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#104 なぜ地方の岩手から賢治が生まれたのか?【宮沢賢治とエミリィ・ディキンスン その42】

(続き)

◯ なぜ地方の岩手から賢治が生まれたのか?

宮沢賢治のような空前絶後の存在が、なぜ地方から生まれたのでしょうか?

それは、当時のグローバリゼーションの恩恵だったように思われます。賢治が、ヨーロッパのレコードを岩手の花巻の店で入手したように、東京でも花巻でも、世界の最新の情報に触れることにおいて、あまり違いはなかったように見えます。重要なのは経済力で、グローバル化によって、どこに住むかより、経済力の有無が重要という状態は、現代とも似ています。むしろ、福祉国家が発達する前の、生々しい資本主義に近い当時の方が、富める者とそれ以外の者の差が激しく、賢治は富める者でした。このことが、(岩手のような)田舎でも、賢治が生み出された理由の1つと思われます。

では、なぜ岩手だったのでしょうか?そこには、新渡戸稲造や原敬、佐藤昌介など、当時、日本国内や、世界で活躍した、身近な人達の存在が大きかったのではないでしょうか。旧南部藩は、明治維新で最後に降伏した藩として、新政府から手酷い仕打ちを受けました。原や佐藤など、少年時代に明治維新を迎えた世代からは、維新への怨念のようなものも感じられます。維新後、官軍の人物達が次々と首相の座に座る中、旧幕府側として最初の首相が原であったように、旧南部藩は、明治維新の最後尾から先頭へと一気に躍り出ます。その過程で、キリスト教にも親しみ、アメリカなどの海外への留学など、国内ではなく、世界の最先端の文化や思想を取り入れながら、日本の頂点を目指しました。彼らの故郷であった岩手や花巻に生まれたことは、賢治が作品世界を生み出す上で、非常に重要であったように思われます。特に、新渡戸は、世界に通用する日本人の一人であり、賢治が影響を受けなかったとは考えづらく、賢治の様々な活動は、新渡戸を道標にしていたようにすら見えます。

しかし、賢治のような存在を生み出しながらも、結局、賢治を正当に評価することができなかった田舎は、やはりどうしようもなく救い難い存在なのでしょうか?

当時、賢治が生まれた宮沢家と、一般的な家庭の間には、現代では想像できないほどの、経済的、文化的な、圧倒的な差があったと思われます。当然のように、賢治の価値を正確に知る人はほとんどおらず、それは、現代に生きる私自身が賢治を正しく理解できているか疑わしいことと同様だと思われます。

花巻は、新渡戸や佐藤など、有力者の家からクリスチャンの偉人達を生み出しながら、花巻に住むクリスチャンの斎藤宗次郎を迫害しました。これも、当時の上流階級と一般家庭の埋めることができない差のためだと思われ、賢治を生み出したことと、花巻全体が賢治を理解できるということは別で、父・政次郎が、賢治を抑圧した一方で賢治の理解者でもあったように思われるのは、賢治を理解できる「権利」を持っているのが、政次郎やトシなどの限られた人間だった事によるのではないでしょうか。

賢治はなぜ、そのような(どうしようもない)田舎にこだわり、生涯を過ごしたのでしょうか?
太宰治や中原中也など、当時地方に生まれた文学者はほとんどが東京へ出ています。しかし、父・政次郎からの権威的な圧力もあったにせよ、羅須地人協会の活動など、賢治は、自ら花巻で生きることを選択したようにも見えます。

その理由の1つは、先に挙げたように、グローバル化によって、東京と花巻の差が失われたことにあると思われます。しかも、賢治は、当時の東京の文学者などの知識人をも凌駕する知識や世界観を持つ孤独な存在であり、他人から理解されないことにおいては、東京も花巻も差はなかったのではないでしょうか。

一方、賢治が大衆を強く意識していたことも理由の一つと思われます。賢治作品、特に童話などは、難解な世界観が背景にあるにも関わらず、まるで現代のジブリ作品のように、誰でも親しめる間口の広さを持っています。これは、法華経が大衆の教化を重視していることや、父・政次郎が人の役に立つことを指導していたこと等も関係しているかもしれず、賢治自身も大衆からの評価を望んでいたように見えます。

賢治作品は、明治・大正の他の文学者の作品と比べ、格段にわかりやすい言葉で書かれています。表現だけではなく内容の面でも読みやすい(ように見える)作品であることは、賢治が田舎にこだわったことの産物であると思われます。生前作品を発表することがほとんどなかった賢治は、難解な世界観そのままに、誰も読む事ができないような難解な作品を書くことも可能だったと思われますが、子どもでも読める作品を多く残しているということは、いずれ作品が発表され、広く読まれることを望んでいたようにも見えます。

(続く)

2023(令和5)年11月21日(火)

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