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【フードエッセイ】ヤリイカからメヒカリ

 昨日、仕事帰りに立ち寄ったスーパーのおすすめ品は、三陸産のヤリイカと石巻産のメヒカリだった。
 先に目に入ったのはメヒカリだった。15センチほどのトレーに入っていたのは大ぶりのものが7〜8匹ほど。こんなに入って、値段は200円以下である。今夜は久しぶりにメヒカリの唐揚げにしようと買い物カゴに入れた。
 その隣にあったのが、ヤリイカである。
 こちらも大きい。身の部分だけで30センチほどの長いトレーからはみ出しそうなほど。足やエンペラの部分は折り曲げられているのか、パックの外からは見えない。このサイズで、1杯180円というお買い得価格である。確か冷蔵庫には先週買った生姜がまだ残っていた筈。これを芋か根菜類と一緒に煮付けにして副菜にしようとこちらも買い物カゴへ。あわせる野菜はどれにしようかと売り場を見れば、北海道産のジャガイモが5個入って150円とお買い得だった。これで今夜の献立はメヒカリの唐揚げとジャガイモとイカの煮物に決定である。頭の中でイカの捌き方と煮物の調味料の配分を思い出しつつ帰路についた。

 帰宅してまずは、煮物に取り掛かる。イカ1杯に合わせるジャガイモは3個。洗って皮を剥き、刻み昆布と刻み生姜と一緒に鍋に入れたら浸るくらいの水を注いで火にかける。イカに火が通り過ぎないよう、先にジャガイモにしっかりと火を通してからイカと調味料を入れるのが我が家流である。
 ジャガイモを火にかけてから、イカを捌き始める。
 パックから取り出したイカは、足がまな板からはみ出すほどの大きさだった。まずは、さっと水洗い。キッチンペーパーで水気を拭いてから、胴体に指を入れて足と内臓をゆっくりと回しながら引き抜く。胴体と繋がっている部分を指でこそげるようにすると、簡単にするりと引き抜くことが出来るのが楽しい。同様に軟骨も取り出す。引き抜いた軟骨の先は広くなっていて、果物ナイフほどのその大きさに驚く。
 続いて、引き抜いた足と内臓部分の目の上に包丁を入れ、足を切り離す。切り離した足の付け根から押し出すようにして固いくちばしをつまみ取る。足とワタを抜いた後の胴体は皮とエンペラを剥ぎ取り、エンペラは細切りに、胴体は筒切りに。
 これで、下ごしらえは完了。

 の、はずだったのだが。

 筒切りにしようと皮を剥いだ後のイカの胴体を手に取って、違和感を覚えた。
 エンペラを剥いだ時にも思ったのだが、胴体の先の部分が固い気がする。しかも、皮を剥いだイカはすべすべとして真っ白なのだが、先の部分だけは、なんとなく色が違うように感じる。中に何か黒っぽいものが入っているような。

 内臓?
 いや、それはさっき綺麗にとれた。スルリと気持ちよく抜けた。墨も散らなかった。
 ならば、卵?
 イカの卵ってどんなんだっけ?
 ってか、卵なら、こんなに固いわけなくね?

 何せ、大きなイカである。私の短い指ではとても奥まで届かない。しばし悩んだ末、私はイカの胴体の開いた部分をキッチンの三角コーナーに向け、チューブから中身を押し出すようにイカの先の固い部分を指で押してみた。
 と、指先が急に軽くなり、イカの中から何かがするりと三角コーナーに滑り落ちた。

 「ぬうぇぇぇぇぇぇえっ?!?!?!」

 ビックリしすぎて思わず大きな声が出た。
 イカから出てきたのは、メヒカリだった。
 体長およそ15センチ。まるまると太った立派なメヒカリは、三角コーナーの上でも銀色につやつやと輝いていた。

 もちろん、先ほどイカと一緒に買ってきたメヒカリは、まだ冷蔵庫の中である。

 動悸がおさまってからよく見ると、イカから出てきたメヒカリには口のところに小さな傷があった。イカに齧られたのか、ぶつかったのか。とはいえ、それ以外は頭からしっぽまで完全な状態である。
 イカに丸飲みされたのだろう。
 可哀想に、と一瞬思ったが、そんな事を思っている私がこの後作ろうとしているのはメヒカリの唐揚げである。高温の油に入れる人間より丸飲みするイカの方がまだ優しいと言えなくもない。しかもメヒカリ食べたイカをこれから食べようとしてるし。

 そんなことをつらつらと思いつつ、ふと鍋を見ると、ジャガイモが煮崩れていた。
 慌ててイカを入れ、砂糖と酒、醤油の順に調味料を入れ煮込む。
 この日の煮物は歯に優しい仕上りになった。

煮崩れたイカじゃが
でも美味い
晩酌風景
イカとジャガイモと昆布の煮物
メヒカリの唐揚げ
水菜のゆかり和え

 それから30分ほど経った頃、残業を終えた夫が帰宅。
 夫に先ほどのイカを捌いた際の顛末を話すと大笑い。三角コーナーに横たわるメヒカリを見た夫もまた、その大きさに驚いていた。

 「こんなデカいの丸飲みするんだな。」

 感心したようにそう言った後で、

 「イカ、このメヒカリ食って〝わーい”って喜んでる時に網にひっかかっちゃったんだろうなぁ。」

 イカに同情するように、夫が言う。

 「せっかくこんなデカいメヒカリ食べられたのにな。きっと〝お腹いっぱーい!”って浮かれてたんだろうなぁ・・・。」
 「あぁー・・・切ないね。」
 「可哀想になぁ・・・。」

 切ないとか可哀想などと言いつつも、その後、夫婦でイカもメヒカリも残すことなくきれいに全部食べたのは言うまでもない。
 (イカに食べられたメヒカリはさすがに食べなかったが。)
 全部美味しかった。
 めちゃくちゃ美味しかった。
 特にイカ!肉厚で柔らかく旨味たっぷり。昆布の旨味の染みたジャガイモとの相性も抜群。
 そりゃあ、脂の乗った美味しいメヒカリを食べて育ってるんだから、美味しくなるよなぁ。
 ってことは、イカが美味しいのもメヒカリのおかげか。
 凄いぞ三陸。


 三陸は、イカもメヒカリも、美味い。
 


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