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魂の疾走。往復1,000km神頼みの旅【お伊勢参りツーリングレポート】 後編

 「家に帰るまでが旅行」という言葉がある。そんな言葉が世代や地域を超えて広く流布されていることからもわかる通り、旅行における帰り道というのは油断が発生しやすいのだろう。電車やバスの旅行であれば疲れて眠ってしまったり、どうしても消化試合といった感じになりやすい。しかしながら長距離ツーリングとなるとそう簡単にはいかない。経験から、むしろ帰り道の方が困難な目に遭うことが多い印象だ。蓄積された疲労が回復し切らないまま、長い距離を走る。フェリーを利用したり、できる限り楽な手段を選ぶ人も多いだろう。前編に引き続き、今度は伊勢から神奈川までの道中を記録する。往路や伊勢での様子は下記の記事をご参照頂きたい。


復路の記録

2/29 伊勢から名古屋まで

 出発前日の2/28、伊勢参りを終えた私はホテルの中で帰りの計画を立てた。翌日の午後から雨が降る予報だった。さすがに雨の中、500kmを走るのは自殺行為だろう。山中を走る区間もあるため、雪の可能性もあり非常に危険だ。そこで2/29の午前中に名古屋に移動し、天気が回復する3/2に神奈川に帰る計画とした。名古屋で2泊し、観光を行う。西の方に遊びに来る機会はなかなか無いため、この機会に楽しもう。

 朝9時、伊勢を出発する。再び国道23号を走り、名古屋まで向かう。距離は約100km。休憩を含めて昼過ぎには名古屋に着く予定だ。

給油

 曇ってはいるものの、風は穏やか。往路では暴風により景色を楽しむ余裕なんて一切無かったが、穏やかな空の下で走る南勢バイパスは道幅も広く、田園風景と市街地が交互に広がり、非常に気持ちが良い。100kmと聞くと途方も無い距離に感じるが、実際に走ってみると3時間ほどでクリアが可能なため、印象よりは楽だ。予定通り午後1時頃、最初の目的地である名古屋港水族館に到着だ。

名古屋港水族館。広い。
科学博物館のような骨格展示もあり、見応えバツグン。

 博物館が好きだ。昔からチャンスがあればすぐに行くし、なんなら博物館を目的に旅行することも多い。しかし、自分は博物に興味があるのではなく、あくまで博物館の非日常的な空気感が好きなのだと、最近になって気づいた。海洋生物に対してもっと興味があればもっと楽しめるのに、ヒトデやクラゲといったわかりやすく面白い造形の動物しか真面目に見ていない自分に気がつく。アカデミアを愚弄しているような気分になり、落ち込む。もっと大人にならなければ。

 空色が悪くなってくる。早めに移動する。栄駅近くの名鉄インを予約しているため、水族館から10kmほど移動する。距離は短いが、信号の多い都市部を走るため、少し時間がかかる。ホテルのすぐ近くに、栄の中では最も最大料金が安いバイク駐輪場を見つけた。屋根付きで警備員もいるため、ここに2泊置かせて頂こう。

都市部だと駐輪場の有無がネックになるため、非常に助かる。
屋根付き。駐輪可能台数も多い。栄にバイクで来る人にはおすすめだ。

 駐輪場に到着した瞬間、雨が降り出す。完璧すぎる旅程だ。名古屋ということで、私が最も愛する名古屋グルメを喰べに行く。矢場とん。世界三大発明の一つである、味噌カツだ。

レベルの高い合格点を超えるトンカツ オールウェイズ出してくれる

3/1 名古屋観光

 最高のホテル。名鉄インは朝喰無料。喰べ盛りの20代にとってこんなに嬉しいことはない。いっぱい喰べて過酷な旅行に備える。本日は長久手に向かい、トヨタ博物館を訪れる予定だ。古今東西、歴史的に重要な名車を100台以上展示している、自動車ファンにとって夢のような場所だ。東山線で藤が丘に行き、リニモでトヨタ博物館前に向かう。

Back to the Futureでお馴染みデロリアン。ステンレスボディが美しい。
クライスラー・ヴァリアント。中途半端なFR車だが、それでも現代の車には無い気品が漂う
シボレー コンフェデレイト シリーズ BA。同時期のフォードとは違うマッシブさが印象的だ。
様々なメーカーの古いシンボル。全て美しい。
ミニカーを眺める。誰しもが5歳児になる瞬間。

 トヨタ博物館はホームページで、展示されている車のデータベースを見ることができる。収蔵されている車はどれも本当に美しい珠玉の名車だらけなので、ぜひご覧いただきたい。【トヨタ博物館ホームページ

 さて、トヨタ博物館をじっくり観光し、再び栄に戻る。今度は名古屋市美術館。基本的に撮影禁止のため、写真は少ない。名古屋市美術館はメキシコ・ルネサンス作品の収蔵に力を入れている。およそ100年前、メキシコ革命の際に起きた芸術運動だ。革命の意義やメキシコ人としてのアイデンティティを、絵画を通して民衆に伝えるという運動である。そのために壁画という媒体が多く選ばれているのも特徴的で、迫力のある作品が楽しめる。ダヴィッド・アルファロ・シケイロスなんかは誰しも一度くらいは名前を聞いたことがあるだろう。また、エコール・ド・パリの作品も多数収蔵されている。藤田嗣治やモディリアニの名作も見ることができるため、名古屋に来た際はぜひとも足を運んでいただきたい。

