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episode20 自己は宇宙全体にわたって遍在している

「ヌーソロジーが面白い」というマガジンでは、ヌーソロジーという思想体系を創り上げた半田広宣さんの「2013:人類が神を見る日」と「2013:シリウス革命」という2冊の本を読み解きながら、私たちの意識(魂)の出自や私たちがこの世界に存在している理由を紐解いています。

また、記事の中で出てくる「Ψ」の記号は「プサイ」と呼びます。

なお、この記事の中に出てくるオコツトとは、シリウス由来の冥王星の知性体であり、半田さんがチャネリングによってヌーソロジーの基礎となる知識を得た相手になります。


前回の記事では、対象に入り込んで見ることができるようになると、「自我」から離れて対象と同じ視点に立って物事を見ることができるということを書きました。

どういうことかというと、「自我」の視点である対象を見ると、その対象を対峙する形で物事を見てしまうものですが、対象に入り込んで物事を見ることができるようになると、その対象と同じ視点に立てるようになるということです。

たとえば、映画を夢中になって見ているときなどは、自分を忘れて映画を見ているものであり、そういった忘我の状態が「対象に入り込んで見る」ということです。

この「対象に入り込んで見る」ことができるようになると、その対象とひとつになって同じ視点で物事を見るという感覚を得られるようになります。

こういった「対象に入り込んで見る」ということが「ヌーソロジー」では下図の次元観察子ψ3の状態だったりします。

この図はψ3のベクトルの方向を示したものですが、観察者の位置は対象とは離れていますが、「対象に入り込んで見る」と「観察者の意識の位置」は、対象がある場所になり肉体と意識の位置が分離することになります。

そこで、このズレをなくしていくベクトルが次の次元観察子ψ5になっていきます。

この次元観察子ψ5の認識を獲得できるようになると、今度は観察者の位置が「主体の位置」となって、観察者の場所を中心にして対象と観察者を結べるようになっていきます。

では、このΨ5のベクトルをどのように作って行くかというと観察者の「眼差し」そのものの構造を理解することによって、Ψ5のベクトルを見出していけるようになります。

私たちは、普段、自分の「眼差し」を青い線のような感覚で捉えていると思います。

しかし、私たちは球体上に存在しているので、実際には下図のようになります。

この図が示すように、私たちの視点の遠い先には、「私の背中」があるということになり、「私の眼差しの先には私が存在している」ということになり、この「私の眼差し」がΨ5になります。

そして、このΨ5とΨ3の直径で創りだす球空間がΨ5の球空間になり、観察者の眼差しの先には、いつも自分がいるということになります。

こういった感じで、私の眼差しの先には必ず私がいると認識できるようになると、「私という存在は、どこにでも遍在している」ということになり、「自己というのは自分が見ている世界と同じものである」という考え方を持てるようになっていきます。

ここに至ってオコツトがなぜ次元観察子ψ5のことを「自己が形成される球空間」と呼ぶのが分かってくる。つまり、Ψ5の領域では見るものとみられるものは等化されているのであるから、自己というのは自分が見えている世界と同じものであるということを言っているだけなのである。

「2013:人類が神を見る日」アドバンストエディション402P

このΨ5の自分の眼差しの先に自分がいるといった認識を持って生活していると、目に映るすべての物の中に自分がいるように感じてくるものであり、目にするものすべてが単なる物質ではなく、ひとつの生命を宿しているような感覚になってきます。

こういった感覚が、「自己というのは自分が見えている世界と同じものである」ということなのだと、この次元観察子ψ5が表していると私は解釈しました。

そして、私の眼差しは常に無限です。

たとえば、私が自分の部屋の中でぐるっと一周した場合、私の視線は部屋の中にあるものすべてを認識しますが、この部屋の中にあるすべて物の中に「私」がいることになります。

また、私が見晴らしのよい山頂に立ってぐるっと一周した、私の視線は遠い宇宙の果てまで到達することになるため、この宇宙のすべてに「私」が存在することになるのです。

「わたし」の位置と周囲の全空間の位置は等化されているわけだから、君が首を回して見えるあらゆる位置は「ここ」として考えなければならない。つまり、あそこも、あっちも、向こうも、こっちも「ここ」である。ということは、逆に言えば、周囲に見える位置のどの一点をとっても、その中に、「私」を包む知覚球体が存在していてもおかしくないのである。

「2013:人類が神を見る日」アドバンストエディション404P

ほんとうのわたし=自己は宇宙全体の全空間にわたって遍在していると考える必要がある。

「2013:人類が神を見る日」アドバンストエディション404P

おそらく、自分の視線の先に自分がいるという感覚で生活するようになってくると、上の二つの引用のような感覚を持てるようになってくることでしょう。

そして、多くの人がこういった感覚で、世界を見渡せるようになると、この世界の見え方が変わってくるのではないかと思います。

そして、この「ほんとうのわたし=自己は宇宙全体の全空間にわたって遍在している」、ということが次元観察子ψ5の空間認識になります。

私の場合、これまでワンネスについて文章を読んでその本質を理解できていたものの、体感として理解することは難しかったりしました。

しかし、こういった次元観察子ψ5のような思考経路をたどることで、ワンネスの意識を体感として得られるよういなったといっていいでしょう。

こういった感じで、思考を使っていわゆる「ワンネス」の意識を理解できるようになっていくことが、私が「ヌーソロジー」が面白いと感じたところでもあります。

上の図は、次元観察子ψ5の球空間になり一人の身体を原点として、そこから広がる球空間が次元観察子ψ1やΨ3より上位の球空間となります。

このように空間の認識を徐々に広げていくことで、この世界に対する見方を変えていくことができるようにいなります。

<次元観察子を通じての理解>
Ψ1 私は宇宙の中心
Ψ3 観察者のとしての視線の獲得 
Ψ5 自己は宇宙全体の全空間にわたって遍在している

といったわけで、次回は次元観察子ψ6についての記事を書いていきたいと思います。




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