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踏み出した一歩 | シンフォニアの挑戦(5)


初めての出展

2019年10月、「府中市工業技術展(ふちゅうテクノフェア)」に、「小型移動式クレーンVR訓練システム」と「野球内野守備トレーニングVR」のプロトタイプを出展しました。

この展示会は府中市内の事業者だけが出展する比較的小規模な展示会でしたが、シンフォニアとしては初めての展示会出展でしたので、まずは小手調べというつもりでした。

続いて、東京ビックサイトで開催された「産業交流展」にも出展しました。
この時点の「クレーンVR」のレバー装置は脆弱な構造であり運送に不向きだったので、レンタカーに乗せて運ぶ必要がありました。

産業交流展 高校生も見学に来ていました

野球の内野守備VRは大変好評で、時間帯によっては行列ができるくらいの人気でした。
(この時、㈱ダイテックの繁本社長がブースに来社され、ご興味を持っていただいたことが、2023年の業務提携につながります)

大問題の発覚

一方で、クレーンVRの方は大問題が発覚しました。
多人数が行き来する場だと、VIVEトラッカーの赤外線通信が途切れてしまい、レバー装置の動きのデータがまったく取れなくなってしまうのです。「ふちゅうテクノフェア」の時は小規模な展示会だったので気づかなかったのですが、人が多くなるとこういった問題がすぐに起こります。

「ベースステーション(赤外線を発射する装置)を使用するVRでは、実用性が無い」
というのが結論でした。VR用語でいうところの、「インサイドアウト」つまり、VR端末単体で成立するVRでなければいけないということです。

一方で、良いこともありました。

産業交流展において、大手クレーンメーカーの方がブースに来訪されとても興味をお持ちいただき、アドバイスをいただける関係になったのです。この製品の開発はもうここまでにしておこうかと思いかけたのですが、その方の励ましもあり、やり直してみよう、と考えるようになりました。

その後、VRデバイスを「Oculus Rift S」に変更してインサイドアウト形式での位置トラッキングにすることで課題を解決し、レバー装置の角度取得を角度センサーに変更しレバー装置との通信はArduinoを介したUSB接続とするなど、赤外線通信を用いない形に変更しました。

そして、都内のクレーン教習所を取材させていただいたりして、訓練方法をちゃんとしたシナリオに落とし込み、まったく初心者向けの訓練から、資格を取るところまでの練習をしたい人向けのものや、さらに応用的な訓練まで、ちゃんとした教育訓練コンテンツとして体系立てて教えるコースを整備しました。

さらに、当時事務所のあった調布市から助成金をいただき、レバー装置を製作所に外注し、製品化に向けたものに作り直しました。

自社製のレバー型コントローラー装置

遂に完成、積み重なる高評価

その間、およそ一年。
2020年の12月に完成させることができました。

当社に営業スタッフがいなかったことや、新型コロナの影響でデモ体験の機会を作ることが難しかったなど、いろいろありましたが、コツコツとPR活動を続けてきたおかげで、ようやく利用事例が生まれ始めました。

株式会社奥井組での活用の様子

その後、2022年には「第34回中小企業優秀新技術・新製品賞」、「Tokyo Contents/Solution Business Award 2022」においていずれも奨励賞を受賞しました。

Tokyo Contents/Solution Business Award 2022

このように、製品としては大変評価の高いものでした。
この間、多数のクレーン操縦士、クレーン教習所の教官、クレーン運用会社の社長さんなどにご体験いただきましたが、どの方々もクレーンの操縦体験としては大変リアリティがあり、訓練としても有効だと思うという評価をいただきました。

普及への壁

私たちも、これはどんどん導入が進むではないか、と期待したのですが、実際にはなかなか思うようには進みませんでした。

まず第一の問題は、法令の壁です。
小型移動式クレーンというのは、資格を取得する際はクレーンに装てんされているレバーで操縦しますが、実際の仕事の現場では、レバーではなく、ほとんどの場合、ラジコンで操縦します。

