SIerがSaaSを再販するという矛盾

一部の重厚長大な大企業や、規制に縛られる政府機関や医療機関などを除けば日本国内ユーザーの多数派はクラウドサービスを好む。当然であろう。IT担当者はサーバーが不調なときの切り分けやユーザー部門からの問い合わせに時間を使いたくないし、昨今のIT部門人員減でそもそもそんな時間はない。
「VMWareで仮想化しましょ」ではなく、そもそもESXなどという大掛かりなものを内部に持ちたくない。
停電対策を考えるのはPCとインターネットアクセス装置だけにしたい。

人員減に苦しむIT部門にとってはSaaSもIaaSも福音であろう。

システムを販売する側であるSIerのお困り

そうなると困るのはシステムを販売する側のSIerである。複数の何かを提供してそれを動く状態にして(システムインテグレーション)、そうでなくなれば動く状態にする(保守サポート)から顧客からお金を頂けるわけである。
みんなクラウドにするともうはじめから動く状態になっているから管理画面にログインして初期設定をすればサービスが動き出すし、保守サポートはSaaS開発提供会社自身が行うからSIerのできることはエスカレーションくらいになってしまう。
エンドユーザーのメリットと、SIerのメリットが全く嚙み合わない。これはずっと前からIT業界で言われている問題である。(もちろん、顧客にとってはそんなの知ったことではない)
顧客の問題解決が生業のSIer自身が大きなビジネス上の課題を抱えてしまっているのだ。

SaaSの多層商流

とはいえ、SaaS企業の多くは代理店制度を敷いている。
「直接販売しかしません」と振り切っている企業は少数派だ。私の知る範囲だとパッと思いつくのはSlackくらいで、あとはMIROとかSketchなどB to Bではあるけど特定社員が使うツールというライトな位置づけのものだろうか。
Microsoft 365、Google Workspace、Salesforce といったも外資系超大手含めて、SaaS開発提供会社であっても代理店を持っているのはそれほど珍しいことではない。

驚くことに「流通系」と呼ばれるダイワボウ情報システムといった大手がSaaS商流に介在することもあるから、IT業界の伝統的な一次店→二次店→エンドユーザーという多層流通システムは物理的な機器が存在しないクラウドサービスビジネスにおいても存在する。(ときに三次店まで入る場合もある)
その理由は後述するが、ともかく一応そういう従来通りの仕組みは生きてはいるのである。

雀の涙の中間マージン

SIerが取れる中間マージンは雀の涙である。「仕切率」という代理店営業未体験の人には聞き慣れない言葉があるのだが、「市場参考価格」(法的な問題で「定価」と言ってはいけない)が1,000円で、仕切率が75%であれば、中間流通業者であるSIer粗利率が25%になる。ここにはエンドユーザーには市場参考価格ピッタリもしくはそれ未満で販売するという前提がある。それより高く買いたい顧客はいないからだ。
仮にSaaS開発提供会社→1次店→2次店→エンドユーザーという商流であれば、その25%を1次店と2次店で分け合わないといけない。

(ネットワークスイッチ、ルーター、UTMといった伝統的IT機器だと一次店→二次店の仕切率が50%前後というのはよくある)

そして、あくまで私の経験則だが仕切率が50%台以下のクラウドサービスというのは聞いたことがない。よくあるのは80%、酷いと90%だ。
その反面ある程度大きいSIerだと販売管理規定で粗利率が20%を下回る商品は原則販売してはいけないと決まっていたりする。全く噛み合っていないのである。

更に困ったことなのは、SaaSの単価の安さである。
スクラッチで一から作るよりも安価である、ただしパッケージ化されており自由度がない、というのがSaaSやパッケージソフトの位置づけである。なのでSIerにとって最も儲かるスクラッチのシステム開発に比べて単価が安いに決まっている

SIerは人月商売で、大雑把に100万円/人/月くらい取っている。大手SIerのシニアなPMレベルになってくると200万円/人/月に近づいていく。

仮に10人のPJを1年間回せば、100万円 x 10人 x 12か月 で1億2000万円/年になる。

月額2,000円のSaaSを1000ユーザー向けに粗利20%で売ると、2000円 x 12か月 x 1,000 x 20% で 480万円/年だ。全くもって話にならない。それでも多くの顧客が求めるのはSaaSなのであるからSIerにとって頭が痛い話だ。

