風の音[SS]
ぶんぶん、という空気を切る音で目が覚めた。
虫が飛んでいる、というわけではないらしい。
慎は体を起こす。寝坊したな、と思った。布団はそのままに土間にある草履を履き、表へ出た。風を切る音はより大きく聞こえた。
風は斬られていた。
日向が風を斬っていたのだ。
慎「こんな朝っぱらから素振りか。精が出るな」
慎に気付いた日向は驚いた顔をした。
日向「朝っぱら~!?飲んで寝て、だらりと起きて、お前はもうちょっとしゃきりとした方がいいんじゃないか」
慎「すまんね。食器も片付けさせたみたいだな」
日向「あいつはもう、出掛けていったぞ」
ふん、と鼻を鳴らし、日向は言う。
慎「そうか」
日向の言うあいつというのは、別の世から来た彼女のことだ。今はもう、山を下りて村へと向かい、ここにはいないらしい。
慎「日向は、道場に行かなくていいのか」
日向「具合は?」
慎の問いには答えず、日向が聞き返してくる。
慎「具合?」
まぬけた表情と声だった。寝ぼけた頭でなんのことだ、と慎は思案した。
日向「昨日の酒は残っているかと聞いているんだ」
慎「いや、大丈夫だ」
日向「そうかよ。じゃあ、俺は行く」
慎「そうか。すまなかったね」
日向「別に」
どうやら悪いことをしたようだ。起こしてくれればよかったが、気を利かせて寝かしておいてくれたのだろう。ありがたく、その気持ちを受け取っておく。
日向「じゃーな」
じ、としばらく慎を見ていた日向はくるりと背を向けてそう言うと、すたすたと去って行った。
残った慎の横を、するりと風が通り抜けていった。
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