不安で淋しくて、明るく楽しい。― 谷山浩子の暗くて賑やかな曲 5選


 いちど書いてみたかった谷山浩子さん布教記事です。


・谷山浩子さんとは…?

 今年で還暦という大ベテラン。独特の世界観を曲のなかで展開しながら、切ない恋、ファンタジー、嫉妬や憎悪、ちょっとしたホラー(?) までさまざまなジャンルの曲を作ることで有名な方です。もし名前を聞いてピンと来なくても、ジブリのゲド戦記』のあの曲を作曲した方といえば伝わりますかね? あるいは、『みんなのうた』には「恋するニワトリ」や「まっくら森の歌」、「おはようクレヨン」に「そっくりハウス」、最近では「ピヨの恩返し」などを提供していました。世代によってはオールナイトニッポンを真っ先に思い浮かべるかもしれません。

 アニメ好きの方だったら、「まっくら森の歌」をアイドルマスターで千早がカバーしてましたといえばなんとなくわかる方がいるかもしれません (といいつつアイマスほとんど知らないのですが)。ついでに千早のキャラソン (?) である「SHADOWLESS」も谷山浩子提供曲。その他、声優だったら豊崎愛生・岩男潤子・上坂すみれなどの方々に曲を提供してます。

 アイドルだったら最近だと「てんかすトリオ」というももクロ的な何か (これもよく知らない) の「Puzzle」という曲の作詞もしていました。

 また、つい先日には谷山さんが歌った「スーパーマリオブラザーズ」のあの曲がカラオケに登録されています (詳しくは「「スーパーマリオブラザーズ」のBGMがカラオケに。歴代のマリオシリーズ映像も楽しめる「GO GO マリオ!!」がJOYSOUNDで配信」)。以下はジョイサウンドのサンプル動画です。


 ジブリ作品では『ゲド戦記』のほかに、『コクリコ坂』『山賊の娘ローニャ』でも作曲などを担当していました (過去には劇場版『未来少年コナン』のOP・EDの作詞作曲もしています)。

 このようにデビュー45周年を控えた現在でも多くの分野で活躍し続ける谷山浩子さん。彼女の曲をまったく聞いたことがないという人はほとんどいないのではないでしょうか (知らず知らずのうちに聞いているはずです)。この記事では、そんな谷山さんの数々の曲のなかから、5曲を選んで紹介してみたいと思います。


(*動画を貼ることについてですが、谷山浩子さんに関しては一応グレーゾーンだと認識しています。詳しくは「「楽しい遊び場が復活しますように」 谷山浩子さん、ニコ動の権利者削除についてTwitterでコメント」を参照。もし気に入った曲があったら、ぜひCDを買ってください! よろしくお願いします。)



・暗くて賑やかな曲たち

 谷山浩子さんの曲は素敵で不思議な歌詞のものが多く、ネット上には歌詞についてのさまざまな解釈があふれています。しかし今回はあえて、歌詞ではなく音に注目してみることにしました。

 テーマは、「暗くて」「賑やか」な曲たち。

 暗くて賑やかってどういうことだ? と思うかもしれません。要するに、歌詞の内容などは暗いのに、演奏はなんだかとても賑やかというものです。たとえば予想外の音が突然飛び出してきたり、狂ったような音が聞こえてきたり……。

 繰り返しになりますが、これらは決して明るい曲ではありません。明るい曲ではないのに、音を聞いているとなんだか少し楽しくなってしまう。そういう不思議な曲達です。深夜、どうしても明るい気持ちにはなれないけれど、何か音が欲しい。音の洪水に浸っていろいろなことを忘れてしまいたい。そういうときにどうぞ。

 ただし、お恥ずかしながら音楽に全く詳しくないので込み入った話は全然できません! 印象論というか、感想文です。その点、お許し下さい。



 (1) 穀物の雨が降る

 少年の負の感情が爆発する曲。狂ったようなドラムとサビで跳ねるベースが素敵。

 

 谷山さんの曲の主要なモチーフの一つが「滅亡」です。たとえば「不眠の力」では片思いの少女の内に蓄積された感情が世界を滅ぼす様子がうたわれ、「テングサの歌」では真っ赤なトマトみたいになった人間のいない地球に佇むテングサの心情がうたわれていました。

