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Day-15 : Use mud/soil/sand to create some tree faces.

Twitterで見つけた30日ワイルドチャレンジに挑戦する記録15日目。

このチャレンジがどういう経緯でTwitterに載っていて、どういう意図があるチャレンジなのかといった詳細は、調べないでスタートすることにした。
なにか目新しいことに挑戦したいという気持ちだけで見切り発車する。
与えられた目標などがあると、無意識に発案者の意図を忖度してしまって、気づくべき大切な素の自分に気付かなくなりそうだ。
今回は、ただただこのカレンダーだけを見て日々実践し、変わっていく自分を楽しむことに集中したいと思う。

意味を求める気持ちを捨てて

「今日の課題は、『顔を造れ』といったような趣旨のことだな、よし、散歩に出よう」と、あまり乗り気になれないながらも玄関を出た。
サンドアートのような芸術的演出を取り入れなければならない気がして、気が重かったのだ。

Day-2の『虹色を探せ』では、ただ7色のコンプリートを目指して終わったけれど、今回は、何か造形をなさなければならなくて、それが『人の顔』ということなのだから、頑張らなければ。
でも、フォトジェニック的なセンスを持っていないこと、散歩の時間で気軽に完成できるようなクオリティではSNSに載せるレベルには全然いたらないだろうことを予測して、気が進まない。

5分くらい歩いて、脳に血液がいきわたったからかもしれないけれど、「もう、そういう芸術的なのは諦めよう。」「そこいらにあるもので簡単にササっと作ってしまった方が、『できませんでした』とnoteに書くよりずっといい。」と思いなおすことができた。

そして、本当にササっと20分くらいで3つ、顔を造った。

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…私が本当に作りたかった芸術的なサンドアートとは全然違ったけど、こうして見てみるとけっこう楽しいやないかい。
探し出すと、目や口になりそうなパーツがそこここに転がっており、組み合わせは無限だと思った。
もし、こうして人の顔を造ることを日課にして日記代わりに記録していったら、その時の感情が読み取れて面白いかもしれない。
「技術も向上して、いつか納得のいく顔ができたらな。」
…なんて想像したりもした。

『人の顔』というと意味合いを求めてしまう自分に気づいて、感情を意図的に手放したおかげで、かわいらしい作品に仕上がり、楽しむことができた。

ちなみに、課題にある『土や泥を使った“tree face”』なるものが、正確には私が作ったモノとは似ても似つかない代物だったことは、満足して家に帰ってnoteを書こうとパソコンを開いてやっと分かったのであった。

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都内で痩身・美容エステを営んでいます。 ダイエットと、心が満たされることについて、深く深く考えています。