宇宙戦争

海岸に宇宙人が打ち上がった、という出来事は今年に入って3回目だった。宇宙人はみんな大やけどを負っていて、皮膚の一部が焦げてしまっているという無残な姿で打ちあがっていて、UFOが爆発したとか大気圏突入に失敗したとかいう考察が飛び交っていた。大地震が来るとかノストラダムスの大予言は今年を指していたとか、マヤの暦の終焉は実は今年にずれているとか、そんな噂がそれでもどこか真実を装って流れる中、真実を知っているのは私だけのようだった。宇宙人たちが、夜な夜な集まる海辺を、私は夢の中だけで知っている。今夜も、その海辺に来ていた。宇宙人たちは、まだ地球の人々が認知していない星団からやってきたそうで、その星星は、今宇宙戦争の真っ只中なのだという。宇宙中で金(きん)が不足している、というのが原因なのらしい。金は万物に変わる。金があれば、食糧問題からエネルギー問題、乗り物(UFOは銀河系の星星では自転車のような気軽なものだ。彼らの移動距離は光年の単位にもなる。一家に一台はUFOがあるのだそう)の部品から着るもの住む場所に至るまで、金は何にでも姿を変えた。逆に言うと、金がなければ何もできないということだ。その星団に住む宇宙人たちは、金からしかものを生成することができないのらしい。これには私も頭を抱えた。

「例えば、木綿ならば植物からできるじゃない?」と、私はいう。すると5人の宇宙人たちはいっせいに両手をやれやれとあげ、ため息をつくのだった。

「植物は金からしか作れないのだ」

「食べ物だって、海には魚がいるじゃない」

「海は金からしか作れないのだ」

「ふうん、困ったね」

「そうなのだ、困ったのだ」

聞けば、その星星に存在するすべてのものは、金に始まるらしい。素材になり、物になり、排出され不要になった金は集められまた素材になるのだという。ただ、金は使えば使うほど、その純度を失い、粗悪な品物になってしまうそうだ。

「初物の金でできたハンバーグと5回ものの金でできたハンバーグは、ステーキと土ほどの差がある」

誰かが言うとみんなは大袈裟にうなづいた。初物の金のフランスパンが食べたい、と誰かが言い、宇宙の星と地球と、仕組みは違えど食べ物は私と同じなのだな、と不思議な気持ちになった。

宇宙人は、金を求めて地球にやってくる。それは、かつて、地球にまだムー大陸があった頃、彼らの先祖もまた金不足に陥った時にやった方法と同じなのだそうだ。

「地球の人は頭がいいし、信仰心が強い。空から神々しくやってきて、神だといえばみんなが納得した、と文献にも書いてあったのだ。金を手に入れるために、我々の先祖は地球の民に様々な技術を与えた」

「それなら私も少しは聞いたことがあるわ、天文学とか、鉄の作り方とか、教えてくれたんでしょ」

「そう。地球の民は頭がいいから、すぐに覚えたし、素直だから騙しやすかったそうだ」

「騙したの?」

「地球には金がたくさんあるのに、地球の民は金の価値を知らなかった。必要なかったのだ。我々の先祖が神として知識を授ける代わりに、報酬として金をもらったんだよ。地球の文明は発達したし、全宇宙の当時の飢金はそれで乗り越えたと聞いている。そのうちに、金の庭、と呼んでいる星の金が回復して、また今まで通りに金を使うことができたんだが、それから何万年も経ってしまった今・・・」

「また金がなくなってしまったのね」

どこからともなくため息が聞こえた。中にはショックなのか存在が消えかかっている者もいて、そこらじゅうにノイズが走っていた。

今日の海は青かった。クレヨンの青をベタ塗りにしたような青。風は吹かないし、うみねこはなかなかった。

「あればあるだけ使ってしまう、我々の星の政治家の悪い癖だ」

「金を使い込み、金を奪い合い、金を手に入れるために地球まで巻き込もうとしている。全くもってけしからん」

今の地球人は、金の価値を知っている。でも、彼らのように生きる上で絶対に必要ってほどの価値ではなくて、ほとんどが虚栄だったり、力の証明だったりするのだ。お金と違って、金の価値は大きく変動しないから、いつ世界の経済が破綻してもいいように、お金持ちたちが大事に大事に保管しておくものなのだった。

「地球外から、宇宙人が潜入出来ないようにバリアが貼ってあると聞いたことがあるけれど」

「それは実在する」

「する、しかも、バリアなんてモンじゃない」

「地球に存在する生物のDNAと一致しないものはレーザーで焼き殺してしまうという、恐ろしいシステムだ。我々が思っていたよりも、地球の文明技術は発展しているよ」

「君の街に上がった我々の仲間も・・・」

すすり泣いてしまう彼らをよそに、私はびっくりして、2回ほど大きく瞬きをした

「レーザービーム?そんなの聞いたことない!教科書でも習ってない!」

「どうやら極秘技術のようなのだ。銀河警察でも詳細に把握していなかった、無念」

そんなの、地球は他の星と仲良くしない、と言ってるも同然だった。途端に私は、この星に住んでいることが怖くなってしまった。もしかしたら、地球の偉い人は、宇宙で金が枯渇していることも、地球には金がたくさんあって、けれど地球で生活する上で金はさほど必要でないことも、金をめぐって宇宙戦争が起きていることも、宇宙人たちがかつてのように、金を奪いにくることも、全部全部知っていたのかもしれない。そして、金を取られまいと。たくさんの財を使って、それを阻止しようとしているのかもしれないのだ。私は身震いした。私の考えていることをテレパシーで読み取った彼らは、なんとも難しい顔をした。

「君たちもまた犠牲者のようだ。もうどうしたら良いのやら」

その一言が合図だったようで、そのあと私たちはさめざめと泣いた。朝目がさめると、宇宙人のニュースがやっていた。5体の宇宙人が、水死体で上がったのらしい。この5体の遺体には例の火傷の跡がなかったのらしく、体が海水を含んでぶよぶよにふくれ、淡く鈍く光を放っていたらしい。それを聞いて私は泣いてしまうほかなかった。まるでそんなの、敵陣に放られた武士が切腹するみたいなもので、彼らの意思を思って私は泣くことしか出来なかった。そのニュースは日々のたくさんのニュースに埋もれ、日本にはアメリカの大統領がやってきて、政治家は悪そうな顔をしていた。