 そうした「滅亡」曲たちのなかでも、ここで挙げた「穀物の雨が降る」は地球滅亡三部作と呼ばれる三曲のなかの一曲です (「穀物の雨が降る」「ガラスの巨人」「粉雪の日」を指してこのように呼ぶことがあります)。少年の負の感情が穀物を降らせ、ビルを倒し都市を破壊する。そんな内容の歌詞になっています。暗いのにどこか爽快感のある曲で、夜中に聞くと不意に元気になるという方もいるのではないでしょうか。

 いろんな音が聞こえてきて賑やかな曲ですが、際立っているのが曲の背後で狂ったように音をたてるドラム……。そして、はねるような音でサビを盛り上げるベース。歌詞は「人間嫌いの少年が世界のすべてを壊す」という内容なのに、これらの演奏のおかげでどこか体を揺らしたくなるようなサビに仕上がっています。



(2) 薔薇の歌

思い出せない何かが私の幸せに影を落とす。思い出せない、思い出したくない。そんな、ザワザワしはじめる心に対応するように増えていく様々な音たち。

 

 谷山さんは、空白を表現するのがとても上手な方です。抽象的になってしまいますが、何かが「ある」ということを歌うのではなく、何かが「ない」ということを歌うことができる人なのです。たとえば「椅子」などでは、埋まることのない心の空白のみがピンポイントで描かれます。また、「ガラスの巨人」は聞くものの心に〈何かを忘れてしまったのに思い出すことができない〉という透明な喪失感を残す曲です。

 この曲でも、何かを思い出すことができないということが執拗に歌われます。そして、結局それを思い出すことができないままに曲が終わってしまうのです。曲のなかで示唆されているのは、それが「赤い赤い夢」であるということだけ。恐らくこの曲の登場人物は、その思い出したくないものに目を背けたまま、お伽話のような世界に閉じこもっているのでしょう。そして、それでもなお完全に目を背けることができず、どうしようもない不安が迫ってくるのを感じ続けているのです。

 一見幸せそうな生活を送りながら、どこかでそれが嘘であるとわかっている登場人物の、不安な心情が音に反映されているような曲になっています。はじめはそれこそお伽話のようにはじまり、少しずつさまざまな音が追加されていく。ときに突然あらわれる突拍子もない音は、不安定な精神をそのまま音にしたかのよう。追加される音は必ずしも前面に出てくるものではありません。思い出せないものが心の底に影を落とすように、さまざまな音が曲の根底の辺りに影を落としている。そんな印象です。



(3) 月と恋人

谷山浩子さん作詞 / 上野洋子さん作曲。「きみの小指の先から邪悪な冷気がでてる」という歌い出しが素敵な曲。二番から入るベースに注目。


 ファンタジーの世界を舞台にしながら、それでもどこか暗い曲を作るのもまた谷山浩子さんの特徴です。もちろん、アリスなどをモチーフにした明るくてヘンテコな曲もあります。「ハートのジャックが有罪であることの証拠の歌」や「向こう側の王国」などがそうです。しかし、「意味なしアリス」などでは意味のないアリスが意味のない行為をしながら理由もなく何かを待ち続け苔むしていく様子などが描かれていました。これはヘンテコでちょっと暗い曲ですね。また、一風変わったものとしては、ふわふわしたお伽話の曲のように聞こえるのに、歌詞を特殊な読み方で読むと凄惨な事件が浮かび上がる「COTTON COLOR」といった曲もあります。

 「月と恋人」もまた、どちらかといえばファンタジー色の強い曲です。ただし、歌詞の情報量がそれほど多くないため曲の中身を理解しようとするとなかなか難しいことになります。理解できないというよりも、さまざまな物語をそこに読み込むことができてしまうのです。きっと、この曲を聞いて思い浮かべるイメージは人によって異なるのでしょう。解釈が多様にできること。これも谷山さんの曲の魅力です。