根源的なギャップは、エンドユーザー企業はIT運用管理に手間をかけたくないし高い金を払いたくないし、SIerはエンドユーザー企業に手間と金がかかるシステムを発注してもらわないと困るという点にある。

なぜエンドユーザーはSaaSをSIerから買うのか

それでもエンドユーザーはSIerからSaaSを買うという選択肢を捨てない。もちろんSaaS開発提供会社から直接買う場合もたくさんあるが、エンタープライズ(大企業)になるほどその傾向が強い。

大企業には大手SIerがベッタリくっついており、現行の巨大かつ複雑怪奇なシステムの多くをSIerに運用委託している。もはや自前IT部門の手に負える代物ではなくなってしまっており、大手SIerと大企業IT部門の共生関係が強固に出来上がっている。

この点の本質としてはSIerが担っている責任にある。ものすごく身もふたもないことを言うと、SIerというのはシステム導入・運用において大きなトラブルを起きたときに顧客に代わってその責任を負うためにいるのだ。
顧客側の過失があってもなくても、システムが正常稼働することに責任を持つ。「それウチのせいじゃないので知りません。ご自身で切り分けて解決してください。」なんて言ってしまうSIerは次の案件で声がかからなくなるか、担当者が出入禁止になって言うことを聞く素直な営業マンがその顧客に付くことになる。(「調整力のある営業」「社内調整に長けた人」と呼ばれ顧客には重宝されるがもちろん当人は社内で技術者を説得するのに苦労することになる。)

大企業IT部門が懸念を感じるのは一見さんであるSaaS開発提供会社がそういうSIerに近い価値観を持ってサポートしてくれるかどうかだ。これは製品そのものの良し悪しとは全く別物である。そして、本質的には「そんなの実際に付き合ってみないとわからない」なので、じゃあ馴染みのSIer経由で買って何か問題があったらいつものようにSIerに販売責任を持ってもらおうというのが大企業IT部門の発想となる。

もちろん小さなシステム・非ミッションクリティカルなシステムであればその責任は小さく必ずしもSIerが出てくる必要はない。IT部門が使うちょっとしたIT管理ツール程度ならば単価も小さいし、これ使えないねとなったらすぐ解約しちゃえばいい。なにせSaaSは月額いくらの世界だ。

ミッションクリティカルなSaaSというのはERPとかPOSとかそういうやつだ。そして責任を取るというのはただ頑張って直しますではなく、本当に訴訟されたときにその賠償で倒産せずちゃんと弁償してくれるだけの財務基盤を持っていることが求められるのだ。サービス規約に「販売額合計までを賠償上限とします」なんて書かれているSaaSは論外だ。
もちろん小さな利益のために大きな責任を負いたがるSIerなんぞどこにもいない。リスクを取るに足るメリットがあるから上記のような話が成立するのだから。

SIerにメリットのあるSaaS再販ケース

いろいろな課題や背景について語ってきたが、それでもSIerにとって意味のあるビジネスモデルはある。

(1) SaaSとコア商材をセット売りすることで、利益率の良いコア商材を売れる可能性が高まる
(2) SaaS自体の再販の利益は低くても、SI・作業費がバッチリ取れる
(3) 顧客を抱え込むこと自体にメリットがある

の3つだ。順番に見ていこう。

SaaSとコア商材をセット売りすることで、利益率の良いコア商材を売れる可能性が高まる

例えば、法人向けスマートフォンを販売する通信キャリアが、MDM(Mobile Device Management)のSaaSをセット提案するようなシーンだ。大企業では営業部隊など顧客対応が多い社員にはスマートフォンを会社支給するのが当たり前でそれを遠隔管理するのにMDMを導入するケースが多い。

