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【夢小説 004】 夢弐位「掘るという事」

浅見 杳太郎ようたろう

 私は海に居る。砂浜で遊んでいる。

 砂浜の奥行きは異様に長く、私の居る処からは海が見えにくい程だ。

 その砂浜はずっと向こうにある海を目指して一直線に伸びており、緩やかな下りが五百メートルも六百メートルも彼方に続いていた。

 そのくせ、横幅はせいぜい三十メートルあるかないかの寸詰まりで、その一定の幅を律儀に波際まで保っている。この妙に直線的で縦長な長方形をした砂浜は、あまりにも人為を感じさせる代物で、自然のものとは到底思えない。

 私たちは、そこで砂を穿ほじって遊んでいる。七、八人で遊びに来ている。

 私はカウボーイが被るような鍔広つばひろの帽子を頭に載せている。盛んに手の平でそいつをいじくり、目深に被って眼を半分隠したり、ちょっと斜に構えてみたり、伊達に見えるよう、ささやかに、しかし、様々に工夫を凝らしてみた。私は自分の幼い過剰な自意識に少し苦笑した。

 私は砂を穿っている。

 目の前には、高校時代、同じクラスだった女が座っていて、私の行為をじっと見ている。体育座りをして、自分の両膝を大事そうに抱きかかえながら静かに見ている。私は、彼女の告白を無碍むげに断った過去を持つ。それが負い目だった。

 だから、私は顔を上げられない。彼女の顔を直視できない。

 だから、ただ黙然と砂を穿っている。

 彼女の顔は一体どんなかたちだったか。声音も愈々いよいよ思い出せない。

 私たちより少し海側に下った処でも、友人が数人で砂に穴を掘っている。そこは、海の家にはそぐわない無機質な鉄骨造りの休憩場のすぐ脇だから、ちょっと穴を掘れば、その休憩所の基底部の混凝土コンクリートにぶち当たることだろう。

 興醒めもはなはだしい。

 公園の砂場を掘り進め、地球の裏側まで行ってやろうと野心に燃えた子どもが、これから長くに及ぶであろうこの砂の流動との戦いに、凡庸ぼんようならざる決意を抱き、安物のプラスチックのシャベルを我が唯一の武器とたのんで、ざっくざっくと砂を掻く。

 それは何とも勇壮だが、しかし現実は地球の裏側なんてものに届きようはずもなく、すぐに底を覆う砕石や砂利にぶち当たるのだ。

 そうして、公園の砂場なんてものは、しょせん混凝土の壁と床石に囲まれた幼稚園のプールの如き底の浅い器に、犬のしょんべん臭い砂を申し訳程度に盛ったものに過ぎない、まさに子ども騙しの遊具の一つであるということを、その子は勃然ぼつぜんと悟るのである。

 私は、連中が休憩所の近くで穴を掘る愚を見ていられなかった。果たして、すぐに混凝土の底を見出し、下卑た嬌声きょうせいを上げている。

 底が見える安らぎか。人生にあぐねている人間の発想だ。

 だから私は、休憩所から離れた処で掘っていた。とはいえ、少し離れた程度に過ぎない。私も、人生にあぐね始めているのだろうか。そもそも、私は、何故穴なんて掘るのだろう。

 私のすぐ前には、負い目が膝を抱えて私の掘り進めるさまを静かに見つめている。底を見つけて、大人しく妥決点を見出せる人間になれと、見つめている。

 妥決点が膝を抱えて、私の目の前に座って、私が砂を穿るさまを覗いている。

 私は、砂は流動そのものだと、確かに思った。掘る先からサラサラと滑り落ちていって、掘り進んだ先にすぐに薄膜を重ねる。しかし、いくら微細な粒とはいえ、固体には違いがないのだから、ある程度は穿れる。五十センチほど掘り進めると、徐々に砂が湿り気を帯びてきた。

 そして、ついには手に堅いものの感触が伝わってきた。

 それは、石だった。
 ただの石じゃない。その石は群れを成していて、それぞれ表面にはびっしりと小さな桃色の花が咲いていた。

 その一つを拾ってみた。せいぜい五センチ程度の小さな石に花が咲き乱れていた。

 美しいと思った。

 これ以上掘るのは無粋な気がした。そして、この美しいものを、私の目の前に座っている負い目に呉れてやることにした。受け取らないので、彼女の腕に抱え込まれた両膝の上に、そっと置いてやった。

 石は危ういバランスでちょこなんと彼女の膝頭の間で踊っている。

 私は、ここにはもう居る必要はない。
 海に入ろうと思った。

 痺れた足を何度か屈伸させている間に、ちらりと彼女の顔を眺めてみた。ごく自然に、何気なく眺めることができた。瓜実顔うりざねがお。いや少し下膨れかな。何にしたって、なかなか愛嬌があるじゃないか。これはこれで悪くないものだ。

 しばらくこの場で匂やかな感傷に浸っていたいと思った。しかし、私はもうここには居るべきではないのだ。私は彼女を背にして海の方へと下って行った。すると、後ろから彼女の細い声が聞こえてきた。

「きれい……」

 そうか、そんな声だったか。そんな声だったね。

 海へ向かう砂浜の処々に、清澄せいちょうな水が湧き出ていた。塩辛い下品な海水が、砂の粒子に濾過ろかせられて、澄んだようだった。

 私は、その水で口すすぎ、足を洗った。

 海が徐々に近づいてきた。

おわり。

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