 曲としては、先に挙げた「薔薇の歌」と同様、さまざまな音が含まれた曲です。個人的には二番目から入ってくるベースの音が好きですね。一筋縄ではいかないというか、予想してたところと違うとこに音がいく感じが好きです。間奏でも良い音してます。



(4) 人がたくさんいる

 (*ニコニコ動画にしかなかったため、リンクを貼りました。)


 人があまり好きではない人は、それなりの数いるのだと私は思います。そして、谷山さんもおそらくまた、「人が大好き!」というタイプではないのではないでしょうか。いや、お話がとても上手く、ライブでもさまざまなゲストを呼んでいらっしゃるので私の勘違いかもしれませんが。

 それでも、人があまり好きではないという曲、どこか自閉した曲をそれなりの数つくっています。最初に挙げた「穀物の雨が降る」などもそうでしたね。ほかには、壁に囲まれた部屋で生きる「人形の家」、卵のなかで生まれ死んで腐っていくような気がする「卵」、石でできた恋人を愛し続ける「石の恋人」などがあります。

 ここで挙げた「人がたくさんいる」もまた、人がたくさんいるという、その単純な事実に悲しくなり困惑し混乱し不安になる誰かの歌です。この曲は、たとえば「人混みが苦手だ」とかそういう曲ではありません。広がり続ける想像力が不安を掻き立てる曲なのです。人混みが不安を与えるのではなく、自分が見たことのないどこかの誰かが今この瞬間も生きていて、その一人ひとりに名前や記憶があるという、この単純なことが不安で不安で仕方がないのです。この気持ち、わかる人にはわかるのではないでしょうか。

 曲としては、不思議というか予想外の動きをする曲だと思います。初めて聞いたときはサビの部分で面食らいました。また、広がり続ける想像力に応じるように、過剰なほどの音が追加される間奏。どこか狂ったようなリズムであることも手伝って、不思議な中毒性を持っています。



(5) 催眠レインコート

 (*こちらもニコニコ動画のリンクを貼っています)


 これもまた、「滅亡」系の曲でしょうか。淋しさで眠れないという想いが、街を沈めるほどの、前代未聞で殺人的なドシャ降りを呼び寄せます (実際に雨が降ったのか、それとも降って欲しいと祈っているだけなのかどうかは曖昧です)。ここでも、滅亡をもたらすのは蓄積された感情の高まりであり、また登場人物は何かを忘れてしまうことを願っています。この点では「穀物の雨が降る」や「薔薇の歌」と共通する部分もありますね。

 個人的に、「眠れる場所をさがしまわり家中をうろついた。バスルーム キッチン 本棚の陰 玄関 タンスの中」の部分のリズムが大好きです。ここだけでも繰り返し聞きたい。また、曲の後ろでさまざまな音がなっています。トランプの音なども入っているのでしょうか? 意識して聞くとかなり多くの種類の音が聞こえてくる曲です。ベースの動きも曲のリズムを引き立てていてとても素敵。



・まとめ

 いかがでしたか? 「暗い」けど「賑やか」の意味をわかっていただけたでしょうか。

 どこか不安でどこか淋しいのに、どこか明るくてどこか楽しい。そんな不思議なきもちを味わえるのが、谷山さんの曲の魅力だと私は思います。その一端を味わうことのできる曲を紹介してみました。

 今回は音を中心に曲を選んだためそれほど歌詞などには注目していませんが、最初に書いた通り谷山さんの曲には不思議な歌詞も多いです。また、残念ながら今回選んだ5曲のなかには入りませんでしたが、恋の曲も多く、素晴らしいものが揃っています。さらに「賑やかな」曲以外にも、人を励ます曲や静かで孤独な曲など、いわゆる白谷山曲と呼ばれるものたちもあります。

 「ボクハ・キミガ・スキ」や「鬼こごめ」など、音・演奏の面でも紹介したいのに紹介しきれなかった曲がまだまだたくさん。……谷山さんは、ほんとうに聞ききれないほどのレパートリーを持つ方なのです。曲数も途方も無く多く、この人の曲を聞いているだけで一生過ごせるんじゃないかとすら思えてきます (個人の感想です)。

 もし気に入っていただけた方は、ぜひさまざまな曲を探してみてください。CDも買ってね。

 ではでは。



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