同棲することになった。素人童貞じゃなくなった。

 9月の初旬。まだ、歩くだけで全身の皮膚に汗が滲んでいた季節。1年ほど前からネット上でほんの少しだけ交流のあった女性を、初めてご飯に誘ってみた。 

 ネット上でしか彼女のことを知らなかったけれど、彼女の現れては消える日々の呟きや、写メ日記に書かれた長文を読んで、きっとこの人は自分と気が合う人なのだと、一人で勝手な憶測をしていた。彼女は、僕の文章の感想を、ごくたまに投稿してくれていた。ふざけた風俗レポばかりな文章だけど、ただそれをふざけたものとして面白がるだけでなくて、どこか実存的な色合いのあるものとして読んでくれているように見えた。自分のまるっきりの勘違いであるかもしれないけれど、彼女が写メ日記に書く長文の中にも、僕が文章を書く時に忍ばせている大切な部分に似たものが、彼女の身体を通して表れてきているようにさえ思えた。

 彼女と一緒の家に住めたらいいな、と思った。こんなことを会ったことのない人に対して思うのは自分でもおかしいと思ったけれど、彼女と一緒の家に住みたいな、と思った。

 つい最近まで、同棲なんていうものはなにか運命的な相手とするものだと思っていたけれど、最近、心境の変化が起こりつつあった。というより、彼女と一緒に住みたいなと思った瞬間に、自分の中で心境の変化が起こりつつあったことに気づかされた。

 27歳という年齢になり、生活というものに慣れてきたり、良くも悪くも若いときより物事を長期的な視点で捉えることができるようになってきたからか、同棲を以前より重いものだと考えないようになっている自分がいた。お金と苦労は少しだけかかるけど、そのコストよりも誰かと一緒に住みたいという気持ちが強かったら挑戦してみればいいし、関係が上手くいかなかったら解消すればいい。気づいたら、同棲はやろうと思えばできる現実的なものになっていた。

 それでもやはり、誰かと一緒に住むということは特定の人と特別な関係を結ぶということであるから、そこには運命的な理由が必要だという考えは消えがたく残っていた。しかし「運命的」とまで言えるほどの強い理由なんて、探せば探すほど逆に見つけるのが難しくなる類のものだということも、わかっていた。誰か特定の人と強く結ばれれば、他の人と出会う可能性をその分失うことになるかもしれない。いま目の前にいる人のことを特別だと思っていたとしても、そこには運命的とは言い難い、他の人とも代替可能な理由をいくらでも見つけることができる。明日になったら、もっと自分と気が合う人が目の前に現れるかもしれない。いくら決断を先送りにしても正しいように思えるし、何もせずにただ来たるべき時を待つことが最も運命的なものに近づけるようにさえ思えてくる。いやいや、そもそも自分のことを特別に思ってくれる人なんているのだろうか。もしそんな人が現れたとしても、自分だって誰かにとって特別な存在である究極の理由なんてあるはずがないし、自分を構成する要素は他の人と代替可能なものばかりだ。誰かと特別な関係を結ぶということについて考えると、いつの間にか自分という存在が宙づりになって、その存在の無意味さに直面して、特定の誰かと特別な関係を結ぶことの理由の見つけられなさに唖然とする。

 しかしこうした問題も、やはり彼女と一緒に住みたいと思った時、自分の中でほとんど解決されていることに気づかされた。哲学者の九鬼周造の文芸論に触れたことがきっかけだった。


 九鬼は文芸論の中で、当時日本で隆盛しつつあった『自由詩』の運動に対して、『押韻定型詩』の豊かさを主張していた。自由詩を擁護する人間からは、詩において律や韻は束縛であって自由が制限されるという批判があったが、九鬼は、自ら法則を立てそれに従うとき、人は拘束ではなくむしろ自由を感じると主張した。押韻定型詩は、詩に理性の枠という制約を課すことによって「自律の自由」を実現しようとする。恣意の自由ではなく、客観的な自由を創造しようとするところに意義がある、と。

 九鬼は、偶然性について考えた哲学者だった。そもそも世界が今の世界であることも、誰かと誰かが出会うことも、もっと言えば、ボールを投げたらボールが向こう側へ飛んでゆくことも、その全てに必然なんてものはなく、あらゆることの根本に偶然性というものがある、そこから九鬼は思考した。個人的に、九鬼の押韻論に対する考察として面白いと思ったのは、九鬼が対峙していた偶然性の問題と、押韻定型詩の問題が交差するところだ。

沖つ鳥(ri) 鴨著く島に(ni) 我が率寝し(shi) 妹は忘れじ(zi)世のことごとに(ni) (『古事記』)