いかにも美術館といったビジュアル

 事前の予報では雨が降るはずだったのだが、絶好のお出かけ日和に恵まれた。早くも明日には帰宅の予定だが、しばらく天気の崩れは無い予報。しかしながら数日前から関東地区での地震が頻発しており、「もしも帰りの走行中に大きい地震に見舞われたら…」なんてことが頭をよぎる。

3/2 名古屋から静岡へ

 朝6時半から朝喰をいただく。今日の予定としてはまず名古屋から浜松までの100kmを移動し、浜松で何ヶ所か観光をして、夕方に出発。日付が変わる前に神奈川に帰ることができるか。というような流れだ。予定としては約400km。頑張って走っていこう。

 朝7時半、栄からの出発だ。早々に名四バイパスに入る。名古屋を抜けると道が片側一車線になる。周りの流れに合わせるために約70km/hで走ることになるのだが、私のグロムはミッションが4速であり、そのスピードで走ろうと思うと常時5,000回転を維持することになる。あまり燃費に良い走り方ができないため、新型グロムの5速ミッションが羨ましい。バイパスとは言え、わりと道幅が狭い印象だ。早朝なので非常に寒い。風も少し強く、帰路の困難を予感させる。

AM 11:00 さわやか到着

 静岡といえば、ハンバーグのレストラン「さわやか」は有名だろう。前編でお話しした通り、祖父母が湖西に住んでいたため、幼少期からさわやかに行く機会があった。10年ほど前にテレビで紹介され、今ではすっかり行列のできる大人気店だ。看板メニューのげんこつハンバーグを頂く。美味しすぎる。肉を喰べることは生きることなのだ。「君たちはどう生きるか」という問いかけに対して、私はまっすぐな目で「肉を喰らう」と答えさせて頂く。

さわやかな看板
世界三大発明の一つ。げんこつハンバーグ。

航空自衛隊浜松広報館 エアーパーク

 さわやかのすぐ近くに自衛隊の広報館(エアーパーク)が存在する。ここでは自衛隊で使用された航空機や、装備品が展示されている。戦争には反対だが、戦闘機が大好きだ。その矛盾に苦しくなることがあるが、心を5歳児に戻し、純粋に機械のかっこよさを享受しよう。

かっこいい…
F-4。エースコンバットで散々お世話になった期待だ。
着座体験も。全身でアビオニクスを感じ、絶頂寸前。
F-104。センチュリーシリーズの名機だ。

スズキ歴史館

 浜松といえばやはりスズキだ。本社があるため、街中にはスズキの車が大量に走っている。エアーパークから20分ほどのところにスズキの博物館がある。「こいつ、乗り物の博物館ばっかり行ってるな…」と思われるだろうが、仕方がない。エンジン付きの乗り物が好きで好きでどうしようもないのだ。

ヨシムラカラーのGS1000R。8耐を勝利したマシンは驚くほどに小柄。
RE-5の伝説の”茶筒メーター”

世界三大発明の一つ、GSX1100S KATANA。
カタナはメーター周りも美しい。

PM 3:00 浜松を出発

 短い時間だったが、浜松を堪能した。名残惜しいし、まだまだ行きたい場所はたくさんあるのだが、疲労も限界に達している。今日中に家に帰りたい。出発しよう。

 伊勢でガソリンを満タンにしたバイク。浜松に着く頃には残量は2割ほどとなっていた。バイパス沿いのガソリンスタンドで給油を行う。

心も満タンに

 往路では浜松の市街を通ったが、帰りでナビに指定されたのは国道1号のバイパスだった。浜松周辺のバイパスは道幅の広い2車線の道路で、高速道路のように快適だ。川崎まで残り240km。疾走する。

PM4:00 菊川

 休憩を取る。時間が進み、太陽が沈んでいくにつれて、気温はみるみる下がっていく。浜松を抜け、菊川市のコンビニに寄る。

気がつけば、細かい傷が増えたような気がする。

菊川を抜け、海沿いの道に入る。いちご海岸通りと呼ばれる道で、太平洋を一望できる美しい道だ。往路では完全に真っ暗で楽しめなかったが、程よく日が落ち、エモーショナルな雰囲気が漂う中、バイクを走らす。

PM 6:30 富士市 地獄の始まり

 富士市で給油する。まだまだガソリンの残量には余裕があるが、箱根を越えるまではガソリンスタンドが少ないため、満タンにしておく。給油を終えて走り始める。ナビの指示に従って走っていると、だんだんと狭い道へと入っていく。気づけば人通りも、車通りもほとんどない、寂しい道を走っている。ここはどこだろう。

