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我が主が手放してきた収納家具の話

吾輩はとあるアパートに住む
「ぬいぐるみ」である。

人間の基本的な生活において
吾輩に活躍の場はない。

どの家庭にも形こそ違えど
ひとつやふたつ…いや、数えたら
そこそこの数が生息しているであろう
ただのぬいぐるみなのだ。

さて、今日は我が主が長い時間を
かけて少しずつ手放してきた
収納家具について話そうと思う。

現在、我が主の家庭には家具屋で
部屋を切り取ったように
展示されている家具類は一切ない。

女性一人の力とドライバー1本で
組み立てられるモノ、
又は折りたたみ式のモノで
構成されていると言っても過言ではない。

自力で組み立てられる汎用的な
収納アイテムがどんどん進化してきた
時代の流れもあるかと思うが、
使用目的がいかようにも変えられて
ひとりで移動できる軽さは
とても魅力的らしい。


しかし、今はそういったアイテムを
活用し、コンパクトな生活に
落ち着いている我が家にも
以前は大きな木製家具が溢れていた。

我が主の家族は以前、郊外の戸建てに
住んでいた。20年以上前の話である。

終の住処のつもりだったから
大きな家具やしっかりした造りのモノを
選んで部屋に置いていた。

郊外で結婚と同時に家具など一式を
ドカンと揃える風習も残っていた
土地と家庭だったのも要因だ。

しかし、人生何があるか分からない。

住まいの場所と形を考え直す
必要性が出てきたのだ。

要因はひとつではない。
今日のところは
いくつもの理由…とだけにしたい。

まだ後始末が残っている為
多くは語れないが、
いつか穏やかに語れる日が来ることを
祈っている。

住まいの場所と形の再検討について
ぼんやりとした想いが生まれてから
実現までに10年の月日がかかっている。

本当に大きな決断だった。

躊躇いもあったし、
簡単に実現できないからこそ
心の準備も物理的な準備も
時間を掛けてきたとか。

実現までの間に我が主は少しずつ
大きな木製家具を手放し、
アパートの間口でも搬入しやすい
大きさと重さのモノに変えてきた。

その期間中に大きな地震災害が
他の地方であったことも
片付けに拍車をかけた。

検討している住まいの形の中に
明らかに搬入できないベッドや
押し入れ用の奥行きのある
収納家具からスタートし、
地震災害をきっかけに
ガラス戸のある食器棚や
大きな鏡のドレッサーに着手。

その後は書籍のデジタル化の
流れに乗って
読まなくなった本を片付け
それが入っていた本棚や
入り切らなくて使っていた
独身時代のラックが
我が家を去った。

そして10年を超えてサビが出たり、
引き出しが壊れかかった
キッチンラックとローボード。

大半はリサイクルショップに
引き取ってもらえたので
どこかで活躍してくれていたら
主も多少救われるだろうが
手放した側からそれを願うのは
エゴかもしれない。
今までありがとうと感謝する他ない。


もちろん収納家具を減らすばかりでは
モノが溢れてしまう。

住宅設備としてある収納空間の
使い方を見直したり
結婚した時に取り敢えず持ち込んだ
あらゆるモノの整理を進めたり
息子が成長するに連れて必要なモノが
減ったり小さくなったりしたことで
空になったプラ製の衣装ケースを
活用して、タイミングをみながら
徐々に整頓していったと聞いている。

細々したモノの片付けの話は
また後日として、
技術の進化による生活用品や
娯楽品などの変化が
激しい時代だったとはいえ
どれだけモノがあったんだ…と
吾輩も若干引いている。

手放してきた家具達には
いい思い出もあるが
主の場合、残念なことに
同時に辛い記憶も連れて来るらしい。

だから心苦しくても手放せたようだ。

それが結果的に発達障害の息子が
将来手放すのに苦労するであろう
モノを減らせたのだから
断ち切る要素が含んでいたとしても
未来へ向けた行動でもあったと思う。

少なくなったが現在の我が家にも
まだ昔の記憶を呼び起こすものはある。
使い勝手がいいから
まだ残してあるらしいがもう古い。
タイミングをみて変える必要は
ありそうだ。

主達夫婦が年老いていく過程で
そして発達障害の息子が
自立していく過程で
扱うことも手放すこともしやすい
モノを選んで使っていけるよう
吾輩は部屋の片隅で祈っている。


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