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新国立劇場 『アンチポデス』 : 感想と考察。

2022年4月21日。見に行きました!アンチポデス。

今、新国立劇場は3つの作品の演劇をシリーズ企画として、テーマタイトルが付けられているのですが、今回のそれが『声 議論, 正論, 極論, 批判, 対話...の物語』
もちろん、演劇には対話が必ず必要であると思うし、そのことはどの演劇作品においても演出家や役者がきっちり考えていることだと思うので、わざわざこれがテーマとなって取り上げられているということに、もう見る前から拍手でハードルは爆上がり状態でした。
そして、小川さんと亀田さん、あと白井さんもいるなんて、さらに期待度UPしてしまって逆に心配でもありましたが、もう期待値も優に超えていって、めちゃくちゃ感動して。思ったこともいっぱいあったので、今回この記事を書くことにしました。

わたしの中で考えたり思ったりしたことなので、間違ったことを言っているのかもしれないし、違う思いの方もおられるかもしれません。もしそのようなことがあれば教えてください。
また、ネタバレを含みます。既に観劇し終わった方、もしくは観劇予定がない方のみご覧ください。これから観られる方にはお勧めしません。

それでは!語ります。

✳︎ 『個』について考える。

わたしが小川さんが好きな理由を語れと言われると、一番に『個』というものを大切にしておられる方だと思うことをお伝えします。
それこそ新国の2019年のシリーズ企画であった『ことぜん』という言葉がまさにですし、先日、世田谷パブリックシアターで白井さんなどと芸術監督について話すトークがあったのですが、そこでも芸術監督を個人がやっていることに意味があるというようなニュアンスのお話をされていました。(芸術監督に任期があるのもそのような理由だと。確かに、芸術は好き嫌いがありますし、公共の劇場がそんな偏る好みの作品を上演し続けることはナンセンスなことですよね。)

今回のアンチポデスもそのような『個』に関するエピソードがふんだんでした。
一番顕著だったのが、ダニー(2人目)が会議から外れることになったキッカケであっただろう鶏のエピソード。最後に「自分の個のエピソードを話すのが嫌だ、自分と同じニュアンスを共有できないから」みたいなことを発言します。(覚え間違いならごめんなさい…!)
でも、これで彼が外されるのは、可哀想でもなんでもなくて、ものすごく必然的なことだったと思います。

会議をするにあたってまず一番大切なことは『相手を知ること』だと、サンディも言っていたことだと思います。でも、相手を知るためには、相手の人生観や様々な物事への価値観を理解する必要があって、そのためにはその人自身が経験してきた個人の物語を語るしかないと思うからです。

自分を含む人間にとっては「物語」を介して知ること、共感することが大切なのだと思います。自分には、知らないこと、わからないことがあることを知る。そこに共感が加われば、未知のもの、敵対するものにも興味が湧き、理解へと繋がる。自分の人生だけでは手の届かないところ、今作のタイトルであるアンチポデス、つまり世界の裏側、対蹠地に「物語」は触れさせてくれるんですよね。(小川絵梨子)

『アンチポデス』公演パンフレットより / P9

もちろん、ダニーが発言してもそれを受け入れる周りのメンバーの体制がなっていなかったので、そこが改善されていれば彼も話せただろうし、外されずに済んだというのは一理あります。
でも、自分の物語を語りたくない、つまりは自分を理解してもらおう・他者を理解しようという行為を投げ出してしまったのには、ものすごく大きな失態だったと思います。

あと、もう一つ挙げるとするなら、ブライアンが嵐の日のみんなが寝静まった夜に謎の儀式をするシーン。個人的には大爆笑コメディーシーンだったのですが(ほかのお客さんも結構笑っていた印象。他の日はどうなのかな…?)、バレないようにコソコソする様子が、まさに個を隠す行為で。
他のメンバーは誰かの話を軽蔑した目を向けたり、面倒な眼差しを向けたり、煙たがる仕草はありましたが、個を隠したり・隠そうとした行為が具体的に描かれていたのはこの2人だけだったように思います。
ブライアンはラストには体調不良で会議の場から外れましたし、この2人は、最後の場にいなかった点も興味深いなと思って見ていました。

✳︎  ステレオタイプな男性像・女性像。

もう冒頭のいきなり下世話な話のオンパレードは、わたしは実はこのような話が最初に出てくることをある程度ネタバレとして知っており、心構えもあったので全く平気でしたが、この戯曲を難解にしている大きなポイントではないでしょうか。(これは前情報なしで突撃してみたかった〜という思いもあります…。笑)
エレノアが初体験の話を話したのに、最後男性陣に引かれている様は滑稽で、男と女のコミュニティーの違いといいますか、下ネタの面白いと思う観点が違うわけであって、そのような価値観の違いを堂々と・粗々と見せつけられたような気がしてゾッとしました。

