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思い出話7 ある新幹線の親子

昔、ある年の秋、九州から東京へ帰宅するため、新幹線に乗っていた時のこと。
私は、通路側の自由席に座って手帳を取り出し、旅の思い出を短歌にする言葉選びをしていた。

広島駅に着くと、2人の子どもを連れた若い母親の計3人が、なだれ込むように乗り込んできて、私の斜め前に席を取った。

旅の帰りなのか、母親はすぐに座席シートを倒して休んでいたが、4~5歳の子どもたちは旅の疲れもなんのその、座席でじゃれ合っていた。男の子と女の子です。

しばらくすると、その子たちは座席に座っているのに飽きたらしく、通路の床でおもちゃを広げて遊び始めた。

私は当初「まったくな~とは思うものの、子どもだから仕方ないか・・・」と無視していたが、その内おもちゃをふりかざして、通路を走るようになった。

旅の光景を思い出しながら言葉選びをしていた私は、だんだん不快になってきて、子どもたちが通路を走り過ぎる時、わざと大きな咳払いをしてその子たちの目を睨み、無言のお灸をすえた。しかし、子どもたちには届かず、騒ぎは一向に収まらなかった。

私の近くに座っていたご婦人たちの中の先生風の一人が、遂にしびれを切らして、走り過ぎる男の子の腕をつかみ、その子に言った。
「新幹線はみんなが乗っている所だからね、走ったりしたらいけないのよ!」

子どもたちは一瞬顔を伏せたが、ご婦人たちの前を通り過ぎて少し経つと、またはしゃぎ出し、通路を走るのを止めようとはしなかった。

私は、せっかくの寛いだ新幹線での帰りの旅路が壊されたような感じで、不愉快になった。短歌作りではなくなっていた。
「ちょっと怒鳴りつけてやろうか!」とも思ったが、それはできなかった。

先ほどのご婦人たちグループの他にも、走り行くその子たちに、言葉で注意をしていた人もいたが、子どもらには効き目はなく、いつまでも走り回っていた。

そこへ、その子らの若い母親がトイレにでも行くのか、立ち上がり、われわれの横の通路を通りかかった。

その時、最初に子どもに注意を促した学校の先生風のご婦人が、その人に向かい、
「あなた母親なんだから、子どもたちにちゃんと注意しなきゃね!」
と、不快な感情を露わにして言ったが、その母は何も答えず、横を通り過ぎていった。
子どもたちは相変わらずはしゃぎ回っていた。

そうこうしているうち、ついに、後ろのほうから、子どもらのあまりの騒がしさに対し、
「うるせーぞ!」
と、新幹線中に響き渡るような、大声で怒鳴る年配の男の太い声がした。

子どもらは急におとなしくなり、自分の席に戻った。
トイレから帰ってきて、倒れた座席シートに再び体をもたれさせていたその母は、依然として、子どもたちには何も注意を与える様子ではなかった。

私は、その後ろ姿をちょっと離れたところからじっと見ていた。
そして、
「この母のもと、この子たちはどんな大人になるのだろう?」と、要らぬ心配をした。


マガモたち

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