見出し画像

「統合」は自分の好きに向き合うことから

外側に向き合うと「分離」が起き、内側に向き合うと「統合」が起きます。

自分の内側には「揺るぎのない自分」がいます。

この「揺るぎない自分」で生きれるようになると、何にかに怯えることなく自分自身に寛いで生きていけるようになります。

しかし、自分の外側に意識を向けて生きると不安や心配にフォーカスすることになって自分のエゴが発達していき、その結果、「分離」が起こっていきます。

たとえば、不安や心配が大きくなるとたくさん蓄えようという思いが生まれるものです。

たくさん蓄えるということは、現状で必要ないものをたくさん持つということであり、逆にいえば、今、必要としている人の分も奪ってしまうということになるため、分離した意識ということができます。

では、なぜ不安や心配な気持ちが生まれ、過剰に蓄えようとするのかというと、外側の情報に意識が惑わされてしまうからです。

外側の情報は、人の心を安心させるものばかりではありません。

むしろ、人の心を不安にさせ心配な気持ちを持たせるようなものの方が多かったりします。

情報によって人は操作されやすかったりするものであり、その操作によって真理とは異なっていても、それが常識になってしまうと分離の意識が定着してしまうことになります。

このため、人は外側の情報に意識をフォーカスしていると、不安や心配を増幅させられてしまうことになり、その結果、分離の意識が生まれエゴが強化されてしまいます。

もちろん、情報の中には人の不安や心配を除いてくれるものもあります。

なので情報の精査をする力が必要になってきます。

では、どうすれば情報の精査ができるようになるかというと、自分の内側にいる「揺るぎない自分」と繋がることができていれば、たくさんある情報の中でも、今の自分が本当に必要としている情報とそうでないものを取捨選択できるようになることでしょう。

この「揺るぎない自分」とは何かというと、スピリットとしての自分であるし、ハイヤーセルフの自分といってもいいかもしれません。

いずれにせよ、この「揺るぎない自分」は、自分という存在を存在させている核となる自分です。

心臓は、自分の意志と関係なく動き続けています。

こういった意志を超えた意志が我々には常に宿っていて、魂がどこからやってきて、どうして今ここに存在しているのかということをちゃんと知っているといっていいでしょう。

もちろん、自分という魂がどこからやってきて、どうして今ここに存在しているのかということを、この「私」が明確に認識することは容易ではありません。

しかし、そういった核となる自分がいることを、人は誰もがなんとなく感じ取って生きているものです。

我々は幼い頃より外側に意識をフォーカスするように教わっているため、核となる自分の存在を次第に忘れていってしまうものです。

幼少期、自分は何でもできるし何にでもなれるといった感覚を持っていたはずです。

なぜかというと、幼い頃は外側よりも自分にフォーカスして生きているからです。

しかし、成長していくにつれて意識が外側にフォーカスしていき、自他を比べるようになっていき、やがて自分は何でもできるし何にでもなれるといった感覚を徐々に失って自分自身に制限を加えていってしまうようになります。

ただ自分の内側に存在する、「自分という存在を存在させている核となる自分」は、変わることなくずっと存在しているため、大人になってからでも意識を内側に向けるようにしていけば、少しづつ内なる自分との繋がりを深くしていけるようになります。

そして、自分の内側の「揺るぎのない自分」に意識を合わせていけるようになると自分自身に寛いで生きていけるようになっていきます。

そうやって、自分の内側にいる「揺るぎのない自分」に焦点を合わせて生きていけるようになると、不安や心配をベースにしたエゴの自分が小さくなっていくため「自己統合」が起こっていくようになっていきます。

自己統合とは、本質的な自分で生きるということであり、自己統合ができるようになっていくと、外側の情報に惑わされなくなり自分がすべきことを淡々と行って生きていけるようになっていきます。

自分がすべきことを淡々と行って生きるということは、いわば自分がこの人生ですべきことをするということであり、それ以外のことは、他の人にお任せして生きるということでもあるので、自己統合が起こるとそれぞれの役割を分担をして生きていけるようになっていきます。

そうやって、それぞれがそれぞれに自分のすべきことをして生きていけるようになると軋轢が生まれることがなくなるため、物事がスムーズに運んでいくようになっていくことでしょう。

前回の記事で、「ライス・ワークからライフ・ワークへと進化する」という記事を書きましたが、我々がライスワークからライフワークへと進化するには、こういった自己統合が必要です。

ライフワークとは自分が何をすべきかを知って、それを行っていけるようになることです。

そのためにも、情報は自分の内側から取っていけるようになることが欠かせません。

では、どうすれば自分の内側から情報を取れるようになるか。

それは、自分が楽しいと感じること、やってみたいと思うこと、やっていて嬉しいと感じることをしていけば、自然と自分の内側の自分と繋がっていくことができるようになります。

何かに夢中になってできるということは、自分の内側と一致している状態であり、そういった時間を多く取って過ごしていれば、自然と内なる自分と繋がっていくものです。

そういった意味でも、自分が楽しいと感じることしていけば、それだけで自己統合を果たせるようになって、自分のすべきことを淡々と行って生きていけるようになるでしょう。

自分に夢中になって生きるとき、本当に必要な情報が見えてくるようになっていくものであり、それ以外の情報を過剰に求めることがなくなっていきます。

このため、外の情報に惑わされるということが次第になくなっていきます。

そういった意味でも、まずは自分が夢中になれることから始めていき、自分に一致して生きていけるようになれば、自然とそれをライフワークにして生きていけるようになることでしょう。

自分に夢中になって生きれば自己一致が起こり、その結果、自分の内側に存在する「揺るぎのない自分」との繋がりが強くなっていくものです。

そうやって自己統合ができるようになると、自分自身に寛いで生きていけるようになっていくものです。

ライフワークで生きるということは、自分自身に寛いで生きるということです。

分離の意識は、気持ちと行動の不一致によって起こるものであり、その不一致がエゴの自分を肥大させます。

しかし、自分の気持ちと行動を一致させることができれば、自己統合が自然と起こっていくものです。

我々が目指す進化の形は、そういった自分に寛ぐ人がたくさんいる社会といってもいいでしょう。

そのためにも、身近にある自分の好きに向き合っていくことから、始めるといいのかもしれません。

自分の好きに夢中になって生きている人は、輝いているものです。

そういった輝きを持った人がたくさん存在する社会が、我々の進化形なのです。


いつもサポートありがとうございます。感謝ですー😆👍💓