通信キャリアがSIMカードと端末だけ提案しても、そのセット提案をしてくる競合他社には勝てない。繰り返しになり恐縮だが顧客は面倒ごとはなるべく外注したいので、わざわざ端末+SIMとMDMを別購入して導入運用するような時間の無駄はしたくない。

通信キャリアにとっては利益の源泉であり莫大な投資をしているネットワークサービス=SIMの契約を取ることが第一である。極端なことを言えば、それさえ取れればMDMやスマートフォンの利益率が数%しかなくてもまあいいっちゃいい、とは言える。(さすがに1%では売りたくないだろうが、10~20%程度の粗利が取れれば上々だろう。)

そうなると、MDM SaaSと通信キャリアの共生関係はしっかり成立する。これはIT業界(狭く言えば通信業界)においてもっとも典型的な例である。

SaaS自体の再販の利益は低くても、SI・作業費がバッチリ取れる

この例に該当するのは、Microsoft 365 だ。2010年代には大企業中心にオンプレミスメールシステム(Lotus Notesや同じくMicrosoft の Exchangeサーバーなど)からMicrosoft 365 への移行が相次いだ。大企業のIT部門やその外注先であるSIerの技術者たちはメールサーバーの運用保守という仕事から解放されたのだ。もっとも、これはその仕事を失ってMicrosoft に持っていかれたとも言えるのだけど。

ともかく、Microsoft 365 への移行というホライゾンタルなプロジェクトが日本中に存在し、その多くを担ったのはSIerたちである。メールサーバーの移行というのは既存メールボックスの移行とかDNSの変更とかプロジェクト管理とか色々と手間がかかる。
Microsoft 365 はメールだけでなくSharePoint OnlineやTeamsといったキラーアプリケーションが多数含まれており、セキュリティ機能としては条件付きアクセスとIntune、もっと上位グレードだと細かいものがたくさんある。クラウド化するとしてもセキュリティはしっかりやる、というのは多くの企業の命題であり、それをするからクラウド化する承認が取締役会で取れるのである。そこを設計・導入オペレーションするのはもちろんSIerだ。

Microsoft 365の仕切率の悪さはIT業界では有名であった。それでこぞって大中小SIerばかりか通信キャリアまでがMicrosoft 365を担ぐのは、顧客がそれを欲しがるのと、作業費用を取れるからに他あるまい。
クラウドサービスだとサーバーがないので作業費が取れないというのはよく言われることだが、要はサーバーがあろうがなかろうか人間の手でやることがたくさんあればSaaS再販でも顧客から作業費用を貰えるというわけだ。

他にもServiceNowやSalesforceなどはSaaSながらも外部連携とかテンプレート作りとかあり、よく言えば「自由度」「拡張性」があり、悪く言えば面倒くさい。顧客の面倒くさいを代行してお金をもらうのは商売の基本である。

その顧客を抱え込むこと自体にメリットがある

これは前述の2つよりもずっとシンプルな話だ。例えばA社というエンドユーザー企業がおり、そこは富士通の牙城だとする。ほとんどすべてのシステムは富士通が導入保守しており、エンドユーザーIT部門とは蜜月関係だ。

富士通からしたらどんなに小さなサービスであっても、競合となるNECや日立には入ってきて欲しくないのである。少額のSaaSであっても、NECから導入されてしまうとNECとエンドユーザー企業の間に取引実績ができて、定期的に会う理由ができてしまう。それを通して両社にいい関係が生まれてしまうと「NECはなかなかいいベンダーじゃないか。次の大きいシステム更改では富士通とNECのどちらから買うことにしよう」なんて会話が生まれてしまうかもしれない。

もちろん取引実績があろうがなかろうかどのSIerと会うとか買うとかはエンドユーザー企業の勝手である。ただすべてを丸抱えるから出来上がる企業間の関係というのがあるのも事実で、余計なリスクは排除するに限る。全然儲からない月額100円のSaaSだろうとも、むしろそんなのサポートするのに製品学ぶ時間を考えたら大赤字じゃねという場合でも、抱え込みを続けるには「お客様が求めるものは何でも販売サポートします」が正しかったりする。

