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『天使教』

天使様、天使様。
我らをお守りください。
穢れから、降りかかる死から。
我らをお守りください。
あぁ、天使様。
愛すべき、隣人であり続けて下さい。
我らの天使様。

「天使様、花冠あげるね」
「天使様、遊びましょう!」
「天使様、今日も僕たちを守ってね」

たくさんの子どもたちが、私に話しかけてくる。
綺麗な色で編まれた花冠を私の頭に乗せ、笑顔で手を繋ぎ、ぐるぐると周りを回る。
そうして、天使様への祈りの詩を口ずさむ。
……今日も世界は天使様のおかげで平和だ。

「ねぇ、どうして私たちは天使様って言われるの?」
小さいころ、不思議で祖母に聞いたことがあった。
「それはねぇ」
祖母は幼い私に語ります。

【昔々、ある所に小さな村がありました。
村は長らく病気や悪い事が続き、村人は困っていました。
ある時、旅人が村に訪れます。
旅人は村の酷い状態を嘆き、村で死んだ人の埋葬を手伝いました。
それからです。村の病気や悪いことが少しずつ減っていきました。
村人は旅人のおかげだと思いました。
事実は違うのかもしれません、しかし、長らく病気や悪い事に困っていた村人たちは旅人のおかげだと思ったのです。
村に平和が戻った後も、村人たちは旅人を引き留めて、この村に住んで欲しいと嘆願しました。
村人の思いを受け取った旅人は、その村に住むことにしました。
長い年月をかけ、村を救ってくれた旅人を天からの使い、天使様と呼ぶようになりました。
これが天使教の始まりだと言われています。】

「けど、私たち、人間だよ」
祖母の話を聞き、私は返す。
「もちろん、人間だね」
笑って祖母は返す。
「旅人の血が入っている一族の人間を天使様と呼ぶ、そういう風習なんだ。村は大きくなって今じゃ街になった。そこに天使様の末裔がいる、そのことが大切なんだよ」
「私たち、人間でいいの?」
「もう私たちが人間か天使かなんて関係ないんだよ」
あまり理解できなかった私に、祖母は続けた。
「旅人の末裔の天使様が隣人としていてくれる。それだけで、街の人は安心するんだ」
「そうなんだ」
「私たちは、街の人に天使様と呼ばれ、家業の墓守をしていく。それでいいんだよ」
祖母は目を細めて笑った。

「ってことが昔あったの」
墓地の敷地で、新しいお墓に花を供えながら、私は言う。
その場には私ひとりだけ。
人間は。
「ふーん、君の先々代はそんな人だったんだ!」
真っ白な羽の生えた天使はふわふわと浮かびながら相槌を打つ。
「君のおばあ様は、人間の本質をよく知っている人だったんだね」
黒い翼の生えた悪魔は、新しい墓に浅く腰掛けながら言った。
「そこ、座らない」
「はいはい、ごめんよ」
悪魔は悪びれない様子で新しい墓から離れる。
「しかし、天使教とかいう変な宗教があるから見に来たら、そんなくだらない理由だったとは。興醒めだね」
「神様は偉大だぞー。天使も凄いんだぞー」
「お前は黙ってろ。神どころか天使とセット扱いされる悪魔の評判まで落ちる」
「えー、辛辣」
最近出会った天使と悪魔の現実はこれである。
せめてこの場にいない神様を信仰した方がご利益ありそうだ。

人間として天使様を任せられた私は軽く溜め息をついた。

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