分類しえないものを分類する:精神疾患をめぐる本質主義と反本質主義
医療は科学と切っても切れない関係にあります。アリストテレス以降、科学の基本は常に「観察」と「分類」にありました。
ここでは、「分類」という行為を考えるにあたって、生物種と精神疾患をテーマに本質主義と反本質主義を紹介したいと思います。
分類ってグループ分けするだけでは?
「分類」と聞いて皆さんどう考えるでしょうか。簡単で誰にでもできることだと思われるかもしれません。
では動物を例にとって「分類」をしてみましょう。
ハエ・マグロ・ヘビ・ツバメ・チンパンジー
この5つの生物を2つのグループに分類してください、と言われたとき、みなさんはどう分類しますか?
一つは「脊椎動物か否か」です。ハエだけ仲間外れ。
一つは「空を飛べるか否か」です。ハエとツバメがグループに。
一つは「足があるか否か」です。マグロとヘビが仲間になります。
このほかにもさまざまな回答があることでしょう。つまり、分類方法は無数に(正確には2^(個体数)-2通り)あって、どの分類を行うかは「何に注目するか」によって変わってくる、ということになります。
ヘビをヘビたらしめているものは何か
わたしたちがヘビを見て「ヘビだ!」と思うのは、さまざまは動物の集団から「ヘビをヘビたらしめているなにか」に注目することによって「ヘビ」と「ヘビ以外」を分類しているからでしょう。
では「ヘビをヘビたらしめているなにか」とは一体なんでしょうか。
うろこがある
細長い
足がない
くねくねして移動する
このあたりがわたしの思いつく「ヘビらしさ」です。
しかし考えてみましょう。この4つを満たしていれば必ずヘビなのでしょうか。もしくはこの4つのうち3つしか満たしていないヘビはいないのでしょうか。
「ヘビらしさ」の項目を増やすほど、条件を満たさないヘビが増えていき、「ヘビらしさ」の項目を減らすほど、ヘビでない何かをヘビと言ってしまいます。
ヘビの本質
「ヘビをヘビたらしめている何か」を「ヘビの本質」と呼びましょう。ヘビの本質とは、すべてのヘビが持っていて、かつヘビ以外のものはもっていないものです。つまりヘビであることの必要十分条件というわけですね。
ただ、先ほどの例から、「ヘビの本質」は本当に存在するのか怪しくなってきました。これからこの「本質」に関する議論をしていきます。
伝統的本質主義
「ヘビにはヘビの本質(必要十分条件)がある」という考え方を「本質主義」と言います。
先ほどの本質の例は素朴なもので、DNA塩基配列によって本質を定義可能だと思う方もいらっしゃるでしょう。
ただ、種分類における本質主義自体は進化論の登場により否定的な意見が増えています。いかに正確無比に現在のヘビの必要十分条件を決めてもゆっくりと、しかし確実にヘビの形態も遺伝子も進化により変化していきます。
また、ヘビの本質として「ヘビから生まれた」という条件はどうでしょうか。当然の条件のように思われますが、ヘビの卵からカエルのような生き物が産まれたら、カエルの卵からヘビのような生き物が産まれたら、それはヘビでしょうか、カエルでしょうか。
このように、本質主義は特に進化論に対して弱点の多い立場になっています。
新しい本質主義
伝統的本質主義は否定的な意見が多いという話をご紹介しました。しかし近年になってそれを覆すような「新しい本質主義」が提唱されています。
恒常的性質クラスター説
伝統的本質主義は「ヘビの本質的特徴すべてを兼ね備えたものがヘビである」という主張でした。それに対して恒常的性質クラスター説は、「ヘビはヘビらしい特徴のいくつかを持っていればよい」という主張になります。
「ヘビらしい特徴」が1~10まであったとすると、ヘビAは1, 2, 5, 6, 8を持っており、ヘビBは2, 4, 5, 6, 9, 10を持っており、ヘビCは1, 3, 6, 7, 8, 10を持っている、という具合です。
この1-10の特徴集合自体は「恒常的」で変化がない、という仮定が名前の由来になっています。
関係的本質主義
関係的本質主義とは、ヘビをヘビたらしめる特徴とは、「始祖のヘビの子孫であること」とする考え方です。
これはその生物種の本質を個体内部に求めるのではなく、祖先との関係性に求めた点が特徴的です。
例えば、母系遺伝するミトコンドリアDNAの解析を通じて、「すべての人類の母」がアフリカにいたであろう、と言われています。逆にこの「イブ」の子孫がヒトである、という定義はこの考え方に合致するでしょう。
ここまでの話は、主に種分類などの生物学の文脈で話してきました。下に挙げる書籍を参考にしています。
精神疾患と本質主義
ここからが本題です。「ヘビ」と「精神疾患」は同じように考えられるという話をします。
以下の議論は、主に次の文献を参考にしています。
榊原 英輔(2017), 「精神疾患とは何か? 反本質主義の擁護」, 科学基礎論研究 vol.44, No.1&2 pp.55-75
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