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名のない奴に言葉を持たせる音楽②

前回からの続き。
とにかく我々の世代に舐達麻は刺さった。

舐達麻。有名になったがなかなかスマホの変換が一発で出来ず「麻」が「磨」になりがち。

北関東のチンピラ感丸出しの風情で由緒正しいともいえるサンプリングビートに乗って歌う様は、ある種新鮮で斬新な感じがした。2010年代、日本では本家USの影響下で「トラップ」というジャンルが流行していた。前頁で述べた「ドリル」の原型ではあるが、どちらかというとドラッグ云々に纏わる話の多い音楽で、リズムマシンTR-808を駆使したビートの上で「俺たち金稼いでドラッグやって人生楽しんでる〜」的なことを歌うようなスタイルが広く普及していた。勿論そんなスタイルだけではなく、トラップビートの上で様々な自己表現が進み多様化が進んでいて、沢山の楽曲が次々と単純していった。当然ながら古からある太いベースのサンプリングビートのスタイルも継続してシーンでは普及しており、それはいつの間にか「ブーンバップ」だの「Lo-Fiヒップホップ」などと言われるようになっていた。

と、ジャンルの話を逐一遡って書いていると正直永遠にこの話が終わらないので、まとめている別サイトなどを覗いて頂いた方が良いと思う。

話を戻して舐達麻だが、前頁でも書いた「FLOATIN'」はビートの元ネタであるGigi Masin「Clouds」は2000年代に一世を風靡したNujabes「Latitude」Bjork「It's In Our Hands」でも使用された曲で、それだけでも我々世代は反応してしまったに違いない。このビートを組んだGREEN ASSASIN DOLLORがとにかく優秀で、舐達麻関連の楽曲のみならず他の作品もかなり格好いい。しかしながらあの無機質で抑揚のない淡々としたスタイルのラップをする舐達麻3人との相性が一番良いように個人的に思う。哀愁が漂ったやたらエモいトラックの上で無機質なポエトリーを乗せたりするのはエレクトロニカやIDMといったジャンルの常套手段だ。そういった点もあの頃のリスナーを惹きつけた要因ではないかと思う。

そもそも今「ブーンバップ」や「Lo-Fi」と呼ばれるようなジャンルはすでに2000年代前半の私がヒップホップに最初に触れたあたりから既にアングラ視されていたように思われる。ファレル・ウィリアムズのプロデューサーユニットであるThe Neptunesの打ち込みサウンドが主流となっていった90年代末期頃以降メインストリームでは割と煌びやかなサウンドが席巻していた。それから時が経ち、2010年代のトラップの爆発的なヒットにより、メインストリームではいつの間にかトラップが主流となっていったように思われる。
というか、私のような音楽的にアングラ思考の奴は理論ばっかりの単なる音楽オタクが大半を占め、正直不良ではない気がする。当時のクラブイベントなどでも明らかに絵に書いたようなド不良みたいな輩はメインストリームのイベントに居た。勿論ド不良でもアングラシーンにどっぷり浸かっている人達もいた。ヒップホップは所謂不良が好みそうという先入観があるものの、リスナーはおろかプレイヤーですら不良じゃない輩が沢山いる。それはロックもパンクも同じで、別に時の如く音楽は音を楽しむモノで特別不良の特権ではないので、私のような奴が居たりゴリゴリの不良が居ても何ら問題ない。そんなナードな層や不良の層の気持ちを一気に鷲掴みしたのが舐達麻だったのだと思う。

全身に和彫のようなタトゥーが施された身なりで、リリックに元々からある大麻崇拝の思想、強盗などの犯罪行為と服役経験仲間の死など、あらゆるヒップホップ的な要素を詰め込み、黒くてどこか煙たく淡いビートの上に乗るという様は、まさにこれまでの日本のヒップホップの理想像を全て昇華したような感じで、傑作を次々と生み出していった。その裏で強硬でハードスタイルが故にいろいろとトラブルが付き纏ったという話は噂程度で聞いていたが、そんなことは意外とリスナーにとってはどうでもよくて、とにかく心踊るような楽曲をドロップしてもらえば別に問題がなかった。