 山間部を走り始める。往路とは違う道。箱根の旧道だろうか。狭く、一切街灯が無い。グロムのライトは本当に暗い。ハイビームにしても、照らしてくれるのはせいぜい車2台分の距離だろう。標高が高くなるにつれて、寒さが増す。気温は2℃。自分の吐く息でヘルメットのバイザーが白く曇る。余計に視界は悪くなる。カーブの先が見えないため、路面の状況も不安だ。もし、一部でも凍結していようものならゲームオーバーだ。もしここで立ち往生するようなことがあれば、冗談抜きに命の危機が発生する。 不安で狂いそうだ。電波の関係か、インカムから流していた音楽が止まってしまう。ひたすらに孤独だ。しばらく走ると、前を走るデコトラのダンプカーに追いついた。光輝くトラックは夜道のガイドとしては最高。2台でひたすらにゆっくりと走る。どのくらい走っただろう。気がつけば峠は下り道。街の明かりも見え始める。箱根を越えたのだろうか。

PM 8:00 御殿場 地獄

 青看板が見えてきた。「御殿場11km」。嘘だろ。箱根を越えるどころか、まだまだその入り口にすら立っていなかった。

地獄のルート

 ナビというのは常に最短のルートを指示してくる。賢いのだが、現場が見えていない。ナビが指定したのは国道469号。古い峠道だ。少し距離があるが、往路でも利用した国道1号から246に入るルートの方が環境的にはよっぽど良かっただろう。泣きそうになりながら御殿場市内のコンビニで休憩を取る。寒さで体はもう限界。今度は風による寒さではなく、純粋な気温の低さによる、小手先の技を使わない本物の寒さだ。

寒い。暗い。

 マップを確認する。もうしばらく走れば246号に出られる。重たい腰を上げてバイクに跨る。残り80km。走れば帰れる。走らなければ帰れない。

 再び寂しい道を走る。先ほどの峠道よりも少し広くなった。30分ほど走っただろうか。ようやく246号に入った。箱根に突入。先ほどとは打って変わって、車通りが多くなる。カーブが多く、延々と下り坂が続く。しかしながら周りの車はスピードを出す。間違いなく今回の旅行でもっとも危険なポイントだろう。特に夜間は大型トラックも異常なスピードで駆け抜けていく。伊勢神宮のお守りが効果を発揮する。

PM 9:00 秦野

 ついに箱根を越えた。最難関ポイントを抜けたことで気が緩む。あとはよく知った246号を進むだけなのだが、この気の緩みが一番危険だ。山を降り、寒さも和らぐ。沼津で夕喰を摂ろうと思ったのだが、予想外のルートを走ったことにより、飲喰店はおろか、人影すら一切ないような道を通ってしまった。空腹が限界に達する。箱根の地獄を越えた自分へのご褒美にと、スシローで喰事を摂る。あったかい味噌汁で体を暖め、ラストスパート。

PM 11:00 帰宅

 長津田。生活圏内のエリアに入り、さらに安心感が増す。そして、余計に早く帰りたい気持ちで焦りそうになる。まだまだ周りに車が多い。気をつけて走らなければ。「頼むから壊れないでくれよ」。この5日間ほど、ずっと快調に鳴り続けるエンジン。原付の耐久性をナメていた。ここまで走れるとは。ここまで来たら一緒に帰ろう。あと少し。

 PM 11:00、自宅に到着。震えながら部屋のエアコンをつけ、お風呂をためる。やり切った。原付バイクで往復1,000kmを達成だ。凍えた体を風呂の中でゆっくりと溶かす。全身の疲労が流れ出る。寝つきが悪い私も、この日は睡眠薬を使わずに爆睡した。

旅を終えて

 前編でも述べた通り、こういった意味無く過酷な旅行をする度に「もう二度としない」と後悔する。しかし、旅をする度に距離は増え、過酷さは増す。もう完全に旅に魅入られてしまっているのだ。もし高速道路に乗れるバイクを買おうものなら、九州はおろか、日本一周だってするだろう。大型バイクを買った日には、国内を飛び出すことが容易に想像できる。バイクは危険な乗り物だ。今回は運が良かったが、ボタンの掛け違い一つで死ぬ危険性を含んでいる。そのリスクを天秤にかけた時に、やはりバイクに乗ることを選んでしまうくらいに、バイクは楽しい。楽しくてたまらない。愛している。魅入られている。今回の旅でよくわかった。自分は旅をしてる時が一番活き活きとしている。鬱をきっかけに始めた旅だったが、孤独にバイクに乗りながら、自分と向き合った。目標を喪失し、やりたいことが無いと感じていた日々だったが、今は明確に、次の旅を望んでいる。

 行きたくて行った旅行。書きたくて書いた行き当たりばったりの旅行記だが、いかがだっただろうか。盛り上がりのあるトラブルなどもなく、まともに文章を書いた経験が無い人間の拙い文章だったが、少しでもバイクと旅の魅力が伝われば、自分がやったことに意味があっただろう。楽しい経験だった。もしまた旅行をすることがあれば、noteにて書き残そうと思う。その時はまたお付き合い頂ければ幸いだ。

改めて小さな相棒 ありがとう

吉塚千代


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