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シューチーズ紛失事件 #1:起こり得ない大犯罪との邂逅

給食は毎日そこそこに楽しみだったが、特に楽しみという日が月に数日ある。
月末に来月分給食献立一覧プリントが配られると、小学生、中学生は目を皿のようにしてその「エクストラ」な日をまさに血眼で探すのだった。

どういう基準で「エクストラ」を決めているのかわからないが、まあまあの頻度で出る「ミルメーク」。

ミルメーク5g、ビタミンなども配合されていて子供の健康をも考えた逸品である

これは大変に人気が高く、時に小学生内通貨として使われていた時期もあるという伝説もある現在でも人気の牛乳味変トッピングである。偶に苺味などが配膳されることもありそういう時は今日の給食で飲むべきか保留すべきか朝からシミュレーションを繰り返し授業どころではない。

ババロア、というものが出ることもある。こちらは比較的落ち着いた人気で特にパニックに陥ることもなく皆の心に平安が訪れる優しいデザートといった印象だが俺は大変に好きだった覚えがある。というか小、中学生以降でババロアを食した記憶が無いような気がするが、巷では一般的なデザートではなくなってしまったのかもしれない(なんとはなしに食べてしまってはいるんだろうけれど)。プリンともヨーグルトともフルーチェとも違う食感に心躍らせていたものだ。


そして何と言ってもベリースペシャルインポータント一番デザートと言えるのが今回の焦点「シューチーズ」である。当時の写真がネットでもあまり出てこないので、現在はパッケージが変わっているかメニュー自体が給食から除外されている可能性もある。

これが給食に出るとなったらもう大変な騒ぎである、献立一覧を貰った時から皆腹の中に「シューチーズは●日」という体内献立にスケジューリングし間違っても休むことにならないようアスリートよろしくベストな体調を作っていく。まかり間違えて休もうものなら、クラス内強者(またはジャンケン勝者)の腹に「本日2個めのマジックデザート」として無常にも吸い込まれていくのは間違いない。
何しろ、中に詰まっているのはチーズ入り”アイス”だからだ。クラスの誰かが持ち帰って届けてくれたりすることはまず無い。あったとしても家に着く頃には中身が溶け出し変わり果てた姿であり辛うじて面影のある「シュー」は溶けたアイスでビタビタ、チーズ感はゼロだし最悪袋から汁が脱走してランドセル内の教科書とノートを殺傷する爆弾と化す。

俺が中学1年の頃に事件は起きた。
夏休みが明けたころ(東北は大体短いのかも、8月25日あたりには始業式だったと思う)、青森は既に夏も終わり海もプールも終わりで短い秋に差し掛かる形になり、夜は半袖だと寒いような日も出てくる。
しかして9月中の昼間は暑さが残っており、そのような事情も考慮してか夏場はシューチーズの登場回数も多いのかもしれない。

9月、学校生活のなんたるかを思いだし体も慣れてきた頃。
中学ともなるとちょっと喜びは減少していたものの、今日はシューチーズだぞ出る日だと皆が心の中でガッツポーズを決めているようなある日の給食時間に差し掛かった時、珍しい校内放送が流れる。

「ヨシダ先生、至急配膳室までお願いします」

聞いたこともない呼び出し内容だが、やかましい俺らはいち早く給食を食い終わりシューチーズタイムを迎えるんじゃという心意気で訓練された軍隊よろしくきびきびと教室内配膳を進行する。
さていよいよ食べ始めようかと皆が席について待機し始めた頃に再び校内放送がより緊迫した声で流れた。

「えー、いま職員室用のシューチーズの箱が紛失しています。間違えて持っていったクラスは支給返してください。」
クラスがざわざわとなり、顔を見合わせたりするもの、廊下を見たりするもの。これは何か事件が起きたのだなとそれぞれが胸にモヤモヤを抱く。

まあ、間違えるはずはないだろう。
箱にはクラス名が書いてあるのだし、2回目の放送時点で多分もう先生は気づいていたのだ。

そして、ブチギレ直前ですといった声色で、落ち着いた放送。
「えー、職員室用のシューチーズの箱が出てきませんので、一旦全クラスのシューチーズを回収します。今すぐ配膳室に持ってきてください。」

は?回収?
先生方が我慢すればいいだけなんじゃないの?
給食センターが間違えたんでしょ、どうせ。

先ほどの校内放送は生活指導の武井の声だ。この指示は絶対だ。
武井の見た目は極道である。
年齢のせいなのかソリコミも立派であり短髪オールバック、がっしり重心の低いガタイでワイシャツの上にジャージを着るというわけのわからないコーデを完全に我が物としている猛者だ。
機嫌の悪い時はヤンキーのタンランをビリビリに破いたりするのでなるべく遭遇したく無いモンスターである。

全員が震え上がり、我がクラスもすぐにシューチーズ回収作業にかかる。
「給食はこのまま食べてください」様子を見にきた担任が告げる。
通夜のような静けさの中、味もわからずまるでグレーな視界でとりあえず完食をする。

不安と疑心暗鬼、全校の平和が一瞬にして失われた人生で一番長い給食時間だった。


次回 #2 へ続く…

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