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【感想】ロード・エルメロイⅡ世の冒険 「フェムの船宴(上)」 (後編)

 前回から引き続き「ロード・エルメロイⅡ世の冒険 「フェムの船宴(上)」の作中で設定的に気になるところをピックアップして自分の中で整理した内容となっています。前回(前編)の記事はこちらからお願いします。


死徒の区分

 今回の「冒険」では上級死徒ヴァン=フェムの取り仕切るカジノ船が舞台となっている。かつての「事件簿」シリーズでもリタ・ロズィーアンと思われる上級死徒(の影)が取り仕切る、欧州の森を走る魔眼蒐集列車が舞台となっており、死徒が大きな力を持たない「Fate」の世界であっても魔術世界への影響力は決して軽視出来るものではないことが垣間見えてくる。

 型月伝奇世界における吸血鬼、その大部分を占める死徒であるが、吸血鬼として出自・発端から以下のように大きく二つに分けられる。


  • 吸血種(真祖あるいは死徒)に血を吸われ(与えられ)て死徒になったモノ

  • 魔術を極めた結果として死徒になったモノ


 この区分は同人版「月姫」の頃から存在しており、リメイク版「月姫」等でも大きな変化はないようだ。よく混同されるが、「魔術師上がりの死徒」と呼ばれる死徒の全てが上述した「魔術を極めた結果として死徒になったモノ」に該当するとは限らない。吸血種に血を吸われたにしろ、魔術を極めたにしろ、人間だった頃に魔術師だったモノが変生した死徒はその出自・発端に関わらず共通して「魔術師上がりの死徒」と呼ばれるようだ。なので、魔術を極めた末に死徒になったヴァン=フェムも、吸血種に血を吸われて死徒になったコーバック・アルカトラスもどちらも「魔術師上がりの死徒」として扱われる。

 死徒の区分は同人版とリメイク版で大きな変化はないと語ったが、祖の中にはリメイク前後でその出自が変化しているものがいくつか存在する。「月姫」と「Fate」の世界の基盤の違いによる差異も含めたら、そもそも死徒になっていないモノや既に討伐されて久しい死徒なども存在するがここでは割愛する。
 この出自の変化が一番分かりやすいのは先に「魔術師上がりの死徒」の代表例として上げたヴァン=フェムとコーバックだろう。かつて同人版「月姫」の設定資料集で「魔術師が研究の果てに吸血種(死徒)になったもの」と解説された死徒は以下の三人であった。


  • ネロ・カオス

  • グランスルグ・ブラックモア

  • コーバック・アルカトラス


 つまり同人版「月姫」の頃の設定ではヴァン=フェムは吸血種に血を吸われて死徒になったモノで、コーバックは魔術を極めて死徒になったモノと最新版の設定と真逆だったということだ。これもまた設定整理による世界観のアップデートというものの一つと言えるだろう。
 コーバックの設定変更が明確化したのは2022年の型月稿本だが、実はそれより前に匂わされていたりする。気になる人は「まほうつかいの箱 ドラマCD ~狙われたアーネンエルベ~」のボーナストラックを参照のこと。時期的にゲーム版「魔法使いの夜」を起点としたいわゆるTYPE-MOON第二期作品群(「魔法使いの夜」「FGO」「月姫R」等)の制作開始時点で現行の設定に変更されたのだと推測できる。
 さてはて、ヴァン=フェムの吸血種としての出自の変化が、今後の物語において何か重要な要素になっていくのかどうか。その答えが開示されるのは5年後か10年後か。こう、いつか開示される答えについて想像を膨らませながら待ち続けるのも型月作品の楽しみ方の一つなのかもしれない。

西欧以外の地域での魔術

 時計塔のお膝元であるロンドンを離れ、世界を舞台とする「冒険」シリーズでは魔術協会の影響力が強い西欧以外の地域とそこに今なお根ざす独自の魔術も物語に大きく関わってくる。
 例えば大陸(中国)の思想魔術。例えば神體を利用した日本の魔術(法術)。これらは「冒険」シリーズにおいて詳しく深掘りされた世界観設定だが、設定そのものとしての歴史は当然のように古く、同人版「月姫」や「SN」の頃から存在し、断片的に開示されてはいた。

 古の設定から存在していた各地域の魔術とそれを扱う魔術組織だが、「冒険」と地続きの「事件簿」シリーズに僅かながら言及する箇所も存在しており、今にして思えば既に次回作への布石が敷かれていたのだろう。

