死神の精度と私と鹿。

『死神の精度』伊坂幸太郎

この本にはちょっとビターな思い出がある。小説の書き出しにありそうな書き出しだが、
実際そうなのだから仕方がない。たぶん。
私がまだぷっくぷくの大学はいりたてのころ、私はバラ色のキャンパスライフを夢見て放送局に入った。いわゆる放送部である。
そのころはまだ私の同期は12人ほどいた。そのうちの一人との話。
われらが放送局では、入局した新入生に「あだ名」をつける風習があり、局内のコミュニティではそのあだ名で呼ばれることになっている。それはつけられた本人にとってはピッタリなものもあればかなり不毛なものもある。拒否権はないらしい。
ともかくとして、議論の結果、私は「みこ」、彼は「しかまろ」と呼ばれることになった。
なぜ彼がしかまろと呼ばれることになったのか、理由は単純明快、彼が奈良出身だったからである。
私の「なぜ」は省く。私は他の同期より達観し、少し大人びていた彼を「しかさん」と呼んだ。
放送局に入って最初のうちはもちろん、同期も、先輩とも、お互いのことを知らない。
なにがすき?これがすき!なにがきらい?これはすきじゃない、という会話がいたるところで行われた。それは私としかさんの間でも行われ、私たちのそれは本についてだった。

しかさんはなにがすき?趣味は?俺はー、そうやなー、本読んだりとかわりとするで。
へぇ!最近読んだ本でなんかおすすめある?
みこ伊坂幸太郎知ってる?もちろん!
俺最近伊坂の『死神の精度』読んでん。あれおもろかった。

『死神の精度』は文字通り死神の話である。音楽を聴くことが大好きでCDショップの試聴コーナーに入り浸る、話がなんだかかみ合わない、人に何故だか触ろうとしない。人間とはもちろん浮世離れした死神が、人間が死を迎える前に、人間とかかわる話。
章ごとにその死神がかかわる人間は違うのだが、読み進めるとそれがどこかでつながっているのがなんとも伊坂らしい。そしてそれは彼がおもしろい!と言われるゆえんであり、私も好きな理由だ。
おもしろかった。

扨。
結局私は『死神の精度』を読むことがないまま4年間を放送局で過ごした。その間にしかさんにはなにがあってなにをしたか。
私達同期はかなり仲が良かった。お互いのことを理解しているつもりだった。同期の中で私はおそらく一番の問題児で、しかさんはみんなのお兄ちゃんであった。
彼は4年目にして部を辞めた。
理由は私が最初聞いたところによると、部員との価値観の違いだった。
バンドの解散理由みたいな理由だが、放送局という部活動で、たとえば部員全員で番組制作やイベント制作をする・・・その過程で、彼は後輩の価値観がどうしても理解できなかった。
彼は部をやめたが、それも結局連絡が取れなくなったから「やめさせる」処分を受けての「やめた」であった。
なんだかんだで、私達はしかさんを理解していなかったのだ。彼の「お兄ちゃん」に甘えていた。彼も男の子だったのだ。私はそれが理解できなかったことが悔やんだ。
しかさんは、もう私達とは連絡を取る気はないと言った。
そういわれたことも悔しかった。しかさんは男の子だったが、しかさんからすると私達は子供で、他人だった。ただの。

機会があって最近『死神の精度』を読んだ。さっきも書いた通り、伊坂らしい登場人物のつながりとキャラクターのユーモア性を発揮していておもしろかった。
読み終わって泣きそうにもなった。もししかさんがまだ私たちのお兄ちゃんだったなら。
ある見方をすれば身勝手に部をやめたしかさんが、5年前に私にこの本を勧めたことなんて、きっと憶えてないんだろう。
それが悔しくて、小説が面白いことも悔しくて、この小説を私よりしかさんのほうが早く読んで面白いと感じていたことが悔しかった。
これがわたしの、『死神の精度』が絡むビターな思い出。

これ書評にも読書感想文にもなってなくね?
伊坂さんなんで信頼して読めます。つながってる!!っていう感覚が好きな人はオススメ

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