 たとえば古事記の中にある上記の詩では、母音の『i』の音が、一つの詩の中で五回繰り返される。一首全体の意味の理由的な連関とは無関係に、言葉が押韻という枠の中で無理由に邂逅してゆく。こうした偶然のことを九鬼は『同時的偶然』と呼び、それが何度も繰り返されることを『継起的偶然』と呼んだ。九鬼の押韻論の根底にある思想は、同じ音韻の同じような偶然の邂逅が継起的に、つまり、時間的に繰り返すことによって、その偶然の邂逅は必然の相=運命を帯びてくるということだった。無意味さや偶然性を据えた上で、必然や運命についても同時に思考することができるところが、九鬼の魅力だ。九鬼にとって押韻は単なる作詩の技法ではなく、音楽的美を詩歌に付与するものであると同時に、果敢なく移ろいゆく現実の中に運命を垣間見させてくれるものでもあった。

 この九鬼の押韻論に触れて、僕は人間も言葉と同じなのではないかと思った。運命的な関係性に必要なのは、自分にとって意味のある誰かを必死に探すことや、誰かにとって自分が意味のある存在になることを目指すことだけではなく、誰かとある一定のリズムの中で偶然の邂逅を繰り返してゆくこと。物語的な意味とは全く無関係に、意味のない繰り返しの中で継起的に関係してゆくこと。人間関係の中に『同棲』という理性の枠を与え、繰り返される生活のリズムの中で時間を過ごしてゆくこと。待つでもなく、掴むでもなく、そうしたものとは別様の運命があり得るということを、九鬼の押韻論に触れてから想像できるようになった。


 彼女がよく飲んでいると写メ日記に書いていた、新宿の大衆居酒屋で飲む約束をした。先に着いて席で待っていると、待ち合わせ時間から8分ほど遅れて彼女がやってきた。

「はじめまして」

満面の笑顔でも、照れ笑いでも、愛想笑いでもなく、初対面の人と会うための笑顔としか言いようのない笑顔で、彼女が現れた。彼女は僕と同い年か、それよりも少し年上くらいに見えた。

「はじめまして。なにか飲みますか?」
「あっ、じゃあビールお願いします」

近くにいた30半ばほどの、威勢のよい男の店員さんを呼んで、ビールを2つ頼んだ。

「お名前は、伺ってもいいんですか?」

楽しそうでもあり、緊張を隠すようでもある笑顔で彼女が聞いてきた。僕は本名を伝えた。「僕も本名を聞いていいですか?」と返すと、彼女も本名を教えてくれた。その合間に、ビールが2つやってきた。「すいません急に、今日はありがとうございます」と改めて挨拶をして、乾杯をした。

「ふふっ、緊張しますね。これは何飲みなんですかね。私は今日、どんな風に喋ればいいんですか? プライベートモードですか?お仕事モードですか?」

彼女の声は高く澄んでいた。声の出し方のトーンが一定で、どこかつくりものみたいな話し方だと思った。

「2つのモードでなにが変わるんですか?」
「お仕事モードの方がよく喋れるけど、当たり障りのないことばかり喋ると思います。プライベートモードの方が面白いかもしれないけど、でもプライベートだと私はほとんど喋らないから、なんにも喋らなくなっちゃうかもしれません。あっ、でも初対面の人が相手だと、どうしてもお仕事モードになっちゃうかな」

もう既にその応答が十分に面白いものだと思って、僕は彼女のことを眺めながら嬉しくなった。プライベートモードにもなれず、お仕事モードにもなれず、その中間で悩んで、その悩みをそのまま口にしてしまうのが、彼女なのだと思った。

「今はどのくらいお仕事モードなんですか?」
「うーん、30%くらいかなぁ」
「そうなんですね」

それから彼女は、仕事の話や、家族の話、友達の話など、いろいろな話をしてくれた。話をしたいというよりかは、あまり喋らない僕に対して義務感から間を埋めるようにたくさん話をしてくれた。僕は彼女を眺めているだけで楽しかったし、目の前の初対面の女性に対して「一緒に住みましょう」とどうやって伝えようか、ということばかりを考えていて、会話にほとんど集中できていなかった。「自分で誘ったんだから、もっと喋ってくださいよ!」と、途中で彼女から突っ込まれてしまうほどだった。

 彼女を目の前にすると、ネットを見ながら妄想していることを実際に伝えることは途方もなく難しいことのように思われた。だから、話の流れとか、雰囲気とか、そういうことを一切考えるのを放棄して、ただただ自分が「一緒に住みたいです」という言葉を口から出せそうなタイミングのことだけを考えていた。気づけば、1時間以上が経過していた。

「昔、一緒のお店で働いていた、すごい綺麗で、めちゃくちゃ稼いでいる女の子がいてね」
「うん」
「その子がお店やめちゃってから一切連絡とってなかったんだけどさ、私がお店のランキングに初めて入った時、お祝いでご飯食べようって誘ってくれて」
「うん」
「星がついてるフランス料理屋に行ったの。そしたらさぁ『ランキング入りおめでとーっ!』とか大きな声で祝われちゃって凄く恥ずかしくて。まぁ嬉しかったんだけど、その後にご飯食べてる時に『あなた仕事でボディソープ使うでしょ? これ、凄くいいから使ってみてよ』って、アムウェイのボディソープ渡されたの」
「えぇ~」
「せっかく貰ったボディソープ捨てるのもったいないからお客さん用に使おうかと思って。でも店長に相談したら『それはやめときな』って言われたんだよね」
「それはそう言われちゃうかもねぇ。カラシ蓮根を頼みたいんですけど、辛いの食べれますか?」
「私、辛いの好きです」
「じゃあ頼みますね」
「あ、ゴーヤチャンプル頼んでいいですか?」
「いいですね。僕もゴーヤ好きですよ」
「それじゃあ頼みますね。すいませーんっ!」