本件が浮上した例の襲撃騒動から特別SNSなどでの予告もなく1ヶ月後にいきなりリリースされたこのディスソングは、ビーフ抜きにしても叙情的な完成度の高い楽曲だった。当然今作もGREEN ASSASIN DOLLARのビートだが、元ネタにmatryoshka「Sacred Play Secret Place」を用いたことにより、ヒップホップに関心がなかった様々な層などを巻き込むヒット作となった。

時期的にも年の瀬師走の冬、エレクトロニカが似合う季節に差し掛かっていた。リリック自体はBADHOPに対するディスが大半だが、ビートの穏和で切なくも希望に満ちた感じがやけにポジティブに感じる傑作だ。そもそも元ネタのmatryoshkaの曲が良いのかもしれないが、これをネタとして選んだセンスが堪らなく良い。本件のビーフが収束してもこのビートは改めてラップを再編してでも後世に遺してほしいと思ってる奴も少なくはないだろう。

私は別にトラップやドリルを毛嫌いしているわけではない。寧ろ2000年代後半にダンスミュージックに傾倒した身としては、音楽的にトラップなどのBPM感は大歓迎だし近年のUSの曲はネプチューンズやティンバランドがやっていたようなスタイルよりも俄然ドラッギーで好ましいと思っている。先日のBADHOPのラジオでYZERRが本件の別の相手であるJAGGLAを指して「ブーンバップの人達はトラップを毛嫌いしている」的な趣旨の発言をしていたのだが、おそらくシーンの中ではうっすらとそういった認識が我々の知らない所であるのだろう。実際にトラップを用いた楽曲のなかでも傑作は複数あると個人的には思ったりするのだが、やはりメインストリームとアングラの間にある軋轢というか、古くからあるMASS対COREみたいな思想が日本国内のシーンの中にあるのかもしれない。

前頁の通り、シーンに彗星のような現れた岩瀬兄弟率いるBADHOPは地元川崎の地下から成り上がり、今や国内のメインストリームのシーンでトップクラスの位置に居る。AK-69なんかはその前から実現していたが、般若やZORNが拘り続けてようやく実現した日本武道館などのキャパの大きな場所での公演をBADHOPはもの凄いスピードで達成しているし、今や当たり前のように何万人も集まるヒップホップ専門のフェスにも当たり前のようにヘッドライナーとして出演している辺り、相当な人気を博しているのだろう。ましてや解散ライブとして行われる東京ドームでのライブなど前代未聞で、ヒップホップ以外でも単独でドーム公演が出来ていないアーティストが多いなか、それを実現させる辺り人気は本物なのだろう。何よりも飲み屋の若いオネーチャン達からの支持が強固たるもので、たまに店でその手の話になると高確率で彼女達はBADHOPが好きだと話す。それ程若い世代に影響を与えたのだろう。

とすればアングラ思考の人間から煙たがられるのは当然の流れで、格好のディスの餌食となる。それはかつてスチャダラパーが、Dragon Ashが、それをディスったZEEBRAが、またはKREVAやリップスライムがそうであったように、下剋上のように叩きつけられる宿命である。そんなノリで4年前にRYKEYと舐達麻のバダサイが焚き付けたのだろうが、一方ではそういった行為は自身が名を馳せようとする手口だと思われても仕方ないのである。その辺は日本のアングラヒップホップの第一人者のTHA BLUE HERBのILL-BOSSTINOも自身のソロ名義の作品中で語っている。

