developing

 色とりどりで、くまなくやわらかに据えられた動物、植物、無機物たちに、まっ白くきめ細かな髪のかかった背中が見守られている。やわらかな彼らは、今昔さまざまながら、おしなべてその白い人に生み出されたものたちであり、その創造主が、またなにかを手掛けているさまを見つめているのである。

 しかしながら、それが背中越しで、針と糸をもってでなく、そして完成しているようでいてかれこれ数週間、やわらかな形で表れてこないというのは、もっとも古株のプラスチックの眼にも映ったことのない姿であった。

「今日こそ、帰ってきたら劇的デビューを果たす、この上ないやる気に満ちていたはずなのだけど」

 椅子の背を助けに、腕をあげてよく伸びる。

「講義中から帰り道まで、ひとときも忘れなかったあの輝かしい未来計画は、いったいどこへ。今日もおうちには魔物がいまーす……」

 椅子を立ち、ヘッドセットを机に置いて、いわゆるやわらかな、自分が作り出した魔物たちが見下ろす寝床に転がる。

 その群れの中で、お世辞にもやわらかくもなければ、見下ろしてもいない、また白い人を創造主ともしていない、無機質極まるある胸像に、白黒の瞳が向けられる。それは、今日も四角い顔面から垂直に、机と椅子に向かって目線を据え、屈託のない薄ら笑みを張り付けながら、3種のチーずきんを頭に湛えていた。

「よいしょ」

 上体を起こし、そのごく例外的な被造物に向かって腕を伸ばす。左腕は胸像の底面、右腕は顔面の後ろに回し、丁寧に抱え込んで、枕元に安置した。こんななりでありながら、ここ最近このように、もっとも頻繁に抱え出されているのがこれなのである。

「んっんん、あっあー」

 鎮座するチーズ色の頭を前に正座して向き合い、のどを整えて、目を閉じる。

 そして──

「ちはるー、レイディオーっ」

 よそいきの声が高ら──ほがらかに、響き渡──ささやかれる。

「今回のお悩みはぁ、ええとー? 学校の授業中には、帰ったらアレしてコレしてとー、いろんな家での過ごし方を計画していたのに、いざ帰ってくるとー、どうしても疲れを感じてなんでもかんでもやらずじまいで、楽な過ごし方になってしまいまーす。こうしてだらだらしている間に始めておけば、今ごろもっと充実した人生になっていたのではないかとー、情けなく後悔してしまいまーす……どうすればー、やる気が出ますーかー? と……」

 なるほど。と腑に落としたところで、瞼を開き、曲げた右ひとさし指をあごに添える。

 他のぐるみたち同様、聴覚も録音機能も外部との音声的な繋がりも絶たれたチーズ頭が、目を閉じてお悩みを読むDJの声に、もの言わずお相手していた。

「とっ…ても悩ましいご相談をいただきました。やる気出ないですよねー。百戦錬磨の私、千羽鶴も、このごろなにかと後まわし屋さんなので、そのお悩みには大いに共感するところありです」

 絡まったココロを落ち着かせるように、無意識に体を前後にゆすりながら、お返事をほどき、つむぎ出していく。

「……やる気というのは、最終的には自分次第。どれだけやりたいことがあっても、やらないほうが楽であって、楽したい気持ちが大きくなったら、やらないほうを選びうる」

 ゆするのを前かがみのところで止め、チーズ色に黒く目立つなにかしらのゴミたちを摘み落としていく。

「だから、そこで実行に移せるのが、才能ってことなんだと思いますよ。やらない自由も時間もあるのに、やる気を起こして努力を始めるのは、とってもえらいこと」

 左腕は胸像の底面、右腕は顔面の後ろに回し、丁寧に抱え上げる。

「でも、じゃあ才能ないんだと思わないこと。なぜなら一度始めるだけでいいから。始めてしまえば、もう自分には才能があるはずと、無理にでも思い込めるかもしれない。少なくとも、それをやりたいと思っているうちは──」

 やわらかく色とりどりなものたちの間に、一個ぶん空いたところが固く埋まる。

「やりたくなくなったら、どうしよう」

 右手で左肘を支え、左手の指長い順三本を下唇に当て上げる。

 しかしすぐさま腕を下ろし、振り返って机のほうへ向かった。

「いいか、まだやる気満々だし。考えられない」

 定位置に就いて、椅子の背を支えに、肩から腕にかけて上方に伸ばす。

「ふーっ…………でもまだ……今日くらいの日なら勢いで行ってしまう自分が思い描けていたのだけど」

 マウスをぐりぐり動かす。

「まだ少しだけ、奥ゆかしい箱入り娘でいることにする」

 暗転していた画面に映ったのは、いつ見ても快活そうでいて知性も感じさせる、魅力的なアバターだった。

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