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視線

月明かりはない。
しかし暗くて困ったな、ということはたあらにはなかった。

暗く闇に落ちる山を抜けると、村はずれにある秋名の蔵から明りが漏れているのが見えた。
夜の村に明りが灯る住まいは秋名の蔵だけだ。それだけで、秋名が明りを扱うことのできる裕福さ、肩書の持ち主であることがわかる。秋名はこの村を束ねる小野家の陰陽師である。

たあらは気配を消し、秋名の蔵へと近づいた。
蔵には面格子の窓がいくつかある。しかし、本棚でほとんどが塞がれており、窓としての役割を果たしているかどうかは疑問であった。

わずかに隙間があるので、外から中をのぞき見ると、丁度見える位置に、やや背を向けるかたちで秋名が座っているのが見えた。
陰陽師、と言えば、常に背筋を伸ばしたような、規則を徹底的に守るようなものを想像するが、秋名は姿勢を崩し、ずいぶんと気の抜けた格好で座っていた。しかし整った顔をしているので、姿勢が崩れていてもなぜか乱れたようには見えぬ、いや、妙な艶めかしさのようなものはあるが、単にだらけている、とは言えぬ姿であった。

いつものように本に視線を向けてはいるが、頁はめくらないようである。しかも、ずいぶんとやわらかい気を放っていた。
気になったたあらは、すぐには中に押しかけず、じい、とその様子を観察した。もうすこし顔が、表情が見えぬかと、覗き込む角度を変えてみる。

秋名は本を閉じ、棚にしまった。そして立ち上がり、ごとごとと音を立てたかと思えば、外に出掛けていった。

見回りの時間か。
夕方から朝にかけて、秋名は仕事をする。村にある灯籠を管理し、夜の間火が消えぬように見張るのだ。
センビ除けの灯籠。七つあり、村にセンビが入らぬように結界を張る。確かに山にあれほどいたセンビが村にはいないが、妖怪には効果はないようだ。たあらは何も感じないし、平気だ。

秋名の気配が遠ざかるのを確認し、蔵の中へ入る。
人との関わりを避けているように見えるが、いつも蔵に鍵などはかけていないのが不思議だ。それはさておき、あんなに真剣に何を見ていたのやら、と先程の本を探す。

たしか、えんじ色の、とそれらしき本を棚から取り出す。開こうとしたところ、本の方から、ここだ、と言わんばかりにある場所が示された。よく開く場所だから、くせになっているのだろう。

何か、挟まれている。
薄い長方形の紙だ。
墨でなにやら書かれているが、たあらは字が読めない。

鼻を近づけ、すん、とかいでみる。
天女の匂いがした。

「・・・・・・」

ぱたん、と本を閉じ、元の場所へ戻す。
あれは、天女からの文、というやつだ。


ぬうううううう!
天女からの文だと!?

本に挟んで!ああしてにやにやと眺めておるのか!
ううう、

うらやましいやつめ!!おれも欲しいぞ!!!

たあらは秋名の蔵を出て、村の大通りに出た。
村の者は夜の時間、誰も出歩かない。いるのは、灯籠の火を絶やさぬように巡回する秋名だけだ。

気配が近づいてくる。
たあらは消していた気配を戻し、前へと進んでいく。向こうは路地から大通りへ曲がり入ったようで、手に持つ行灯の明りが見えた。

秋名と目が合う。
互いに歩み進み、声が届く距離まで近づいた。立ち止まる。
「・・・何をしている」
突き放すような冷淡な言い方である。
「さてな」
とたあらは返し、秋名の表情を見た。本を眺めていたときとは打って変わり、険しい顔をしている。仕事をしているからか、それともおれを見たからか。

「腹が減って食い荒らしに来たか」
「違うわ阿呆」
ハッと笑って、軽く返す。
「どう違う。禍々しい気を放ち、村へ降りてくる。ひとを食い荒らしに来た以外に、なんの用がある」

うん?とたあらは首をかしげた。
秋名の言わんとすることが、すぐにはわからなかったからだ。

「貴様、センビを吸ったな?」
秋名が怒気のある視線をたあらに向けた。



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