彼女が慣れたような笑顔で店員さんを呼んで、注文をしてくれた。

「今の男の店員さんね、いつも一人で来るとサービスしてくれるの」
「今日はしてくれないんですね」
「珍しく男の人と飲んでるから気を遣ってるんだと思う」
「それでもサービスしてくれてもいいのにね」
「たぶんね、あの店員さん、私が夜の仕事してるってわかってると思うよ。いつもすごい遅い時間に女が一人で来るわけだから」
「そうかもしれないですね」
「でも夜の仕事の人っていいお客さんだと思うの。お店が混んでない遅い時間にフラッと来て、ちゃんとお金を落としてくし」
「うん、そうですねぇ。ライムサワー全然飲まないんですね」
「うん、これすごく酸っぱかったから」
「『嫌いなものは酸っぱいもの☆』ってプロフィールにも書いてありますもんね」
「よく見てるんですね。次なにか飲まれますか?」
「もう一杯ぐらい飲みましょうか」

そんな会話をした時、急に「一緒に住みたいです」を言えそうな波がやってきた。会話の文脈とは全く無関係に、ここしかない、という確信の波が、腹の底から唸って来た。その波を逃さないように喉を開けて、ビールの入ったグラスを握りしめながら「一緒に住みたいです」という言葉を出した。彼女に言葉を届けるというよりかは、彼女と僕の間にあるテーブルの真上の空間に言葉を投げ出すように、声を出した。緊張からか、実際に口から出た言葉は「一緒に住みてぇねぇぅんふぅぅ」という感じだった。

「えっ!? なんて言ったの!?」

驚きながらも、どこか親しみの籠った声色が返ってきた。おそらく、言って大丈夫なことだったのだと思って、2回目はある程度落ち着いて「一緒に住みてぇいですぅふ」と伝えた。

「言われると思った」

すぐにそう返ってきた。

「言われると思ってたの?」
「うん。お金貸してって言われるか、パトロンになってって言われるか、結婚しようって言われるかなぁと思ってて、一緒に住もうってパターンももしかしたらあるかもしれないって思ってた。その中では一番ないかなぁとは思ってたけど」

僕は「そうなんだ」と言いながら、話の続きをせがむように彼女の顔を見た。

「結論から言えば、一緒に住むのはOKだよ」

確かに、事前に予想していたことを感じさせるような、落ちつきのある言い方だった。夢なら上手くいきすぎて逆につまらないくらいのスムーズさで、そんな現実に心の置きどころがわからなくなった。ふざけたような展開に負けないように、ふざけた適当なテンションで言葉を返した。

「やたーーーーーーーーっ! いつ引っ越せるの?」
「んー、すぐの方がいいと思う。絶対、一人になった時に物事を悪い方悪い方に考えて一緒に住むの無理だなってなると思うから。勢いのあるうちがいいよ!」

彼女は、他人事みたいに自分のことを喋った。

「仕事はいつ休み?」
「んー、明後日なら休み取れると思う。静かなところ行こ?」

彼女の誘いにのって、居酒屋でお会計をした。それから、近くのセブンイレブンで缶のお酒を1本ずつ買って、ホテル街の近くにある公園に向かって、新宿の夜の街を歩いた。

「そこのマッサージ屋、夜遅くまでやってるから仕事終わりで筋肉が辛かった時に一回駆け込んだんだけど」
「うん」
「中国人のママがかなりやり手で、私の太ももの付け根のところについてる筋肉触って『オ仕事何シテルノ?』って聞いてきたの。お客さんの生活習慣に合ったマッサージをしたいから、なんの仕事してるか教えてって。でもそんなの言えないからとぼけてたら『夜ノ仕事、シテルノッ!?』って言われたんだよ」
「へー、すごいね。筋肉で想像ついちゃうんだね」

彼女の思い出が染みついた新宿の街を歩いていると、道に面しているところ以外三方を高い建物に囲まれた、小さな公園に到着した。公園内に生えた木には綺麗に緑色の苔が生えていて、土の固い公園だった。公園内では、180cmくらいはありそうな体格に、スーツ姿で肌の黒い、東南アジア系の男たちが4人で酒を飲んでいた。僕と彼女は、道路に面したところにあるイスに腰をかけた。

「ねぇ、免許証もってる?」

彼女が聞いてきた。

「僕、免許もってないよ。保険証ならあるよ」
「見せてよ、一緒に住むんだし」
「いいよ。はい、保険証」

彼女は保険証を手に取ると、僕の本名と生年月日を確かめた。

「教えてくれた名前、本当に本名だったんだね。本当に26歳だし」
「そっちも免許証みせてよ」
「はい」
「そっちも本当に本名だったんだね、年齢も合ってる」

「こうしないと相手の名前も年齢も信じられない私たちって」と、彼女は笑いだした。その瞬間の彼女の表情があまりに公園とマッチしていたから、僕も笑った。普段から日の当たらない公園の空気に似た、じめじめとした笑いだった。