 前編の記事で言及した通り、神代と現代では地球環境そのものが異なる。この環境変化に伴う影響によって、東西を問わず魔術はその形式の変化を余儀なくされた。
 型月伝奇作品の多くでは西洋の魔術師が作品の中核として扱われ、時計塔が魔術世界の中心に鎮座しているため、ソロモン王の教え(魔術)を基礎とした西洋魔術をどうしても標準にして考えてしまう。だが、中国の思想盤や日本の神體のような神代の残滓を使い、神代の神秘を小規模かつ限定的に再現する魔術の方が正当な魔術の発展(衰退)の流れであり、実のところソロモン王の魔術とそれに端を発する西洋の魔術こそが例外的な位置づけにあるのではないだろうか。

魔術がまだ成立していた最後の時代

 神代の魔術がいくつかの段階を経て終わりを迎えたように、現代の魔術にもその最後が約束されている。いや、そもそも本来なら魔術という西暦の開始とともに滅びた学問を一定の制限下でのみ許されているというのが現代の魔術の実情だ。
 どうして西暦以降も魔術が残ったのかは前編の「神代と現代の違い」で語った通りだ。魔術の動力源としても利用されていた真エーテルは失われたが、人工のエーテルが証明され、それが真エーテルの代替として機能したことで魔術はなんとか延命することとなった。西暦の開始と共に消失するはずだった大気の魔力(マナ)が形こそ変化しても西暦以降も残り続けたのか。その疑問についてはいつか別の機会で言及するとして、この大気の魔力も西暦の開始以降、減少の一途を辿っている。

 実際に「Fate/EXTRA」や「鋼の大地」等の現代より未来を舞台とした作品では魔術は失われてしまっている。例外は「月の珊瑚」(西暦3000年頃)ぐらいだろう。特に「EXTRA」シリーズの世界ではまさにこの魔力の減少(枯渇)が魔術の衰退に直結している。
 「EXTRA」の魔力枯渇は1970年に起きたオーバーカウント1999という謎の儀式に起因し、この出来事が「EXTRA」の人類史が他の「Fate」シリーズの世界の歴史から大きく逸脱した分岐点として扱われる。だが、このオーバーカウント1999は「EXTRA」世界限定の出来事ではない。「EXTRA」における一番の「イフ」とはこの「オーバーカウント1999」が本来の予定よりも早く起きてしまったことであり、「EXTRA」以外の世界でも二十一世紀のどこかのタイミングで起きる出来事だと示唆されている。
 現代の魔術も神代の魔術と同様に大気の魔力の枯渇によって終わりを迎える。本作にてヴァン=フェムが現代における魔術を「残存寿命とのレース」と表現しているのもおそらくこれを意味したものだろう。ヴァン=フェムがそれを知り得るように、現代を生きる一部の魔術師たちはその終わりを予見し、終わりを迎える前に各々が独自の手段で根源への到達、あるいは冠位指定という命題の答えを出そうとしているのではなかろうか。例えば霊墓アルビオンの再開発。例えば神代の魔術形式の復活。そして……例えば人理保証天球の完成。これらは魔術の終わりが差し迫った現代だからこそ、魔術の延命のため、あるい魔術が終わりを迎える前に己が目的を果たすために画策されたものなのかもしれない。
 余談だが、こちらも古からの設定としてヴァン=フェムには「ここ数百年のマイブームはエコロジー」という設定があった。当時は死徒にしては変わり者程度の認識だったが、残存寿命(マナの残存量)の件と合わせるとまったく違う意味が見えてくるかもしれない。
 いつ魔術が終わりを迎えるのか。我々は既にその答えを知り得ている。「西暦2015年。魔術がまだ成立していた最後の時代」と……。


七大ゴーレム

 型月伝奇作品で人形師といえば蒼崎橙子、ゴーレム使いといえばアヴィケブロンが代表例として名が挙がるだろう。ヴァン=フェムもまた彼らと同じ人形、ゴーレムを使役する魔術師であると古くから設定資料等で語られていた。曰く、『精巧さにかけるものの、巨大な物を作り上げるという面では最高の人形師』だとか。その彼が生み出した作品こそ七大ゴーレム『魔城』である。そんなこともあり、本作を読むまでは数十メートルの巨大な人型ゴーレムを想像していたのだが、『フェムの娘たち』という総称が表す通り現物はまさからの美女型ゴーレムなのであった。
 七大ゴーレムでありながら六人しかいないのは、第五城(五女?)マトリがとある死徒との抗争によって破壊されてしまったという同人版「月姫」の設定から変更がないからだと思われる。「月姫R」で描かれた西暦2001年の『フランス事変』の時点で、ヴァン=フェムに酷似した死徒の周囲をフェムの娘たちと思われる六人の女性が囲っていたことからも、第五城マトリの破壊は「月姫」「Fate」世界共通の出来事として設定されているようだ。
 ……ここから先はただの妄想だが、もしかして「魔城」と「魔嬢」のダブルミーニングだったりするのだろうか? というか「月姫R」でヴァン=フェムを含む死徒二十七祖の設定整理から発展して、「CCC」におけるエリちゃんの宝具名「鮮血魔嬢」に流用されていたりしないだろうか? つまり「FGO」における鋼鉄魔嬢(メカエリ)と七大ゴーレムは同じコンセプトだってコト!?