SaaS開発提供会社にとってSIerと組むメリット

逆に、今度はSaaS開発提供会社にとってSIerと組むとどんないいことがあるのかを見てみよう。

与信管理と焦げ付きリスク

よく言わるのは与信である。製品メーカー(外資含む)が直接エンドユーザーに販売すると、そこに焦げ付きリスクが生じるというものだ。たしかにそれは一理あるのだが、SaaSやパッケージソフトに限ってはあまり大きなファクターではないだろう。

例えば、とある物理アプライアンス製品メーカーが高額なサーバーをハードウェアベンダーから仕入れて、そこに自社開発ソフトウェアをインストールして顧客に販売するとする。そこには大きなハードウェア原価がかかるので、それを販売してから費用を回収できないと大損ではある。そうならないようにしっかり与信管理をする。(要は帝国データバンクに金を払う)

ただ月額課金型SaaSであれば支払いが滞ったらさっさとサービスを止めることができるし、何よりも顧客に渡すサービスに含まれる仕入原価というのはほぼゼロである。SaaSを運営するのにはAWSや通信費用など含めて大きなコストであるが、固定費であって顧客への納品ごとに発生する変動費ではない。
年額払い契約にして販売先が焦げ付いたとしても、前述の高額な機器を納品するアプライアンスビジネスと比べて仕入品が吹き飛ぶことはない。パッケージソフトも納品物はDVD一枚だったりするので実質変動費としての仕入れ原価はゼロだ。もちろん、営業工数が無駄になるというのはあるけれども。

幅広く有効案件を増やす

PMF(プロダクトマーケットフィット)した後であれば、売り方や対象市場が確立している。売り方を確立するための事業開発というレベルの仕事を代理店に依存することは難しいが、PMF後であれば導入事例は豊富だろうし、多くの顧客を持つSIerたちから案件を獲得するというのは理にかなっている。

ただし、コントールが効く直販営業部隊を拡充していくのとどちらが有効かと言うとケース・バイ・ケースである。
特にバーティカルSaaSだと営業活動に高度な業界知識が求められるので、そういうドメインにおいてはプロフェッショナル度合いの高い直販営業体制の方が結果的にうまくいくというのは十分にあり得るし、実際直販の実入りの方が大きいというのはよくあるだろう。

直販ではリーチできないエンタープライズや官公庁案件を獲る

これが、SaaS開発提供会社がパートナーを欲しがる一番大きい理由なのではないか。前述の「なぜエンドユーザーはSaaSをSIerから買うのか」に記載した通り、SIerを経由しないとリーチできない顧客というのは確実に存在する。「ウチはIBMとしか付き合わない」なんて堂々と言う金融機関は昔本当にいたし、日立やNECが顧客IT部門を実質肩代わりしているなんていうケースもある。

仮にレガシー化したオンプレミスシステムをSaaSに移行するとしても、そのレガシーを運用保守している人たちの協力がないと顧客のIT部門も何をすればいいかが全く分からない。丸投げているのだ。丸投げ先の協力を得るにはそこを商流に入れて仲間にしないとPJが始まらないし、顧客もその会社を外して自分で全ての責任を抱えるリスクを負いたくない。

公共案件に至っては入札資格がないとそもそも札入れ自体できないし、地方に行くとその人たち独特の商習慣というかルールみたいなものがあって、クレジットカードでSaaS利用料を課金しているようなソフィスティケートされたSaaSモデルを運営している人たちには全く理解できない村社会がそこにあるのだ。こういうのはその村の人たちを味方にするのが手っ取り早い。(これは地方の公共案件や地場企業向けSIを経験した人ならば直感的に分かる。)

官公庁や自治体は大体3年くらいで部署異動が起きて人が入れ替わる。ITのことに精通していない人たちがIT部門にやってくるのはあまり前で、そうなるとSIerに委託するやり方がシックリ来るし、逆に自分たちで何かを意思決定すると失敗するリスクが怖い。
民間企業も多かれ少なかれそういう面はあるのだが、ともかく官においてはそれが顕著であり、SaaSを入れるにしてもSIerが責任を背負ってお膳立てしないといけない。だから顧客はSIerから買うのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?