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万葉集 雪と布の歌

聖なる山筑波山は、その日は白かった。

 筑波峰に雪かも降らる否をかも
 かなしき子ろが布干さるかも (万3351)

筑波峰に雪が降ったのかな そうじゃないのかな 僕の可愛い子が白い布を干してるのかな

万葉人の躍動感あふれる歌だ。その心情はもっと直情だ。

筑波峰に雪が降ったんだって? 違うわい ボクのかわいこちゃんが白い布を干してるんだい

雪が降ったのだろうか、洗濯物を干せるくらいの晴天なのだろうか。雪か晴天か。やはり雪が降ったのだと思う。雪を自分の愛しい人が干した布に例えている。それが楽しい。

布を山に干すといえば、持統天皇の歌を思い浮かべる。

 春過ぎて夏来たるらし 
 白妙の衣ほしたり天の香具山 (万28) 

カラッとした初夏の歌として有名だ。しかし、これは筑波峰の東歌のように雪を布に例える歌に違いない。そもそも衣を天の香具山に干している藤原宮からの情景がすっと浮かんでこない。はたして洗濯物が大極殿から見えるものなのか。夏が来たのに「夏来たるらし」と言うものなのか。♫卯の花の〜 夏は来ぬ

その日、天の香具山に雪が降った。宮中では大喜び。まるで香具山に白い衣を干したみたいだと持統天皇は歌った。夏来たるらし、まるで夏が来たようだわ。

春が過ぎて夏が来たみたい。まるで天の香具山に白い衣を干しているようだわ。

天香具山に大雪は珍しかったのか。雪は宮廷人をウキウキさせるほど楽しいものだった。そんな大雪をめぐる交流の歌がある。

天武天皇が藤原夫人に贈った歌

 我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後 (万葉集103)

おれのいる飛鳥の里に大雪が降ったぞ 君のいる大原の里に降るのはもっと後のことだろうよ

藤原夫人が答える歌 

 我が岡のおかみに乞ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ (万葉集104)

わたしの岡の神様に乞い願って降らしてもらった雪のくだけたのがあなたの里に降っただけだわ

2022.9.29 

[写真は、甘樫丘から見た大和三山-耳成山と天の香具山 2012年撮影]                    

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