つまり、レバーで操縦するのは、ほぼ資格取得時のみなのです。
これは開発過程で私たちも知っていましたので、ラジコン方式のVR訓練にはいずれ取り組むこととし、まずはレバー操縦の方式で、クレーンの教習所に導入してもらおうと営業を進めました。

実際に、クレーン教習所の技能教習で試験的に利用していただいたりもしました。ここで難しかったのが、「どの時間帯でVR訓練を利用するか」ということです。

クレーンの技能講習は、学科で2日、実技で1日の合計3日間という日程であり、それぞれ何時間講習を受けなければならない、という時間が法令で定められています。そして、講習の3日間は、この講習時間をクリアできるようタイムテーブルが無駄なく組まれています。

この中で、「小型移動式クレーン」については、「シミュレータによる操縦」が法令上、受講時間に算入できないのです。これにより、教習所での導入がなかなか進まない状況になっています。

そしてもう一つの問題。実はこちらの方が大きな問題ではないかと思っているのですが。。。

数名のクレーン会社の社長さんに来社いただき、クレーンVRをお試しいただいた時のことです。
(ちなみに、ここで言っている「クレーン会社」というのは、クレーンとその操縦士を雇用し、建設現場などからの要請により、クレーンと操縦士を派遣する事を業務とされている、クレーンを運用されている会社です)

皆さん、VR訓練システム自体については、大変感動され、本当によくできている、と高く評価いただきました。

しかし、いざ導入していただけるか、と打診すると、こうおっしゃいます。
「いやあ、クレーン会社ってのはね、教育にお金をかける文化がないんだよ」

この言葉には驚きました。ちょっとした不注意や過失によって命にかかわるような事故が起こる可能性がある業務だというのに、それで良いのだろうか?と思い尋ねるのですが、
「教育するよりも、ベテランの人を雇った方が早いってみんな考えるんだ。だから、どこかの操縦士が辞めた、って聞いたらすぐに声をかけるし、採用は常にやってるよ。ただ、有料の採用媒体は使わず、ハローワークだけだけどね。どこの会社もそうだよ」

つまり、経験のあるベテラン操縦士さんが、ぐるぐると職場を回っている状況だということです。それでいて、業界内では「若手の人材不足が課題だ」と言われているのです。

もちろん、こういった風土・文化の会社さんがすべてではありません。前述の奥井組さんのように、積極的に若手教育を行っている会社もあります。

日常的にVRを使って安全のために訓練をする、という習慣がすぐに作れるかというと、簡単なことではないでしょう。それは、「今まであったものの置き換え」ではなく、VRによる訓練習慣を「新たに作る」という事だからです。

これが、第二の問題です。

ここからが本番

私たちは今、この二つの問題に向き合い、導入・普及に向けた取り組みを続けています。

そのような状況でなぜ、取り組み続けるのか。

その理由はまず、製品への評価と期待の声です。
クレーン操縦に精通された方々にこのVR訓練を試していただくと、ほぼ全てといって良いくらい、本当にリアルな訓練ができる、有効な訓練と思う、と感じ入った様子でおっしゃいます。

だとすれば、必ず普及のきっかけがあるはずです。

そして、その「きっかけ」が何であるかを、私たちはこれまでにお寄せいただいた多くの声の中から汲み取っています。それに向けた取り組みを着々と進めてきています。

最初の一つが、「VR訓練用のラジコン型コントローラー」の開発です。利用していただく対象を、教習所からクレーンを使用する職場に広げるための施策です。

二つ目は、クレーン会社、クレーン協会、クレーンメーカー、いずれからも共通して強く要望される、とある訓練テーマの開発です。これについては現在取り組んでいるさ中であり、夏過ぎには公開できる見込みです。それ以外にも、近く発表を控えている大きな取り組みがあります。

さまざまな取り組みを進める中で、ずっと頭に残っている言葉。
「・・・お金をかけてまで教育とか、しないんだよ」

最後の壁はその言葉の奥にあるように思えます。

ーー しかし、それで良いのですか?
胸中で、ずっとそう問いかけています。

そんなはずがない、と思うのです。
そうおっしゃっている方々も、本心からそれで良いと思ってはいないはずなのです。

その確信は、私の社会人スタート時の原体験に起因しています。

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