でも、それだけではなくて、みんなご飯をテイクアウトしているのに対して、エレノアだけお弁当を自宅から持参したり、ト書きには「人事部から圧力で送られてきた人」という紹介があったそうなのですが、女性として他の人とは違うような描かれ方をしていたのは一目瞭然です。

で。わたしはこの物語をハッピーエンドだと思っていて(嘘です、少し大げさに言ってしまいました。ハッピーエンドまでとはいかないけど、ちゃんと絶望の中に希望が見えて終わる作品だと思っていて:のちに話します)、それはエレノアという女性がいたからだと思っています。
そんなエレノアの一番の見せ所はやはり、最後の自分の幼少期に作った物語を読むシーン。

「大きな世界に住むか、小さな世界に住むか?」という問いは自分の中で常に考えている問題なのですが、わざとステレオタイプ的に考えると、男性の方が大きな世界で生きるのが得意で、女性の方が小さな世界で生きるのが得意だと考えています。(少し話が飛んですみません。)
わたしの言葉が意味する大きな世界とは、単純にコミュニティーが大きい世界のことで、日本の経済を動かしてます!みたいな大きな仕事をしていたり、パイロットで世界中を飛び回る仕事をしていたりだとか、多くの人が周りにいて、多くの人を動かして、自分の成功や地位・名誉が幸せに直結する世界。小さな世界とはその逆で、家庭だったり、田舎町だったり、少人数のコミュニティーのことで、些細で友好な人間関係に幸せを感じたり、少ない規約の中で比較的自由に生きられる世界。
どちらで生きる方が幸せか?というのはそれぞれ違っていて、どっちが良い・悪いの問題でもないのですが、この物語の結末のそれぞれの感情は、このステレオタイプに則って描かれていたなと思います。

エレノアが幼少期に作った自分の物語を読んで笑顔を浮かべるのは、まさに小さな世界でも幸せを感じて生きることができる女性の象徴だと感じたんです。
これはあくまで女性のわたしが感じた話であって、ジェンダー論を語っているのとはまた違う感覚で話しているので、色々誤解があったら嫌なのですが、他の男性陣がぐったりしていたのは、大きな世界で生きることに失敗して、今後の人生の希望までもを失っている男性特有の感覚を誇張に表現しているのかなとも思いました。

さて、女性を語るにはもう一人、登場人物がいました。サラです。
彼女も役割的にはめちゃくちゃ大きいと思っていて、次はそれをお話ししたいと思います。

✳︎  光が差し込むということ。

サラで一番注目したいシーンは、ラストのブラインドを開けるシーン。
他の海外の作品にはこのような窓のセットがなかったため(Googleの画像検索でThe Antipodesと入力して調べただけですが…)、このブラインドを開けることは小川さん独自の演出なんだなと。
一般に『光が差し込む=希望』ですので(Next to Normalですね!)、小川さんは単純に暗い・重い作品を描きたかったのではなくて、最後に少しでも救いのある作品にしたかったのだと想像します。

では、この作品において何が救いなのか?というと、先ほど話したように、エレノアの些細な幼少期の思い出だったり、あと、サラ自身が救いになっているのではないかなと思います。
閉塞的な会議室の中とは対照的に、外部とのコミュニケーションを任されていたサラ。このラストの最悪の状況になることはサラが一番早く予期していて、察知していたことだと思います。
だから、この状況に当事者のメンバーより客観的に見渡していて、単純に、次のステップへ背中を推しているような、そんなニュアンスがブラインドをあけるという動作で垣間見えました。
疲れ切っているのですが、その中にある優しい眼差しが印象的で、すごく輝いて見えたんだと思います。

もちろん、そもそもステレオタイプに女性を描くこと自体がナンセンスという話もあります。ですが、そんなジェンダー論ではなくて。今回のこの作品に関しては、女性の描かれ方が凛としていて、素敵だったように思います。(わたしはこの類の話のときに映画グリーンブックスへの批判を思い出します。でも、小田島さんがこちらもパンフレットで、アメリカの劇評では人間関係の衝突や混乱・マウンティングについて述べられいるものは少なくて、『物語』自体に言及しているものが多いと述べられていたのを目にして、わたしの感覚は間違っていなかったのかな?とも思いました。)

