見出し画像

日本人はどうして周囲を気にするか

1971(昭和46)年11月14日『中日新聞』
「日本人はどうして周囲を気にするか」(作田啓一氏〔京大教授〕に聞く インダヴュー 生川記者) 〈集団の自立性の弱さ 二重の視点から自己を規制〉

生活空間の違う集団の目を意識

--恥の意識は他の民族に比べて日本人の著しい特徴ですか。

「恥は何を意味するかで違ってきますが "社会や集団には一定の基準があって、その基準より劣位に立つまいという配慮から自分の行動を規制する" というふうに恥を定義するならば、これは日本人だけの特徴ではありませんね。およそ人間の社会が存在していればだれでも劣位に立ちたくないから、自分の行動を規制するのが常で、どこでもみられることです。それよりむしろ日本人は一つの集団の標準に同調できるかどうかということを考えるよりも、複数の集団の見地から自分の行動をみて規制することの方に特徴があるように思います」

--"複数の集団" というのは?

「たとえばアメリカ人が日本人をみたらどう思うかというように、自分が所属している集団とは違う集団--つまり今は所属していないが、所属するのが望ましいと思っている準拠集団--のことです。その集団の目から自分をみたらどうかを考えると同時に、自分の集団の目からみたらどうかを考える、いわば二重の視点で自分をみる自己統制の方法に日本人の意識の特徴があるようです。これは普通の恥の意味とは違うわけで、もう少し複雑なものでしょう」
 《自分が所属している集団だけでなく、他の集団の評価も相対的にとらえようとするのが日本人の特徴だと作田教授は指摘する》
 「学校で父兄参観がありますね。親が教室の後ろに来ると子供は照れくさい思いをする。こういう感情はどこから生まれるかというと、生活空間の違った集団の目というものが同時に意識されるからです。このような状況は日本の社会にかなり広がっているのではないでしょうか」

反対の評価を受ける不安感から

--こういった意識の特徴が生まれた背景は何でしょう。

「大きな要因として日本の社会では家族、村落、都市、ギルド、宗教団体といった集団の自立性が相対的に弱かったためではないかと思います。自立性が弱いということは集団の標準だけで生きていくことに不安をもたらしたし、したがって外側から自分がどうみえるかに配慮して生きていかなければ失敗する恐れがあった。こういう社会では、自分の行動を自分の所属集団と準拠集団という二重の視点からみる習慣が養われてきます。二重の視点からみるために時には反対の評価が出ることもあり、それから生じる一種の不安みたいなものが、はじらいの感情として意識されたでしょうね」
 《ここで作田教授は、ベネディクトの文化類型論と関連させながら、西欧人と日本人の自己主張について話を進める》
 「西欧人は大体において、いろいろな状況において自分の権利をはっきり主張し、自分が正しければ相手のことを考えずに徹底的に自己主張して平気なところがありますね。それに反して、日本人は自分が正しいと思っていても、相手の立場を考えて自己主張を貫かないところがあります。そういう点にベネディクトの文化類型論が意味をもってくると思います。彼女が西欧文化を罪の文化というのは、自己と超越者(神)の関係を判断の基準にしているのであって、超越者がこう考えるだろうと思えば絶対に自信を持つわけですね。しかし、それが裏目に出てくると罪の文化になる。つまり超越者が自分の行動を悪いと考えていると思えば罪の意識になるわけです。そう考えると、日本文化は罪の文化ではありませんね。自己主張は弱く、超越者がどう考えているかではなくて、いつもその状況での立場の相対性に敏感で自分の行動を統制するからです」

内面的な行動様式は変わらない

--最近では、日本人の意識とか行動も変わってきているようですが。

「民族的性格が少しずつ変わりつつあるのは確かだと思います。それは日本だけの傾向ではなく、西欧の場合にもいえますね。西欧が日本的なものに似てきたところもある。リースマンという社会学者が、アメリカの若者について行なった意識調査をみると、日本人に似てきているような感もします。一方が他方に近づきつつあるからか、それとも日本と西欧を動かしているある傾向が共通しているからか、両者が似てきているところもありますね」
 《しかし、外面的な行動様式が変わっても、自己主張文化と自己相対化文化のような違いはそう簡単にはなくならないと作田氏は考える》
 「外面的な行動様式に関しては、流行がそうであるように相互に伝播しやすいが、もう少し内面的な行動様式は簡単には変わらないでしょうね。外面的な行動様式のうちで自己主張と結びついていたものが広がって、日本人もその行動様式を身につけたからといって、内面的なものが自己主張的なものに変わったとはいいきれない。着物から洋服に変わったから日本人が西欧的な意識をもつようになったといえないのと同じですよ」

(生川記者)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?