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主治医に想う


娘がお世話になっている大学病院は県下でも一番、九州でも指折りの大病院だ。


近隣県から多くの患者が来る。

もちろん外来は相当な待ち時間を覚悟していないといけないし、

待合は座れることのほうが少ない。


娘は入院病棟に半年お世話になり、その後2年以上、外来で月の半分 または4分の1、治療に通いお世話になっている。


入院病棟の主治医も外来の主治医も同じ人。

私より少し年上の女の先生だ。

昼夜問わず病院にいる。

この人はどんな生活をしているのだろうかと不安になる。

いつも清潔な身なりで穏やかな口調で、厳しい現状の子供たちを診ている。



長い治療の中で、当然 彼女の口から欲しくない言葉を言われたこともある。

そんな時でも彼女は感情を出すことはない。


娘の治療がうまくいかず、治療方針が変わるとき、

予後はかなり厳しいものになると思います。

そう淡々と言われたとき、この人に心は無いのか と思った。

更に厳しい治療をしてでも娘を治したいという私に

治療の合併症を持つのも、それに苦しむのもお母さんじゃないでしょう。もっと冷静に考えて。

と言われたとき、最低ながら

あなたには子を持つ親の気持ちなんてわからない。あなたに私の気持ちはわからない。

と思ってしまった。


彼女が医師として当然のことを言っているだけだと分かっていても辛かった。

いろいろな事が重なって私も追い詰められていたと思う。



その後、この主治医の治療方針で通院治療となり、娘は今元気に小学校に通えている。

もちろん治療は続けながらではあるけど…。この2年、再燃に怯えながら それでも日常生活を送れていることを今心から感謝している。

先のことはまだわからない。



主治医とも思いがけず長い付き合いになった。

当時のことを私は心から申し訳なかったと思っている。

本人にあの言葉を直接伝えたわけではないけど、

あの時感情的にそう思ってしまったことを心から詫びている。


病気で苦しむ子供たちを救いたいために努力して医者になったのだと思う。

その思いでこの激務をこなしているのだと思う。

辛い、苦しい思いをたくさん背負っているのだと思う。

何度も泣いているのだと思う。

でもそれはその胸に閉じ込めているんだと思う。


次々にかわる病状と次々に運ばれてくる患児たちを

冷静に受け入れて。


でも私が今こう思えるのも、娘が元気でいてくれているからなのかもしれない。

良い状況では無くなった時、家族から厳しいことを言われたこともたくさんあるだろうと想像する。


それでも彼女は今日も診察室で子供たちを迎え入れている。

どんなことが起きても、この感謝の気持ちは忘れてはいけないと思う。


いつか娘が治療を終えて生意気なティーンエイジャーになったとき、彼女に心からの感謝の言葉を伝えたい。

彼女と私と娘3人でいろいろあったね、と笑いたい。

そうなる未来を強く信じて、また日々の治療に向きあい、娘の日常を支えたい。

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