じように、酷い扱いと根拠もない理由での身勝手な話だ。

 実際にはそのように偏った栄養状態では生きてはいけないし、過剰な果糖接種により糖尿病による早死。伝説の舞台は『秦』の時代だそうでその時代にこの桃娘の話があるみたいだけど、当時に桃のような高価な果物が毎日食べられるほどだったかと疑問視されていることが多いみたい。だけど、『西遊記』や『封神榜演義』とかに『桃源郷』のような世界観が出てきているので、もしかして・・・って思っちゃうかな。

 梓さんは、『桃』だけってのは確かに疑わしいけど、豆類や穀物、昔の日本食のような食事にプラスして果物を豊富にすることは可能かもしれないのと、桃ちゃんに吸収された子の前世か先祖かの『縁』の原因も、桃娘かどうかとまでははっきりと分からないがそれに近いような存在だったそうです。少なくとも、献上や捧げ者とされていた娘だった。だからこそ、その子が双子の姉か妹かは明確だそうだ。

 『バニシング・ツイン』桃娘タオニャン

 
だからなのか、桃ちゃんの湯気オーラはボクが霊視を集中しなくても、コップに入れられた桃の果汁が溢れそうな、表面張力でギリギリ維持されているように膨張した部分がいつも見える。溢れない様に『臭気』としてオーラを発散しながら、白と赤の二色がまるで桃のようにかわいい色をしているんだなと納得した。


そして


 このマヨヒガ屋敷で桃ちゃんも、みんなと治療や研究をボクのように繰り返し、今ではご両親とも和解して問題なく暮らせているようなんです。
 ボクもみんなもそうだけど、物心がついた頃から当たり前のように続いてきたものってそれが『普通』って感じているよね。桃ちゃんもずっとそんなもんだって思ってたけど、ここに来てやっと自分の特別な能力を実感したんだって。
 ボクも小さい頃からなんか色々視えてたのは、みんなも見えているんだって思っていた。ボクは・・・あれ?
 そう、ボクは、誰か・・・ナニかが教えてくれていたような・・・・・・・



 シャルとシルバちゃんは「因縁」や「前世」の影響で。ボクは現実的に容疑者として現世には出られないけど、桃ちゃんは即効性のある、古杣さんの言い方でいう所の『腐れ縁』ってのはここ日本ではないみたいだけど・・・ただ梓さん曰く桃ちゃんの『臭気』に『縁』がある者が現れると、その溢れ出ているオーラで見つかりやすく危険だと言う。外国人旅行者が増えてきている現代、都市部には行かない様にと制限はされている。

 だったらと、ボクの時のように梓さんの術でもし溢れ出てしまう湯気オーラを無理に閉じ込めようとすると、どうなるかが分からなく危険だそう。膨れた風船がどんどん肥大し破裂してしまうのか、圧迫された状態で内部の何かが壊死してしまうのか・・・・・・

 桃ちゃんはこことみんなに恩があって、感謝の意を持って定期的にここの掃除や家事を率先してやっているんだって。まるで通院のように梓さんに診てもらうがてら。

 様々な物資の買い出しが主な桃ちゃんの仕事。本人は「アルバイト感覚でやってるねんで」って言ってたけど、それだけじゃないような気もするね。この屋敷の部屋がどれだけあると思ってんのよ。シャルと一緒にやってるらしいけど、ボクも手伝わなきゃなって思った。

 二人の邪魔にならないようにね。


遺言


 梓さんは桃ちゃんに期待している事は、遺族や誰かに言い残したことや伝えたいことがある霊がそもそも多いから、それがその後に無念となりやすく生前の愛や絆が強ければ強いほど成仏されないでいるらしい。皮肉なことよね。

 これまでその解消法、浄霊としては危険な儀式をわざわざ行う必要があった。

 一つは梓さんの「イタコ」「憑依」「口寄せ」

 でもこれは本当に危険で、間違えたモノを憑依させてしまう恐れと、肉体を貸している間の梓さんの幽体がこれまでの『因縁』により攻撃された場合、完全に無防備な状態で即死の可能性が高くなるんだって。

 もう一つは古杣さんの「霊聴」だけど、これは目の前に対象である霊が居る必要と、その存在意思が会話が可能なだけの思念の強さが無いとだめで、そしてそこまでの強い霊体思念の場合、殆どが恨みだったり復讐心であることといった負の意識が多い。家族、遺族になんらかの危険が迫っているようなメッセージを残したいって言う霊も強いけどね。例えばで聞いた話だけど、その霊が殺されてその犯人がまだ捕まってないとか、誤認逮捕されていて次に家族が狙われているので、どうしてもそれを伝えたいといった程の愛の強さが居るそうな。

 でも、桃ちゃんの能力を使えばそこまでじゃなくても伝えたい後悔、無念があれば、生前に使っていた物や遺体と接触し、そこの「一番強い思念」を感じ取って伝えることが安全にできる。
 遺言書の不正や騙そうとする遺族以外の人物がいると、その亡くなった霊が無駄に無念となり成仏が出来ず、現世に留まってしまう。そういった『悪霊予備軍の事前対処』その『予防対策』として桃ちゃんの能力を買っているのもある。

 物の場合はやっぱり生前に使っていた時の「想い」が残るんだけど、まだまだどうしても「一番強い思念」しか感じて取れないでいるので、遺族や霊自身、そしててこっちの意図した答えが得られることは難しいみたい。そうそう都合が良くならないってね。

 桃ちゃんと出会った時、シャルとデザートの味というか食材当てゲームは、そんな訓練の一つだったらしくイチャついていた訳じゃなかったみたい照汗

 確かにボクの眼にも不安定な霊体が視えたことがある。「霊には足が無い」って、日本の霊では定番なんだけど、それはその霊の不安定さが原因なことが多いんだよね。

 でも、強くて部分的に無いこともある。それはよく聞く怖い話であるように、足を無くしたとその霊が認識しているから。
 梓さんの幽体にタトゥーが無かったり、目が視えてたりするのと同じように、その霊が無いと思っているなら無くなり、在ると思っていれば在るんだよ。

『都合のいいものしか見ない』

 というのも、意識的というか認識的なことだけでなく「思い込む」ことでもそう成っちゃうってことだね。
 見ることも聞くことも、読むも嗅ぐも味わうのも、伝える側と受け取る側の両方の力で成り立っている。一方通行ではないんだ。
 そしてそのことは自分にも当てはまる。視えると思えば見えてくるし、出来ると思えば出来るようになる。自分の持てる現能力の範囲内で、の話だけど。

 在るモノを無いと錯覚することがある。それは在ると再認識するだけで解決するのだが、無いモノを在ることには出来ない。そんな感覚的なことまでも、生者と死者の違いなんてのは無い。訓練とは、そんな自己認識の把握にあると古杣さんが言っていた。霊体も、そんな自己認識の強弱が思念の強弱にまで関係があるんだって。

 逆に考えると、桃ちゃんの「一番の思念」を感じられることとは、他の邪魔な思考や複雑なことに影響されないという、確実性があるということが時に素晴らしいこともある。


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