死徒と人間の魔術の関係性

 今回開示された設定の中では個人的には一番のビックリ設定。死徒として長生きし過ぎると人間の扱う神秘と相性が悪くなる。ここまで明確に言及されたのは本作が初めてだが、過去の他作品、8年以上前に仄めかす一文が既にあった。

 本作でもフラットがこれと似たようなことを言っている。死徒二十七祖という枠組みが存在する「Fake」の世界。死徒二十七祖という枠組みが存在しない「Fate」の世界。その両方で共通する事柄ということは、「月姫R」の世界でも同じだと判断できる。
 どうして死徒として長生きすると人間の魔術と相性が悪くなるのか。その理由をヴァン=フェムは「魂のラベル」が完全に人間と違ってしまうからだと述べている。おそらくだが、この魂のラベルの変化、人間の魂の汚染具合を指標として「月姫R」の世界での死徒の九段階の階梯が決定づけられている可能性がある。


  • Ⅰ階梯:死者

  • Ⅱ階梯:屍鬼

  • Ⅲ階梯:不死

  • Ⅳ階梯:夜属

  • Ⅴ階梯:夜魔

  • Ⅵ階梯:死徒(下級)

  • Ⅶ階梯:死徒(上級)

  • Ⅷ階梯:後継者

  • Ⅸ階梯:祖


 魔術世界においてヒトとして扱われるのはⅣ階梯の夜属まで。それを超えるⅤ階梯の夜魔にまで到達するとその血液に宿った呪いによって親基、あるいは個人に起因する異能を発揮できるようになり、Ⅵ階梯の死徒(下級)にまでなると完全に吸血種として自立する。
 一方で現代の魔術はただの人間でも扱えるように形式が整えられたものだ。神代において神と契約したモノのみが扱えた魔術を神に頼らずともただの人間でも扱えるようにしたものが、ソロモン王が築き上げた現代にまで続く魔術の基盤だ。現代における最高ランクの大魔術がテンカウントと呼ばれるのも、人間の魂のフォーマットでは十小節を超える呪文詠唱に耐えられないことに起因している。
 死徒としての階梯が上るほど、魂の形式が変化し、人間の理から離れていく。結果、死徒として長く生きるほど人間の魂のフォーマットに最適化された人間の魔術との親和性が低下してしまうのだろう。魔術を極めた魔術師が死徒に変生するというのも、極めすぎた結果として魂の階梯が人間の形式から逸脱し、結果として吸血鬼による魂の汚染と近い現象が引き起こされるからとも考えられる。……もしかしたら、かつて「月姫」と「Fate」の世界観が明確に区切られる以前、魔法使いゼルレッチが朱い月との決戦以降、全盛期の魔術行使が出来なくなったという設定も単に老け込んだだけではなく、死徒になったことで人間の魔術との親和性が低下してしまったためなのでは、と勘ぐってしまう。
 この魂の汚染は死徒二十七祖の枠組みのありなしで多少話が変わってくると推測される。死徒二十七祖という枠組みの有無とはすなわち原理血戒の存在の有無と言い換えることが出来る。魂に刻まれてしまった大本の戒めたる原理血戒。これを継承することは魂レベルで存在そのものが「吸血鬼」として汚染されてしまうことを意味する。どのような階梯の死徒でも原理血戒を継承したら祖に成り上がる、というのもこれを端的に表しているのだろう。一方で死徒二十七祖が存在しない、つまり原理血戒が存在しない「Fate」の世界ではそのような飛び級は基本的になく、単純に年月の積み重ねによって魂の汚染、死徒化が進行すると考えられる。
 ヴァン=フェムは紀元前から活動し、同人版「月姫」の頃から死徒二十七祖の中でも特に古い歴史を持つ「最古参の三人」として扱われていた。その活動年数は数千年に届くと推測される。故に原理血戒が存在しないと思われる「Fate」の世界の彼は長い年月をかけて少しずつ人間の神秘との親和性を失っていった可能性がある。「月姫」の世界では祖になったことで一気に人間の魔術との親和性を失い、「Fate」の世界では徐々に人間の魔術との親和性を失った。この違いが両世界でのヴァン=フェムが纏う雰囲気の違いに現れているということだろうか。
 少し余談になるが、かつての同人版「月姫」の世界観に準拠する作品では死徒と魔術師の力関係はこう表現されていた。

