色の違う紫陽花の下に眠る死体

小さい頃、ハムスターを買っていた。 春の終わり頃、ハムスターが亡くなった。
シャベルで土を掘り起こし、 小さな穴の中に大好きなひまわりの種とかぼちゃの種を周りに散らし、その真ん中にハムスターを入れてあげた。 眠るハムスターの上に土をかぶせる。お墓の場所が分かるように、あの子に似た色のシロツメクサを添えた。

隣で見ていた幼馴染の兄弟が不思議そうな顔で私を見つめていた。 弟が尋ねる。

「これは何をしているの?」

私は「大切なもののお別れする時の儀式だよ」と言った。兄は言った。

「それはとても素敵なことだね」

私はその言葉にどうか返答すればいいか分からず、「え」と「あ」を繰り返す。兄は言った。

「もし僕が死んだら、この子みたいに弔ってくれるかい?」

春にしては強い日差しが彼の顔に潤いをつくる。 当時の私は彼に何も言えなかった。そんな私に彼は「あくまで仮の話だよ」と笑った。
兄の笑顔につられるように私もぎこちなく笑みを浮かべた。 弟が「ずるい」と連呼している。ひんやりとした 風が花が散った桜の葉を揺らしていた。

二週間後、幼馴染の兄弟の兄が亡くなった。突然死だった。

○○○

私は母に黒いワンピースを着せられて彼の葬儀に参加した。 棺桶の蓋にある窓から彼の顔が見えた。生前から白い肌はより白くなり、不自然なくらいに白に映える赤い唇を見て、「ああ、彼は本当に 死んでしまったのだな」と思った。

悲しかったとか辛かったとか、そういうのは不思議と覚えていなくて、大きな大きな棺桶の中で眠る彼の姿だけが未だに私の脳裏に鮮明に残っていた。

私は彼の骨を彼の弟と一緒に拾った。本来はその場面に立ち会う必要がないのだが、彼が生きていた時に私に骨を拾ってもらうように弟に頼み込んでいたらしい。

「兄さんは君に拾われて幸せだと思うよ」と弟は言った。 私は「そうかな」 と答えた。 亡くなった兄の弟と箸を互いに一本ずつ持ち、骨に入れていった。

彼の骨は多く、1つの骨壷に納まらなかったため二つに分けられた。「子供の骨は思っていたより丈夫なのね」と兄弟の母が言っていた。そういうものだろうかと思ったが、大人がそういうのならそうなんだろうなと思った。

○○○

兄弟の家の庭の奥には紫陽花がよく咲いていた。 私が彼らに初めて会ったのもあの庭の青い紫陽花 に引き寄せられたからだ。今思えば不法浸入だが、それだけの紫陽花畑には幼い私には魅力的に映ったものだ。そんな私に兄弟が声をかける。あれは多分、兄の方だと思う。兄は言った。

「僕もこの紫陽花好きなんだ。もし気に入ったのならまたおいで」

それから彼らと仲良くすることが多くなった。

○○○

兄弟の葬儀の片付けが一段落した雨の日、私は兄の焼香をしにいった。

彼を見る。私はこの顔を知っている。そんなの当たり前だと思うだろう。でも、こんなにもはっきりと覚えているものだろうか。

さあさあと雨の音と共に簡素な仏壇の真後ろのカーテンが揺れる。 庭から見える赤い紫陽花に目を奪われた。 赤い紫陽花と棺桶の窓から覗く彼の唇の赤が重なる。

その時、ずっと心の中にしこりとして残っていた違和感が弾けた。

子供を入れるにはあまりにも大きすぎる棺桶。
二つの骨壷に分けられた大量の骨。
淡白な兄弟の母。
不自然なくらいに落ち着いている弟。
忘れるに忘れられない遺影主の顔。

「どうかしたの?」

後ろから声をかけられる。そこには弟が立っていた。いや、本当に彼は弟なのだろうか。私は恐怖のあまり、彼を押しのけて彼の家を出ていった。

それから彼の家には一度も行っていない。

○○○

彼は程なくしていなくなった。どうやら家族と一 緒に遠くへ引っ越したようだった。彼の家があったところには今はコンビニが建っている。

彼が引っ越したと聞かされた日、私はとある夢を見た。それは私が彼らの家にある赤い紫陽花の下を掘り起こす夢だ。夢の中の私は指に泥を詰めながらも必死に土を掻いている。 すると、地面から二つの見知った顔が現れた。白い瞼と赤い唇が開く。

「ばいばい さよちゃん」

夢の中の私は彼らに手を振り、彼らが大好きだっ 青い紫陽花を彼らの穴の中に入れて土を被せた。

○○○

翌日、 母が回覧板を読んで驚いていた。 母が言うに、彼らの家も紫陽花も全て跡形もなく燃えてな くなっていたようだ。

近くの住人が気付いた頃に 煙の匂いと燃えた残骸だけが送り梅雨に打ち付けられていたという。


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