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 解決しがたい問題が付きまとうものらしい。
 解決しがたいというのは、問題がそう自明でない──超越的な立場から与えられ、自分では制御しえないような変数のせいで定量化されがたい​──ために、問題自体の輪郭すら捉えきれないような、そういう状況。
 自分と独立に運営される世界というのは、なんと融通のきかないことか。まっとうに考えようとすれば、すぐにそうして、ものすごく不確定なことをひとつならず考慮することになる。
 つまり、日々暗中模索。不安ではあるけれど、これに関しては別に個人的な問題ではない、人類普遍のやつだと思うので、単に経験値に乏しい私自身の慣れの問題。

 解決しがたい悩みが付きまとうことは、とても心によくないことらしい。
 解決しがたいというのは、悩みがそう論理ずくでない──個人の主観に基づく変数のせいで定量化されえない​──ために、悩み自体の輪郭すら捉えきれないような、そういう状況。
 つまり、ただただ悩ましく感じるばかり。そんな風なのを毎朝起きるたび、食事をするたび、その他なにかと折に触れて頭に浮かべてしまうと、とたんに心はすこぶる停滞する。落ち込む。
 対等な人間関係というのは、なんと融通のきかないことか。考えても考えても、いずれお互いどこかで堂々巡り。こんな私たちの仲を取り持ってくれるほど、時間というのは心強いものなのだろうか。
 堂々巡りになるのは、お互いに歩み寄っていないからだ。時間は、ごく有限にしか与えられていないし、かなり不可逆的にしか消費されないのに、同じところで巻き戻りながら自然に解決するのを待つなどというのは、決して善策ではないような気がする。やはり信用ならない、あの宇佐銀紙。
​ ──やったことないし、わからないけど、こういうのは、自分でなんとかしないといけないと思う。そう、少なくとも、あっちがなんとかすることじゃない。動くべきは、きっと私のほう。
 あるいは宇佐銀紙。この件に関しては。

「どうかしました?」
「………………いいえ」
 この金髪がいらんことしなければ、抱えずに済んだかもしれない悩みとはいえ、そういう考えはこの際姑息。これぐらいの人間関係のもつれは、これから何度も直面するものなのだろうし、私以外のところでいくつか​──大なり小なり​──目にしてきた。

「……けっこうタメましたけど。あっ、まぁじゃあ、お疲れっす。すいませんまた。」
「ん」

 構内の分かれ道、急に正門の方へ道を変える。体はお帰りの方向に向けながら、顔と手だけ片手間にこちらに会釈してきたので、それなりに手を振って返した。

「……んん」

 ふと、ひとりでいると、また同じことを考え出している。無意識のように歩を進めるつま先を見るともなく見ながら、堂々巡りの続きを追っていた。といっても、実際に頭で反復していたのは、最近気づいた「歩きながら何かを考えようとしてもうまくまとまりにくい」ということだったと思う。
 こんなに悶々としてしまうくらいなら、最初から​──とは、思えない。私はあまりに不都合な世界に生きていて、もっと都合のいい世界だったら​──とは、悩む過程でいち観点として挙げたことはあっても、どうにも私の本心ではないらしい。それは不確定な事柄も少なくて、たぶん相当気楽な観点だったけれど、

「​──あ」

 すでに処理した考えばかりを復唱しているのを自覚して、顔を上げる。

 姉の姿が遠くに見えた。

「……ぉ」

 声が詰まり、足が止まる。いつもなら、そうして停まったままだっただろう。いま動いたところで、なにか進展する気はしない。動いてみてなにも進展しなかった夏のころから、何も条件は変わっていないはずだからだ。
 もっと都合のいい世界だったら、あるいは不都合でもそんなもの切り捨ててしまったら、不確定な要素は少なく抑えられて、それだけ気楽になるだろう。でも今日は、そんな消極的な私よりずっと声を大きく張っている、別のいちばん強い私の言葉を、やっと借りることができた。

「大丈夫」

 誰に聞いてもらうでもなく呟いて、駆け出す。
 今日という日だからといって休んでる場合ではないという、奇妙なフィードバック。それ以外のことは依然変わらず、わからずじまいのままなのに、それだけのことに一押しされて、脚が動き出していた。なにを話すかは、走りながら考えることにした。

「……どうしたの?」

 まぁ、実際には当然、スタート地点からゴールまで、頭が真っ白なまま走り抜けることになったのだけど。
 しかも辛うじてひねり出した即席の話題は、いかにも既知の情報を引き出そうとしていた。

「…………3限目、なに?」
「ないよ、帰るとこ」

 あとはこのあとの私が、うまくやってくれることを祈るばかりである。
 あるいは宇津金時。この件に関しては。

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