「ねぇ、本当に素人童貞なの?」

彼女はなぜか、僕が本当は素人童貞ではないのではないかと、凄く疑っていた。

「本当だよ。彼女いたことあるけど、セックスしたいとか一度も言われたことなかったからしてないし、風俗でしか経験がないよ。1回だけ、一緒によく飲んでるソープで働いている女性が誘ってくれたから指名したことあるけど、知り合いとセックスしたのってそれくらいかな。でもそれって、素人童貞じゃん?」
「飲み行ってる時に誰かに誘われたりしないの?」
「あったけど数えるくらいだよ」
「誘われて断わるわけ?」
「うん。もう僕の人生のほとんどは素人童貞に支配されてるから、僕が素人童貞って最初からわかってる人としか会う機会なんてなくなってるんだよね。それをわかったうえで性的なことを誘ってくれる人って、素人童貞をネタにしてる僕のことがある程度は好きで誘ってくれてるんだと思うんだけど、セックスしちゃったらその時点で素人童貞じゃなくなっちゃうわけじゃん。自分が好きって言ってるものを安易に破壊しようとしちゃう人とセックスするなんて、嫌じゃん?」
「ほんとうに? なんで素人童貞なの?」
「わからない」
「あんなに文章では明晰に書くくせに」
「うーん、別にネタにしたいから守りたいと思ってるわけでもないし。ネタにする前から実際に風俗以外でセックスする機会はなかったわけだから。でもネタにしたらしたで守らなきゃと思うこともあるけど、それだけじゃないし。要は、セックスをしたら何か劇的に人生が変わらなきゃいけないって、変に理想を抱いているんだと思う。ネタにしたことでそのハードルがさらに上がってるのはあるけど。なんかさ、セックスをしたら劇的に人生が変わるとか、そういう考えは持ってないの?」
「うーん、そういう考えの時もあるけど、セックスって言っても、こう、相手と自分の今の関係性を確かめるためにするセックスもあるし、普通のコミュニケーションと同じで、いろいろ、あるから」

彼女は、真剣な顔をしていた。僕がした話は、誰に話しても笑い含みで返されるどうでもいい話であるし、限りなく僕も冗談を言っているかのように話をした。その程度でいいと自分でも思っているくだらない話に、彼女は真剣な顔で返してきた。自信があって言葉を返してきたというよりかは、自分に自分で言い聞かせるかのように、考えながら言葉を返しているような表情だった。正直な言葉を返してきてくれているのだと思った。それに、性愛というものを何年も仕事にしている彼女から発された言葉なのだから、それは重みのある言葉なのではないかと思った。薄暗くてじめじめした公園を照らしていた電灯が、彼女だけを照らしているように見えた。「うん、なるほど」と頷く以外、返す言葉がなかった。

「そういえば、ここの近くに住んでるんだよね?」
「うん」
「今から家いっていい?」
「えー、私、初対面の男の人は家に入れないって決めてるんだけど」
「でもさ、一緒に住むわけじゃん」
「うーん、そうだけど」
「俺はどうせセックスもしないわけだし」
「体の関係ない男友達みたいなのができるのって初めてかも」
「やったじゃん。行こうよ」

公園から10分ほど離れた、彼女が住むマンションに向かった。「ここのマンションはね、住んでる人が夜の仕事の人が多くて、どんな時間に帰ってきても他人の目線を気にしなくていいの」そう言いながら、彼女がオートロックの鍵を解除して、部屋へと連れてってくれた。彼女は部屋に入るなり、バタバタと部屋の片づけを始めた。掃除が落ち着いたところで、ソファに横並びに座った。

「ねぇ、さっきは一緒に住むのOKだよって言っちゃったけど、なんで一緒に住みたいと思ったの?」
「んー、一人暮らしに飽きてきたし」
「それだけ?」
「別に、わざわざ一緒に住まないで、たまに外で遊ぶ関係を築くって方法もあると思うし、それも楽しいと思うよ。でも、そういう関係だったら、どっちかが飽きたら誘わなくなって、それでお終いじゃん。でも一緒に住んだら、飽きたってだけでは簡単に終われなくなるから」
「うーん。でもそれはあなたの理由でしょ?」

