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船上のグリーンフラッシュ

大西洋上でグリーンフラッシュを見損なったときほどカメラを忌まわしいと思ったことはない。

グリーンフラッシュとは、大洋上にあって、太陽が水平線に最初の閃光を放った時に現れる緑色の光のことである。緑光は真っすぐ進む。他の光は散乱するので、緑の光が一瞬見えるという現象である。

大洋を航海していても、日の出は毎日見られるとは限らない。どうも雲は水平線に集まる傾向がある。海上から発せられた蒸気が雲になるのだから、水平線に雲が多いのはうなずける。

その日は東の空に雲のない日であった。乗客はグリーンフラッシュに期待して、甲板に集まった。私もカメラを持って甲板に立ち、東の遠くの水平線に目を凝らした。日の出の時刻はあらかじめ船内新聞により知らされている。もうじき日の出の刻となろうとしていた。私は、カメラのファインダーを覗き、緑の輝きを逃すまいとしていた。次第に赤光を感じたので、さらにカメラを構え続けた。

すると周囲から「わあー」と云う歓声が聞こえた。「見たわ、見たわ」と言う声がする。私はあわててカメラから目を外して、遠く水平線を見たが、すでに陽光は東の空を明るくしていた。この時ほど、カメラに囚われた自分に悔いたことはない。グリーンフラッシュを見たという人たちの喜びの光景だけが記憶に残った。

その日以降、太陽が私たちに緑色の閃光をもたらすことはなかった。


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