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#105 なぜ賢治のような優れた人間の晩年から挫折感を感じるのか?【宮沢賢治とエミリィ・ディキンスン その43】

(続き)

◯ なぜ賢治のような優れた人間の晩年から挫折感を感じるのか?

生前に宮沢賢治の作品が評価されることはなく、羅須地人協会などの活動も、挫折感に満ちたように見える終わりを迎えました。なぜ、100年後に名を残す賢治の晩年から、挫折感のようなものを感じるのでしょうか?

後世で名を残す人間ほど存命中には理解され難いというのは、一般的な真理であるようにも思えます。しかし、賢治は、同じ時代に生きる大衆の存在と、その大衆をよりよい方向へ導く事を強く意識していたように思われ、これは、新渡戸稲造が大衆の教化を意識し、大衆雑誌の「実業之日本」への投稿を続けていたこととも似ています。

新渡戸も賢治も、理想主義的な側面から、一般大衆も、教育などによって、いつか自分達と同様の高みに昇ることができるという事を信じようとしたのではないでしょうか。二人に影響を与えたエマーソンも、人間は誰しもが、「本来の自分」の中に偉大な力を持っていると考え、その力を呼び覚ますことで、誰しもより良い人間となれるとしていました。

しかし、エマーソンは、生きている内にアメリカの内戦である南北戦争を経験し、新渡戸も満州事変や日本の国際連盟脱退などアメリカとの戦争に進む中、力尽きました。賢治もまた、社会主義運動の取締りが厳しくなる中、羅須地人協会の活動はままならず、東北砕石工場の経営も厳しい中で亡くなります。本来は秘めた力を最大化することによって輝かしい未来へ進むはずだった人間が、原始から変わらぬ暴力によって破滅への道へ進むことを、目にしなければならなかったと言えます。

新渡戸や賢治の晩年の挫折感は、二人にとっての挫折感だけではなく、進化の代わりに破滅へと向かった人類の挫折にも見えます。

他方、佐藤昌介と原敬の二人には、賢治と新渡戸の二人とは異なる、世代の違いのようなものを感じます。年長である佐藤と原は、明治維新の際に、少年期を過ぎ、大人の一歩手前にいました。佐藤は、戊辰戦争に参戦できない事を泣いた、と言われ、原も旧南部藩の責任者だった楢山佐渡の切腹に悔しい想いをしています。表面に決して出すことはなくとも、二人の生涯からは、維新に対する怨念めいたものが感じられます。明治維新は、徳川時代の身分制を取り払い、平等な世を作るという大義を持っていましたが、維新後も結局、政治の中心は勝った官軍側の人間で、原が旧幕府軍側として初の首相となるまで約50年かかっています。

原は、平民宰相という名のもと、平民であることをアピールして首相になったのにも関わらず、普通選挙などの民主化の推進には慎重な態度を取ります。佐藤も、札幌農学校のトップに40年以上君臨したことから、おそらく独裁的な面があったのではないかと想像されます。原も佐藤も、民主化や身分の平等などを、根本的にはあまり信用しておらず、徳川に代わって身分制の頂点に立った長州や薩摩と協力しつつも、敗軍の身分から、大逆転で頂点に上り詰めることは、旧南部藩出身者としての1つの復讐でもあったように見えます。

また、原や佐藤の活躍は、平等な身分や外国との対等な関係の実現を目指した明治の大義とも一致し、少年時代の怨念だけではなく、新たな日本の活力にもつながったため、2人は生涯をかけ、日本ために身を捧げ、人生を真っ当したのではないでしょうか。

一方、維新後長い時間が経って生まれた賢治はもちろん、維新時に幼かった新渡戸は、佐藤や原の次の世代に見えます。身分的な平等を実現し、外国とも対等に協力するという理念の下、その実現へ貢献しようとする取組は、現代にも通用する姿です。新渡戸は、そのような新たな世代のトップランナーとして、札幌農学校や旧制一高での指導を通じ、更に次の新しい世代を生み出しました。賢治は、新渡戸などによって生み出し続けられた新しい世代の中の、1つの完成系のようにも見えます。先にも挙げた通り、賢治の中にあった世界は、現代でも及ばない完成度を持っていた可能性があります。しかし、新たな世代を生み出したはずの新渡戸たちの試みは、第二次世界大戦へ向かう中で、結局は、明治維新の内戦が、世界的に争いに拡大したかのような状況へ向かいます。このことが、新渡戸や賢治の挫折感のようなものの原因に思われます。

余談ですが、佐藤昌介は、生涯、後見人のような立場で新渡戸を支えましたが、歴史的に、北海道大学の歴史の中でさえも、新渡戸が脚光を浴びているのに対し、佐藤にはほとんど日が当たりません。しかし、佐藤や原のような、現実主義者がいなければ、新渡戸のような人物や、北海道大学自体も存在し得なかった可能性もあることから、今後、佐藤の功績にももっと光が当たれば、と考えてしまいます。

(続く)

2023(令和5)年11月22日(水)

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