彼女は、難しい問いの仕方をする人だと思った。僕に質問をしたら、もちろん僕の中の理由しか出てこないのに、僕に聞いておいて「それはあなたの理由でしょ?」と問うてくる。でも別に、「僕に質問をしたら、僕の中の理由しか出てこないよ」なんて返事を求めているわけでもないということもなんとなくわかった。それはなんとなくわかったけれど、彼女の問いに応えられる何かを口に出すことはできなかった。彼女の良いところは、彼女の文章を読んだだけでもわかるし、実際に会って数時間喋ってみても、魅力のある人だと思った。でも、そんな理由をいくら並べても、人間がほとんど無限にいるからには誰かと代替可能な理由ばかりになっちゃうし、それを一緒に住みたい理由にするのは嘘みたいだから、同棲というリズムの中で一緒に生活をして、運命的な関係をつくっていきましょうよ。同棲をしたい理由を挙げるよりも、一緒に同棲をするというその動きそのものこそが、一緒に同棲をする遥かに強い理由なんですから。そんな風に、思っていることを1から100まで全て伝えられればよいなと思ったけど、1人でいる時に考えていることは、本当のことであるけれど、あまりにも自分にとっては誇大で綺麗なことすぎて、声に出したら自分の身の丈を軽く超えて嘘をついているみたいになってしまうから、「一人暮らしは飽きたから」「一緒に住んだら、簡単には終われなくなるから」って、自分の身の丈にあう言葉の中では最も本当に近い言葉くらいしか言うことができなかったし、彼女はイマイチ納得していない表情をしていた。

 時計が2時に迫ろうとしていた。「シャワー浴びる?」と彼女が聞いてくれたので、シャワーを借りて、彼女が用意してくれたTシャツと、シルクのグレーのズボンを履いて、ベッドに横になった。彼女もシャワーを浴びて、スッピンに部屋着の姿で戻ってきて、ベッドの近くのソファの上でスマホをいじり始めた。「まだ寝ないの?」と聞くと「うん、神経を落ち着かせないと寝れないから」と彼女が言うので、僕は先に寝た。30分くらい経ったころ、隣でモゾモゾと動く気配を感じたので薄目を開けると、彼女が布団の中に入ってきた。

「手も繋いじゃだめなの?」

隣に潜り込んできた彼女が尋ねてきた。

「いいよ」

ギュっと手を握られた。そのまま、彼女がこちらに身体を寄せてきたので、僕も身体を寄せた。一緒に住むことを実現させるためにある程度は彼女に迎合をしておきたいという打算的な気持ちもあったし、それに、彼女が公園で「セックスって言っても、こう、相手と自分の今の関係性を確かめるためにするセックスもあるし、普通のコミュニケーションと同じで、いろいろ、あるから」と言っていたのが、頭に残っていた。そういう感覚は、自分には全くわからないことであるし、欠けていることであるし、そしておそらく、求めていることでもあると思ったので、それを少しだけ、信じてみたいと思った。

「チューはしちゃだめ?」

そう彼女が聞いてきた時、僕は彼女の胸の上に顔をうずめていた。返事をせずに、彼女の顔の方を向いて顎にキスをした。「さっきまでエッチなことしないって言ってたのはなんだったんだよ」と、彼女が笑い出した。僕は彼女に何度もキスをした。彼女もキスをし返してくれた。何度もキスをして、彼女の上に覆いかぶさって、着衣のまま正常位の体勢になった。股間のところで、我慢汁が何度も出ているのがわかった。大量の我慢汁というよりも、少量の射精という方が正しいほどだった。我慢汁と射精の境界線が、限りなく揺らいでいた。

「エッチはしないの?」
「しない」
「しないの?」
「しないぃい゛い゛ーっ!」
「ほんとにしないんだ?」
「セックスはしないぃい゛い゛ーっ!」

もう自分がセックスをしたいのかも、したくないのかも、勇気がないのかも、そもそも興味がないのかも、何もわからなくなっていた。ただ、セックスをしないという気持ちだけがあった。その間にも、おかしいくらいに我慢汁が出ていた。もう3時が迫っていて眠かったので「そろそろ寝るね」と言って、彼女の横に寝転んだ。「あー、汚してるー!」と笑いながら、彼女が僕の股間を指差した。彼女から借りたシルクのグレーのズボンの股間の部分に、大きな染みができていた。

 目覚めたら部屋に日が差していた。彼女はソファに座りながら、スマホをいじっていた。僕が起きると、キッチンの方に歩き出して、フレンチトーストと牛乳を振舞ってくれた。前日の夜のことが記憶にありながら、何事もなく次の日の朝が訪れたことが新鮮だった。着衣のまま身体を重ねて、セックスを拒否して、我慢汁でズボンを汚しただけだったけど、僕にとってそれは、朝のなんてことない風景まで含めて、凄くセックスみたいなことに思えた。朝日が差し込む部屋の中をなんてことなく動く彼女の姿を見て、彼女は日常の中にセックスがあるような人だと思った。いや、もっと正確に言えば、セックスの中に、日常があるような人だと思った。

 振舞ってくれたフレンチトーストを食べて、シャワーを浴びた。彼女は午後から仕事だったので、シャワーを浴びて、化粧をしていた。彼女の出勤時間が来たところで、新宿駅まで手を繋ぎながら一緒に歩いて、仕事へと向かう彼女を見送った。


