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職場のそば屋の女将

昔は職場の食堂に働いている人と客の関係は親しいものだった。「職場の食堂の小母さんが、一品おまけしたよと、ちょくちょくサービスしてくれた。アウトソーシングになり、距離が遠くなった」と友人が言った。そう言われれば、働いている頃は、そんな時代だったな。

職場のそば屋に女将さんとしか呼びようのない人がいて、長年にわたり食券の販売をしていた。まだ自販機がない頃で現金払いが当たり前だった。「大盛り、山芋、玉子」と注文すると、食品ごとに色が違うプラスチックの券を出して、即座に「〇〇円」と答えた。確か山芋の食券は緑だった。揚げ玉を天かすと言うといい顔をしなかった。「天かす」より「揚げ玉」が好字で良いからだろう。

ある日、たぬきそばに海老天をトッピングしたら、「えエー」と驚かれ、「きつねそばにしなさい」と注文を変えられてしまった。揚げ玉に海老天では確かに脂っこい。油揚げの方がさっぱりしている。

客も横柄だった代わりに店の方もかしこまっていない。客がふざけて、「大盛りと玉子、茹でて!」とニヤニヤしながら言う。無論、ここには生玉子しかない。女将さんは知らん顔して、大盛りと生玉子の食券を出している。

職場の外注化が進み、食堂も競争の結果入ってくると、接客方法もマニュアル化して、規範の中でしか客への待応ができない。個性が発揮する余地がない。客も自ずとそれに従い、行動する。「一品サービスしておきました」は先ずありえない。

と、ここまで書いたら、はたしてそうかなと疑問に思った。数年前に、ある有名チェーン店に入り、タンメンと餃子を注文したら、タンメンに髪の毛が入っていた。それを店員に伝えたら、「お取り替えします」と言うので、「髪の毛が入っていても食べても死なないから大丈夫です、ただ、入っていたことは知らせた方が良いと思ったので、伝えたまで」と応じたら、また帰ってきて、店長から無料にしておきますとのこと。
タンメンと餃子を食べ終わり、支払に行くと無料でよいという。餃子の分は払うと言うと餃子も無料でよいと言う。奥から店長が出てきて、申し訳なさそうに頭を下げている。こちらも恐縮して頭を下げて店を出た。



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