一過

「はっ」
    怖い夢の致命的なところで、あえなく目を覚ます。ゆうべ寝る前にまあまあ退廃的な読みものを読んでいたからだろうか、と即座に理由を顧みるころには、どんな怖い夢だった、という残像も消えいっていた。
    目を開けたものの、光はない。
「むうう」
    けさ目を覚ました原因について唯一の証拠といっていいような速鳴る鼓動が、ベッドで寝入り直すよりカーテンを開けるほうへと体を促す。
    カーテンを開けたものの、光はない。
「いっ……せっ    あかる」
    重厚なシャッターを開け上げてようやく、この部屋も朝になった。
    思わず瞼を閉じたものの、光が射す。
「…………」
    雨戸1枚分、一晩の暗がりを閉じ込め続けた瞳に、いまや瞼1層だけ通した陽の光が沁み込んでくる。まぶたの裏に、白くきめ細かいタオルの画像にどうにか顕微鏡でピントを合わせるような映像が見える。
「明順応……」
    言わずにいられない単語を素直に投げつつ、5秒ほど、目を閉じたまま窓の外を見た。おそるおそるまぶたを上げていると、視覚以外の感覚も起きてきた。
「──さむいっ」
    気のせいぐらいにいつもより澄んだ空気を浅く吸って、窓の外の異常なしを目視するやいなや、ガラス窓を閉めた。
    強い雨風が過ぎると予報された夜は、ここら一帯のもう誰も。予報されたことのない主観的な秋は、朝の光を吸った灰色の瞳が覚えていた。

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