 2日後。彼女が12時半から病院に行くとのことだったので、14時から不動産の予約をした。13時45分に池袋駅西口に待ち合わせだったけれど、12時前になったころに「ごめん。病院の予約時間を間違えていて、13時半からだった。それに、一緒に暮らす理由がなんか消極的な理由だったから、正直まだ決めかねてるよ」と彼女からLINEが来た。まだお互いが何者かもよく知らないし、大して一緒に住みたい理由も伝えられていないし、そのうえ酔っぱらってしか話をしていなかったから、よくよく考えれば不安になるのも当たり前のことだと思い、彼女からのLINEを見て急に不安になった。不動産に行くのを諦めて、彼女の病院の用事の後に、池袋駅で待ち合わせをした。この前は酔っぱらっていたし、緊張で彼女の顔をよく見ることができていなかったから、待ち合わせ場所で彼女のことをちゃんと見つけられるか心配だったけれど、池袋駅に着いた時、彼女の存在を一目で認知することができて安心した。黄色の花柄の服に、橙色のロングスカート、それから麦わら帽子を被った、綺麗な色白の肌の、晩夏の女性だった。

 駅から出て、近くのコメダ珈琲店に入って、彼女はアイスミルクを、僕はアイスココアを注文をした。ドリンクが来るのを待っている間、彼女はどこからか絵本を持ってきて、子供みたいな笑顔で僕に読み聞かせを始めた。不安な気持ちになっていたのが拍子抜けするくらいに、陽気な女性だった。

「あのね、」

読み聞かせを終えた後、彼女は伏し目がちに神妙な面持ちを見せた。

「一緒に暮らしたい理由が、一人暮らしは飽きたとか、一緒に暮らせば簡単には離れられないからとか、消極的な理由すぎてあまりメリットが感じられなかった。それに、さっきも病院の先生と相談してきたんだけど、私、街で人混みの中に行っただけで他の人の人生のことをウワァァァって想像しちゃって疲れちゃったり、家の中で誰かの物音とか、他人の気配を感じるだけで、自分が気づかないうちにストレスを抱え込んじゃうタイプなんだよね。一緒に住む上で一番障壁なのは、その部分かな」
「一緒に住むんだったら、そりゃ完全に気配をなくすってことはできないけど、それぞれ自分の部屋をしっかり確保したり、もし気になるんだったら部屋に鍵をつけるとかすればいいんじゃない。僕も昔っから家に誰かがいるだけでストレス感じてたから、普通の人よりは静かに過ごす方だと思うよ。それに、一緒に住みたい理由は消極的だとは思ってなくて。好きな人と、好きな時間に、好きなだけ飲んだりして楽しんで、はい解散みたいな、もう今の自分の人間関係は全部そうなってて、それはそれで楽しいけど、でもそれだとどっちかが一緒に遊ぶメリットないなって感じた時に関係は簡単に切れちゃうわけで。でも本当は人間関係って、もうダメだなって思った時も、半強制的に関わらなきゃいけない場面があったら、案外大丈夫だったり、今まで見えてなかった相手の一面が思いがけず見えるようになったり、そういうことって確かにあるものだと思うから、そういうのが得られるのは積極的な理由だと思っていて」
「うーん。私も他人を避け続けて生きてるから、そういう可能性が失われてるってのは凄く共感するんだけど。でもやっぱりそれって、あなたの理由でしょ?なんだろ、一緒に住んだら楽しいと思うけど、感情的な部分の最後の一押しが足りないんだよね」

彼女のすごく神妙な面持ちを見ていると、一緒に住むことはできないのではないかと思った。一方で、彼女がすごく具体的に同棲について考えてくれているので、彼女は同棲の方向に走り出してくれているのだと嬉しくもあった。ミルクとココアを飲み終わったところで「とりあえず行こっか」と彼女が言ったので、特に彼女の言葉に返事をすることなく、席を離れた。席を離れる時、隣のテーブル席に座っていた、明るい茶髪の強面の夫婦がこちらのことを凝視していた。

「ねぇ、隣に座ってた人、絶対に僕らの話を聞いてたと思うよ」
「えー、そんな風だった?」
「うん。最後すごい凝視してきたし。僕があの夫婦の立場だったら聞いちゃうと思う。急に隣の席に男と女が来て、女の方が陽気に絵本の読み聞かせを始めたかと思ったら、『一緒に住むメリットがわからない』なんて話を凄い神妙な面持ちでし出すんだもん。隣で聞いてる人からしたら、カフェに来たぜーっ!って気持ちになると思うよ」
「そだねー!急に周りで緊張感のある話が始まるの、カフェの醍醐味だもんね」

彼女はまた、晴れやかな笑顔になっていた。他人に自分がどう見られているのかということを、まるで他人事のようにも楽しめる彼女は、やっぱり素敵な人であると思った。

 コメダ珈琲店を出た後「君の家に行こうよ」と言われた。「えー」と少し渋ると「だって一緒に住むんでしょ?」と、先日のお返しをするかのように言われてしまったので、自宅に彼女を案内した。自宅の目の前の一面には墓地が広がっていて、2階にある部屋の一番大きな窓からは墓地が見渡せた。「景色いいね」と、彼女は僕のベッドに座りながら、窓の外から部屋に入ってくる涼風に髪をなびかせていた。この日は町内のお祭りが催されていて、窓から見下ろせるアパートと墓地の間の狭い一本道を、お神輿を担ぐ行列が通っていた。「あぁ、お祭りだぁ~っ」と、お祭り好きの彼女は嬉しそうにお神輿の行列を眺めていて、「あっ、目が合った」と笑いながら、目が合った先の人に会釈をしていた。しばらくして「屋台行こうよ」と彼女が言うので、近くで開かれているであろう屋台を探そうかと思ったけれど、ちょうど雨がぽつりぽつりと降って来たので、外に出るのはやめた。この日は台風15号が関東の上陸すると予報されていた。

