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酒場で創作者と出会うからこそできる作品批評的な何か

集英社のよみタイというサイトで、『シン・ゴールデン街物語』という連載をやってまして、その第2回目が先週公開されました。

ゴールデン街に『人見知り克服養成所』という謎のお店があります。そこで店番をしてる米澤成美さんという方が『ちくび神』という映画を撮影していまして、大阪のミニシアターで上映するということだったので、大阪まで『ちくび神』を観にいったときの話です。

ゴールデン街には年齢を問わず、創作活動をしながら働いている人がいます。ゴールデン街で飲んでいると、そこで知り合った人が創作した映画なり演劇なりを観に行く機会というのが、割とあります。

この前、ゴールデン街にある、若くてポップな文化系の方々が集うお店でお酒を飲んでいたら、同い年くらいの女性たちが楽しそうな話をしてました。ゴールデン街のどこどこのお店で店番をしているイケメンの写真家の男の子がいて、その男の子の展示会にいくと、客の中に明らかにこいつはゴールデン街の女だ、って奴が何人かいるのだと。「展示会に行って、ゴールデン街の女かそうじゃないかってどこでわかるんですか?」と聞いてみたら、「そういう臭いがする!」と言ってました。

さて。ゴールデン街で知り合った米澤成美さんの映画を大阪のミニシアターまで見に行った私は、ゴールデン街の女ならぬ、ゴールデン街の男となってしまったわけです。「ゴールデン街の男の臭いがする!」と、どこかで言われていたかもしれません。ゴールデン街の男になってしまったからには、ゴールデン街の男としての作品批評を全うしようじゃないか、という信念を秘めながら書いたのが連載の第2回目であります。

作品批評には、ざっくりと言えば、テクスト主義・コンテクスト主義の2つの立場があります。文章や映画などの作品は、社会状況や創作者の人生などとは全く無関係にその作品だけで評価するべき、というのがテクスト主義。作品は社会状況や創作者の人生の反映物として見るべき、というのがコンテクスト主義です。最近日本で起こったテクスト主義とコンテクスト主義の論争を挙げるならば、『シン・エヴァンゲリオン』で突然出てきたマリというキャラは庵野秀明が安野モヨコと結婚したから出てきたキャラなんだ!という岡田斗司夫的な批評は、作品を創作者の人生の反映物として見做すコンテクスト主義で、そういう解釈はうざいし端的に間違ってるからそんな勘繰りはしないで映画は映画で純粋に楽しんでくれよ、という株式会社カラーの主張がテクスト主義です。

この2つの主義には収まらない作品批評の立場があると知ったのは、「エーリッヒ・フロム―希望なき時代の希望」という本を読んだときでした。

この本は、社会学者の出口剛司さんによるエーリッヒ・フロムの研究書です。この本には、どのようにエーリッヒ・フロムの業績を研究するのか、という方法論について書かれた章があるのですが、そこで展開されている方法論がユニークで面白いです。テクストをコンテクストから完全に切り離すテクスト主義でもなく、テクストをコンテクストの反映物として捉えるコンテクスト主義でもなく、あくまでテクストとコンテクストは別のものと見做しながら、テクストとコンテクストの背後に働く同じひとつの力を掴むように論じるという、力本質主義とでも呼ばれる方法論が採用されています。力本質主義はエーリッヒ・フロム自身の思想でもあり、万物の根本原因は同じ一つの神の力である、というスピノザの汎神論から展開される立場のようです。

エーリッヒ・フロム自身が力本質主義の思想の持ち主だったから、エーリッヒ・フロムを著者自身に憑依させながら、エーリッヒ・フロムの生涯と作品の背後に働く同じひとつの力を掴むように論じようじゃないか、という方法論でもってエーリッヒ・フロムを論じている、すごい野心的な本なのであります。

さて。私が考えていたのは、ゴールデン街の男となってしまった人間がどのようにゴールデン街で出会った人の作品と向き合うか、という話でした。

どのように作品を批評するのか、というのは、どのようにその作品に自分が接近したのか、ということを表していると思います。酒場で出会った人の作品を観るときには、酒場で出会ったからこそできる批評の方法というものがあるように思います。酒を酌み交わす中で見えてきたその人と作品の背後に働く同じひとつの力を見ようとするような、力本質主義の立場からの批評の仕方です。

連載の第2回目は、テクスト(『ちくび神』)とコンテクスト(酒場の身体)の両方に働くひとつの力を掴もうとした批評になっていると思います。少なくとも、そうした批評の仕方を目指してみました。ただ作品だけを鑑賞するだけでは見えないもの、酒の場で出会った人の作品を観るからこそ見えるものを批評する仕方があってもいいのではないか、そんなことを思いながら書いた連載の第2回目であるので、よかったら読んでみてくださいな。


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