愛という名の加害

昔から、正確に言うなら中学1年生の秋が終わりかけた頃から、常にうっすらとした、自分自身でも対象が分からない加害者意識、ぼんやりとした申し訳なさを抱いて生きてきています。
中1の頃、「僕が神童であることを証明する!」と考え受けたWISC(IQテストの一種)の結果により極度の多動症と診断され、精神科のお世話になっていたものの、まだ精神疾患の診断が下ろされていない状況でした。
なので、この症状って恐らく精神疾患由来のものではないんですよね。
人間のバグによるものではなく、僕の正常な思考の産物によるものだと思っています。

漠然とした悪印象という点において恐怖と似た性質を持つように感じますが、恐怖感ともまた違います。恐怖感というのは悪役を恐怖の対象である他者に押し付けることによって成立するものですが、今回の場合、悪役は僕なのです。漠然とした申し訳なさがあるのですから。

とにかく、ここで記しておきたかったのはそういううっすらとして、ぼんやりしている加害者意識が僕を長年に渡って苦しめてきたという事実です。

そして僕は歳を取り、高校に入学してしまい、経験という名の手術を受けたことにより脳の中身が少しずつ取り替えられ、「申し訳ない」という意識もだいぶ薄れてきました。慣れてしまったという言葉が正しいのかもしれません。

しかし、先日(高校2年生の終わり際)に、「申し訳なさ」が再発するようになりました。ある出来事によって自分が加害者であることを再認識させられてしまったのです。

当時の僕はあるしょうもない男に負け、初恋の相手を取られるいう状況下にいました。
この事件によってほんの少しだけあった自分に対する自信がゼロになり、自分が無価値であることに対する自信だけ強くなりました。

ここで不可思議な神秘のように考えていた僕のこの悩みは、
「僕みたいなのが生きてていいのか…」みたいなしょうもないボヤキと同じ程度の陳腐なものだったのです。
無価値感の生み出した、社会という無形であやふやなものに対する罪悪感
といってもいいのでしょうか。

この苦しみは続くのでしょう。誰の責任でもない、全てが(全てって何だ?)自分のせいだという強迫観念から逃げることはできないのです。
その強迫観念すらもありふれたもので、美しくないものだというのです。
どうすればいいのでしょうか

助けてください。社会のことなんてどうでもいいので目の前のこの男を救ってください。今すぐに。

優勝は、阪神タイガース!!!!!!!!!!!!

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