 屋台に行くのを諦めると、彼女はベッドの上に寝そべった。「こっち来て」と言ってくれたので、僕もPCデスクのイスから移動して、彼女の横に添い寝をして、キスをした。「今日もしないの?」何度かキスをした後、彼女が聞いてきた。コメダ珈琲店で彼女に言われた「一緒に住むための最後の感情的な一押しが足りないんだよね」という言葉を思い出した。それは別にセックスをしたいという意味ではないとは思ったけれど、僕が一番ごまかしているのはセックスであることは間違いなかった。同棲をしたいという考えに踏み切れたのは、九鬼周造の押韻論を通して、これまで自分が思い描いていたのとは別様の運命を想像できたからであったし、そのことは頭ではわかっていた。実際に同棲をする覚悟もあった。ただ、僕の男性器だけがその考えについてこれていなかった。素人童貞なんてものをアイデンティティにし続けているということは、一方で自由な性を楽しみながら、一方では貞操を保つことで、運命を待ち望んでいるということだ。彼女と一緒に住みたいと思ったのは、一方で自由と戯れながら、他方で運命をただ待ち望むようなだけの生き方とは、別様の景色を見れそうだと思ったからだった。頭のてっぺんから亀頭の先まで自分に正直にならなければ、その世界を見ることはできないのではないかと思った。「今日もしないの?」と聞いてくれた彼女に、「する!」と応えた。

 電気を消して、お互いの服を脱がせあって、セックスをした。彼女は、男性器を奥の方に挿れると気持ちいいと言うので、奥の方に挿れたまま腰を振った。今までそんな動きをしたことがなくて慣れていなかったからか、彼女が気持ち良くなるように動こうとすると、自分の気持ち良さからは離れていった。自分の男性器が、中身の空洞な肉の筒のように思えるくらいに、内側の感覚が全くの空っぽになった。でも、それでいいと思った。自分の気持ち良さなんか考慮せず、相手のためにひたすら腰を動かせることが嬉しかった。そのままひたすら腰を振った。安いベッドが激しく軋む音が部屋に響いた。それと競うように、彼女の喘ぎ声も部屋中に響いた。喘ぎながら苦悶の表情をする彼女を見ながら腰を振った。涙目のようになっている彼女と目が合った。「自分が動きたいように、動いていいんだよ」と言われた。自分が気持ち良くないことは隠していたつもりなのに、こんな時になんで僕のことをそこまでわかってしまうのだろう、と思った。その言葉を言われた瞬間、「セックスって言っても、こう、相手と自分の今の関係性を確かめるためにするセックスもあるし、普通のコミュニケーションと同じで、いろいろ、あるから」「なんだろ、一緒に住んだら楽しいと思うけど、感情的な部分の最後の一押しが足りないんだよね」と、彼女に言われてきた言葉を思い出した。彼女は要所要所で、僕が一番求めている言葉を、僕が自分でも求めているのに他人から言われなければわからない言葉を、口にしているのではないかと思った。大学の時、哲学者の廣松渉について卒業論文を書いた。廣松渉は、人間が他の人間の位置から物事を認識できるという前提がなければ、人間が日々営んでいる間主観的な現実を説明することはできないと言っていた。まさに彼女は、僕の位置から世界を見て、それに対して彼女の口から言葉を発しているのではないか、そんな風に思えてしまうほどだった。普段は意識されない人間の認識の根底の部分が、彼女と一緒にいると漏れ出てくるように思えて、人間はおそろしいと思った。

 彼女の言う通り、自分が気持ち良くなるように腰を振って、射精をした。余裕のない僕に対して、彼女は余裕のある優しい笑顔をしていて、この人には全く敵わないと思った。時計を確認すると、3時間近くの時間が経過していた。タイマーも鳴らず、ボーイさんが迎えに来ることもないセックスは、こんなにもたくさんの時間がいっぺんに過ぎてゆくものなのかと、驚いた。

「本当に素人童貞なの?」
「本当だよ」
「だって動きが慣れてたじゃん」

彼女は、セックスの動きに僕が慣れていたからか、僕が素人童貞ではないのではないかと、まだ疑っていた。

「本当だよ。でもそりゃあ、今まで何百回も素股をしてきたわけだから、動きには慣れているでしょう」
「えー、信じられない」
「でもあんなにうちのベッドが軋む音を出すとは思わなかったよ」
「あ、うん。あの音を聞いた時は、確かにこの家でセックスをしたことがないのかな、とは思った。それに何か顔が変わったね」
「俺セックスしましたぜ、みたいな顔になってる?」
「うん。なってる」