BEEFってやつはほとんどが
名前を売りたい駆け出しラッパー達の余興さ
HIPHOPもプロレスみたいな方が
退屈しのぎにはもっともだ
でも言わない 意地でも言わない
昔意地でも言ったから
駆け出し時代に言わせてもらったからもう言わない
見たって 聞いたって言わない
言うならば
I DON'T GIVE A FUCK

tha BOSS「SEE EVIL,HEAR EVIL,SPEAK NO EVIL」

この曲はPUNPEEのビートに乗ったなかなかの名曲なのだが、日本人には古からこういった考え方がどこか胸の奥に秘められているのだろう。実際になぜ最初の仕掛けから4年後に反応を示したのか、それに関しても「FEEL OR BEEF〜」のリリック内でもあるようにドームライブへ向けた販促プロモーションなのか単純に恨み辛みが爆発したのかは定かでないが、この騒動の結末に近いYZERRのアンサーは流石に誰もが腑に落ちたに違いない。3バース目に関してはもはや単なるディスに対するアンサーではなく、強い宣誓に近い。

大麻吸えないくらいで
Fuck The Police なんて歌わねえ
平和な国で自分で道を選んだくせにくだらねえ
黒人達が貧困の中で肌の色で差別されて
虐げられた歴史とでは比べ物になんねえ
人種、職業、性の違いで俺はしない判断
てめえに都合の悪い奴を悪と言えば簡単
不変な物で自分勝手に捻じ曲げない哲学
正義は全員が守るもので
一人のものじゃねえんだよ
どんだけデカく見せた歌詞が
本当の自分と違えば
客を騙し裏で遊ぶアイドル達と同じだ
言ってる事とやってる事で矛盾を
生んでるお前達の付け焼き刃の
言葉たちは子供以外に刺さらない
逮捕なんて誇れない
立たせない証言台
仲間と表彰台
ラップで回すこの国の経済
初期衝動の憧れで若い時は猿真似
理想は海を超えて遠く今じゃ俺は俺だけ
抜け出すの夢中で
飯食わすの必死で
上がって行く途中で
ふざけんじゃねぇよクソッタレ
妬みやっかみ邪魔され
次はどこの差し金
無責任な歌詞じゃねぇから
本当のことは語れねぇ
何度された襲撃
口を閉じて忠誠
罵声に名声に歓声
主人公ゆえの宿命
破り捨てた教科書がクラッチ代わり420
売名だけで立てるなら立ってみろよ東京ドーム

YZERR「guidance」

散々パクリだの何だの言われ続けたのに対し、相手側の土俵であるブーンバップ調のビートに乗り正論を殴りつけていて、メインストリーム好きもアングラ好きもぐうの音も出ないような内容であった。寧ろドラッグばかりの内容に溢れたシーン全体に投げかけているような感じもして、彼自身がネクストレベルに到達したような気がした。勝敗をつけるのは芸のない話だが、今回の件はおそらくYZERRに軍配が上がるだろう。やはりスターにはスターの振る舞いが似合っていて、このビーフの監督・脚本・演出・主演全てが彼だったのかもしれない(と書いたもののFEEL OR BEEF〜、結局聴いちゃってるんだよなあ)。一方の舐達麻に関してはYZERRのようにメディアやSNSから本件に関して発信することもなかったので、その真意や本心、動機などについては謎のままである。YZERR側の情報やネットの情報だけを鵜呑みにすれば彼ら自身の戦後処理もいろいろあるっぽいのだが、そんなことより双方がレベルの高い傑作を出したことが何よりも価値があり、本件が歴史的な出来事になったのではないかと思う。理由は何であれこの2組(厳密には2人)でなければこのような結果にならなかった筈である。SNSなどで若いヘッズの一部が「ヒップホップは生き方」みたいなことを呟いたりしていたが、ネットの情報に翻弄されてそんなこと言ってるやつの生き方は多分大してヒップホップじゃないから安心して頂きたい。

かつての「名のない奴に言葉を持たせる音楽」は既に大きなものになっていた。この2組が交わることは今後無いのかもしれないが、いちリスナーとしてはBADHOPの解散ライブあたりで競演してもらいたい等と思ったりするのであった。

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