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鉛色の空[SS]

「馬のいななきなんて、ひっさしぶりに聞きましたよ」

俊次郎が帰って来るなりそう言った。

村の道場すぐ横にある家。そこで、日向と俊次郎は寝食を共にしている。
朝稽古後の掃除が終わり、捨て場にゴミを持って行った俊次郎が帰ってきたところだった。

「数は?」
日向は聞き返す。
「僕が見たのは二頭ですよ」
この村に馬がいることはあまりない。そんなに必要がないからだ。村人たちは遠くへ出掛けていくことはないし、この村で肩書がある者たちは、移動するとき生物ではなく紙を使う。村の外からやってくる商人も大抵は徒歩で馬は使わない。

武家の者か。
行き先は小野家か、旅籠か。

「旅籠に行きましたよ」

日向が聞く前に俊次郎は答えた。コイツには思考が漏れているんじゃないかと時々錯覚する。まあ、今はそれはいい。馬持ちは小野家には行かず、旅籠に泊まる。つまり忍びで来ている可能性が高いということだ。

「馬いるんで、目立ってますけどね~」
へらっと笑って俊次郎は言った。
「何の用だろうな」
「さあ~そこまではわかりませんで。視察でしょう?なにを見に来たんですかねぇ」

そこまで言って、俊次郎は大げさに手をたたいて見せた。
「ああ、わかった。師範ですよ。師範を見に来たに間違いない」
「なんだそりゃ」
日向は眉をひそめる。

「どこかの姫が、ここに嫁ぎにくるんですよ。で、お相手をこっそりと見に来た」
「あんまりテキトーなこと言ってると、しばくぞ」
「いつもしばかれてまぁ~す」

日向にきつく睨まれても、俊次郎はひるまなかった。
道場片付いたか見てきまぁす、と俊次郎は言い、さっと家を出て行った。こんな具合で、いつも引きが早い奴なのだ。

やれやれと思いつつ、日向は刀を腰に差し、旅籠の方へと向かった。
曇天の日である。


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