そんな会話をしながら服を着た後、彼女が僕の好きなものを食べたいというから、CoCo壱のカレーを頼むことにした。彼女がチキン煮込みのトッピングが良いというので、それに海老あさりをトッピングしたカレーを1つ頼んだ。いつもは1人で600gの2辛を頼んでいたけど、2人で300gの1辛のカレーを食べることにした。もう3年もテイクアウトをし続けている家の近所にあるCoCo壱に、急にカレーの量と辛さを変えたうえに、初めて女性を連れて、しかもセックスしましたぜ顔になっているというのが凄く恥ずかしいことに思えたので、彼女は店の外で待ってもらって、一人でカレーを受け取った。一度も会話をしたことのない店員さんに「スプーン2つください」と、初めてお願いをした。外では、台風15号の上陸によって、傘が壊れるくらいに雨と風が吹き荒れていた。

 チキン煮込みカレーに海老あさりトッピングのカレーを2人で食べた後、彼女を池袋駅まで見送った。彼女は何かを伝えたそうな顔をしていて、「一緒に住めるような気がしてきた」と、別れ際に力強く言ってくれた。池袋駅から家に帰ると、「私、あなたと一緒に住みたいなって思いました」とLINEが届いていた。


 次の日から、同棲に向けて本格的に動き出した。不動産を予約したのに、予約時間の直前までセックスをしていて遅刻をした。彼女が僕のズボンを脱がせたら、僕のパンツの裾の部分から金玉と勃起した男性器が完全にはみ出ていて、彼女はその場に項垂れて爆笑していたけど、その後すぐに真面目な顔をしながらセックスをした。不動産にいって、風俗で働いている人は、部屋を借りる際は無職扱いになるという現実を初めて経験した。その数日後、彼女がまた一緒に住む理由がわからないと言ってきたので、池袋の漫画喫茶に集合して、彼女のどこが好きなのかしっかり伝えたら、彼女が肩のマッサージをしてくれた。漫画喫茶の部屋には監視カメラがあったので、「そこじゃないですね、違います、違います、もっと下で、身体の前の方で、あっ、そこです」ってAVのセクハラマッサージ師みたいなコントを始めてみたら、「触ってないですよぉ」と言いながら、彼女が乳首のマッサージをしてくれた。初めて契約の申込みをした物件では、同日に先に申込みをした人たちと同時審査になって、落とされた。関係ないのに、彼女は自分の仕事のことを責めてしまっていた。別の不動産に行ったら、審査に落とされた物件より遥かによい物件が見つかったので、すぐに契約をした。契約をした後、普段からお世話になっている友人に彼女のことを紹介した。飲みにいく時間が迫ってきても自宅で前戯をしていたので「どうする?遅刻しちゃう?でも遅刻したらまずくない?」とギリギリまで話し合いながら前戯をして、遅刻することなく友人に紹介することができた。僕の友人に会ってみたことで彼女が安心して、その夜のセックスでは、彼女は僕のことを少し信じられるようになったと言っていた。台風が関東に上陸した日、彼女の家に泊った。セックス中、あまりにも早く僕がイキそうだったので腰を振るのを止めたら、彼女の膣が生き物みたいに亀頭を吸ってきて射精させられた。「えっ、今のなに!?」「勝手に動いた。自分でも怖い!」と、2人で膣に畏怖の念を抱いた。一緒に住む家が決まったので、千葉の幕張メッセの家具大バザールのイベントにダイニングテーブルを購入しに行った。当たり前な顔をして彼女に借金をする僕にムカついた彼女から「態度が気にくわない」と怒られた。その後、サイゼリアに移動して、女子高生がご飯を食べている隣の席で、真っ昼間から500ml399円の白ワインのデカンタを2人で飲んで泥酔しながら殺気を飛ばしあった。彼女は僕の誕生日の前祝いに「ディズニーか、すしざんまいか、叙々苑のどれかに今から行こうよ」と聞いてきたので「ラブホテルに行く」と応えて、幕張にある『UFO』という、UFOの形をしたラブホテルに行った。ホテル『UFO』には食べ物が日清UFOしかなかった。彼女が僕に対するストレスから、日清UFOの大盛を完食していた。その後セックスをしたら「やっぱ今日は心開いてないや」と言われた。 

 どこかの詩人が、恋について「今まで灰色だった世界が、彼女と出会ってから色づいた」なんて言っていたけれど、僕の場合は、今まで灰色だった世界が、彼女と出会ってから前戯になった。

 初めて会ってから一か月とちょっと、今週から、彼女との同棲が始まった。これから一つ屋根の下、同棲というリズムの中で彼女との生活が繰り返されてゆく。フランスの哲学者、エマニュエル・レヴィナスは、リズムについてこう言っている。

「リズムは、同意や自由や主導権などを語ることが困難な、比類ない状況を表している。なぜそれらのことについて語ることが困難かというと、人間はリズムによって掴まれ、連れ去られるからである。しかも、自らの意に反して、そうなるのでさえない」

始まってしまった。彼女との、同棲というリズムが。

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素童

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