✳︎ 『物語』の中にあるもの。

話の流れは唐突で、話している内容も、すべてが理解できるものではありませんでした。話していること自体が難解だということではなく、神話や怪物の名前にはあまり馴染みがなく、それこそ冒頭の下品な話や、色々な物語が繋がりもなく、断片的に繰り広げられる世界…..。
でも、わたしたちは物語を欲していて、一人では生きていけなくて、声を発して、対話をしないといけなくて。そのためには、自分を守るためにも、相手を知るためにも、物語を語って、それを受け入れて、コミュニケーションを取らないといけないんだなぁ〜としみじみ…..。
その物語の中には、それぞれの大きな目標や小さな希望があったり。見栄や欲望があったり。嘘や本当があったり。でも、その中でも個々の幸せの糸口を探して手繰り寄せることが、どれたけ困難で難しい作業であるかということを実感した劇でした。

小川さん、キャストの皆様、スタッフの皆様、本当に素敵な演劇をありがとうございました。
明日からも、めげずに、頑張って生きていきたいと思います!笑




✳︎  番外編。

番外編は『白井さん、もっとかっこいいスーツで見たかったな〜』『結局一番かっこいいのは松本大介さんと亀田さん』の2本でお送りいたします。

★ 白井さん、もっとかっこいいスーツで見たかったな〜

サンディは何だか考察しにくいキャラクターで、もちろん、サンディは良いキャラクターではなくて、嫌われるキャラクターだと思うけど、結局観劇後に記憶に残っているのは、サンディのいやらしさよりも、女性陣の力強いキャラクターだったり、謎儀式だったり、鶏のエピソードだったり、アダムの長ゼリフだったり、ID交付されないエピソードだったり…。
なんでサンディのいやらしさがこんな残らないのだろう?と思ったら、最初から変な癖のあるやつっていうのが理解できたからだな、と。
あの水筒と帽子かぶってたら、なんか普通の人ではなくて、少し癖のある人物なんだなぁ〜と既にサンディの人物像を先走って作ってしまって。だから、嫌なことが起こっても「この人はもうどうしよもない人なんだなぁ〜」って諦めがついてたんですよね。
これちゃんとしたスーツとかきて、背筋とかピンと伸びてるバージョンとか見てみたいけど、それだとやっぱりあの断片的な流れのない戯曲には無理が生じるなぁ〜とか…。
色々考えた上で、やっぱりサンディはあれがベストだと思うのですが、サンディをどう見るのかで、この演劇の感想もだいぶ変わってきそうで。それもまた色々な人の話を聞いてみたいところです。

★ 結局一番かっこいいのは松本大介さんと亀田さん

結局これなんですよね…………….。
このようなマニアックオタク記事はヘタにTwitterとかに書くのは違うし、こういう場だからこそ、今回は存分に書こうと思った次第です。

まず、一番心に残った照明は、アダムの長台詞のシーン。
最初は照明も暗めでしたが、徐々に明るくなります。それは「今のメモしてましたか?」につながり、場の雰囲気も明るくなっていきます。(このシーンもめちゃくちゃ重要ですよね。メモしないと物語は外部に伝わらないわけで。サンディのセリフにもありましたが…)
この『ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ………….』ってゆっくり変化する照明が、本当にたまらないんですよ。
え?もう。やばくないですか?
あれですよ!ダウトでいうと、最後の第9場の始まりです。フリン神父が電話して暗転した後に明るくなる、あの『ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ………….』の感じです!!!!!!!『ぐぅぅぅぅ……』です!!!!!!!!!!!

あと、会話がずっと続きますし、室内なので、場面チェンジごとに照明変化って難しいと思うのですが、些細で巧みな変化で日付が変わったことが瞬時にわかるんですよね。
これも公演のパンフレットに記載されていたことなのですが、米英のアンチポデスはもっと平坦なものだったのではないかと。小川さんはもっと全体に波とうねりをつけたかったとおっしゃっていました。
これに大きく貢献していたのが、照明ではないかと思います。
時間が変わった瞬間、役者の動きと同時にふと照明が落ちて(外側からの光だけになって)それからまたぐ〜っと通常通りの明るい照明になる。
もう、たまらない。。。。。。。
わたしは下手のサイド席に座っていたのですが、その時の照明変化と、バックライトで見える亀田さんがかっこよすぎて、もう、はぁ………。。。思い出しただけで幸せ感じる………….。。。。。。。。。(完全にオタクです。)

てか、亀田さんが基本目の前なので、もう、もう、ドキドキ。絶対わたし視界に入ってたよね!?!?ちゃんと化粧していけばよかった〜…。

なんだか、前半真面目な話をしたのに、もう書いてたら疲れて後半変なテンションになってしまって、この記事をどう締めれば良いのかわからなくなってしまいました…。笑

もう、とりあえず、本当に、素敵な演劇を届けてくださる皆様に感謝です。
ありがとうございました!!

ここまで拙い記事を読んでくださった皆様にも感謝です!
ありがとうございました。

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