 今回の設定と一見真逆に見えるが、実のところ同じことを言っているのではなかろうか。神秘への方向性としては魔術師も死徒も同じだが、死徒は人間の神秘との親和性を失った代わりに、より純化した、人の手から離れた純粋な神秘を扱えるようになった。故に人間の限界を超えられない、人間の魔術師が扱う神秘は死徒には届かないと。

魔術師殺し

 衛宮士郎の養父である衛宮切嗣の異名。彼が登場する「Fate/Zero」では主に先代のロード・エルメロイであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトがその被害に遭ったことで有名である。
 「Fate」シリーズが続くことで徐々にその被害者名簿も増えているが、アニメ版「Fate/Zero」の映像特典「アインツベルン相談室」では第四次聖杯戦争以降は、魔術師同士である死角を近代兵器で突くという切嗣の手法は通用しにくくなっていると語られていた。単にそれは時代遅れになりつつあった程度だと当時は考えていたが、実際のところはもっと深刻だったようだ。 
 切嗣の手法が通用し難くなったのは単に時代遅れになったからではない。彼の魔術師殺しの手法は魔術世界を震撼させ、時計塔で護身術のカリキュラムをまるごと書き換えるほどの影響力を与えていたのだ。つまり、それほどまでに魔術師たちがしっかり対策に力を入れたことで、彼のやり方は現代では通用しにくくなったのであった。
 余談だが、養子である衛宮士郎は魔術師としては一生涯見習いレベルだが、魔術使いとしてはスペシャリストの一人として数えられ、最終的には全盛期の衛宮切嗣と同等の評価が約束されている。

勝ってしまってもかまわんのだろう

 元ネタは「SN」でのとあるルートでのアーチャー(エミヤ)の決め台詞
「別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」。
 「事件簿」から「冒険」へ繋がる世界における第五次聖杯戦争は「SN」の三ルートのいずれにも該当しない独自ルートであることは周知の通りだが、凛のこの反応や凛がアーチャー(エミヤ)の「熾天覆う七つの円環」を連想させる防御魔術を使うことからも、ある程度はアーチャーの正体について知る機会があったルートだったのかもしれない。

レムナント・オーダー

 エルゴとフラットのコンビ名のようなもの。
 ちょうど「サムライレムナント」の発売日が近かったことから、そちらとの関連性を疑う人もいたかもしれないが、元ネタはおそらく「FGO」の1.5部「Epic of Remnant」から。「FGO」のレムナントオーダーがカルデアの冠位指定(グランドオーダー)から零れ落ちた番外の冠位指定という扱いだったように、「冒険」におけるレムナントオーダーも本来の意味としての冠位指定ではなく、エルゴを使い神喰い実験を始めた三人の魔術師、フラットの誕生を画策したメサラ・エスカルドス、彼らが独自に自らに定めた責務(タスク)の類なのかもしれない。ある意味では「FGO」のキリシュタリア・ヴォーダイムやデイビット・ゼム・ヴォイドがそれぞれ自らの人生に設定した理想の夢、在り方としての意味の「冠位指定」が近いのだろうか。

画像引用元:Fate/Grand Order


悪魔と固有結界

 今では一部の英霊が宝具として扱うことで有名な固有結界であるが、元々は悪魔と呼ばれる存在が扱う異界常識であった。
 「月姫」のアルクェイドが扱う空想具現化の亜種であり、本来なら精霊・悪魔が持つ能力だが、長い年月をかけて個人の心象世界を形作る魔術が形成され、人間でも一部の上級術師がこれを可能としている。といっても魔術協会ではこの魔法に近い魔術を禁呪のカテゴリーに分類しているため、そう容易に使うことは出来ないのだが。
 幼い頃のフラットは、自分で固有結界を使うと禁呪になってしまうが悪魔を呼び出して使って貰えば問題ないよね、という考えから悪魔を呼び出そうとしたのだった。元ネタはおそらく2015年のTYPE-MOONのエイプリルフール企画「TMitter2015」から。

画像引用元:TMitter2015

 余談だが、悪魔のカテゴリーに含まれる存在は多気に渡るが、真性の悪魔、聖堂教会が語る『受肉した悪魔』を生み出そうとした現象の成功例は「EXTRA」の世界では一例も存在しない。


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