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特殊殲滅官『お肉仮面』「VSスフィアイアン」 #第三回お肉仮面文芸祭

🥩🥩🥩

 引戸が開かれる。
 よく冷えた外の空気が入り込む感覚に、銅鑼焼き店『浄土屋』の老店主は顔を上げた。
「……お、いらっしゃいま――ああ、お前か」
「お前か、じゃねえよ。接客中だろ? ちゃんと敬語使えよ」
「どうせお前しか来ないから良いんだよ――『電楽サロン』」
「お客様は神様だぞ?」
「何様だよ、人間の癖に」
 申し訳程度にスローテンポな和の音楽が流れる店内、銅鑼焼きを陳列したショーケース越しに、男2人が微笑んだ。
 やって来た男――『電楽サロン』の他に客は居ない。そういう時間帯だからではなく、そもそも本当に客足が途絶えていた。暖房も入らない老舗『浄土屋』は、そのまま老衰して虫の息だ。
 店主はちゃんちゃんこの襟を引き寄せ、白い息を口から漏らす。
「で、注文は?」
「粒10、こし10、抹茶5、栗5」
「……そうか」
 店主は僅かに微笑んでから。
「言うと思って準備してるよ」
 屈み、すぐに立ち上がる。手には直方体の箱。
 中身を確認する。オーダー通りの品――銅鑼焼き20個。定価の数十倍もの金額の札束を、『電楽サロン』はショーケース上に置く。店主は察して釣りは出さない。
「……アイツは元気か?」
「ピンピンしてる――コレが無きゃ仕事しねえ、なんて抜かすくらいな」
「なら良い」
 店主はほんの少しだけ口端を上げる。そのせいで皺が寄った。長年の気遣いと気苦労とで顔に刻まれたそれに、『電楽サロン』は少しばかり同情する。
 だが、これ以上の言葉を――同情さえも、掛ける資格は『電楽サロン』に無い。
 銅鑼焼きの箱を掴む。
「今後とも、ご贔屓に」
 店主の声に踵を返し、引戸を開ける。寒風吹き荒ぶが、室内外の温度差がそれ程無かったためあまり堪えない。
 後ろで暖簾を下げる音を聴きながら、道を歩く。空には太陽が呑気に光っていた。その下、『電楽サロン』は剣呑であった。

🥩🥩🥩

「おー、遅かったじゃねえの」
 ガードレールに守られた土手を歩いていると、河川敷から声がする。
 生肉の仮面を被って、足組み座り川を眺める、不審者じみた男――コードネーム『お肉仮面』。浄土屋謹製の銅鑼焼きを買って来たのは、当然ながら彼の為だ。

「ほらよ、いつものだ」
「お~! そうそう、これだよこれ。この味の組み合わせ。やっぱ『浄土屋』の銅鑼焼きが一番旨いんだよな」
 箱の上面を、『お肉仮面』は片手で破り去った。整然と並んだ銅鑼焼きを1つ掴み、仮面の下に滑り込ませ一口で食べた。ハムスターの様に頬が膨らむ。
にひておよぉにしてもよぉ
「いつも言ってるだろ――食べ物は飲み込んでから話せ」
「……っと。はいはい」
 次の銅鑼焼きを楽しそうに選びながら、『お肉仮面』は告げる。
「任務前だぜ? 銅鑼焼きを振舞ってくれるなんざ珍しい――どころじゃねえな。初めて・・・か」
 肉仮面の下の目が、穴から『電楽サロン』を覗き見る。
 目には、殺意と決意が漲っている。
「ってことは、いよいよか」
「ああ。察しが良くて助かるよ」
 『電楽サロン』――リバーシブル財団の斡旋屋トランスポーターは命令を下す。
界来種エイリアンの元締め、怪拓者アンセスターの1体、コード『スフィアイアン』が動きを見せた。だが、お前のやる事は変わらない――見敵必殺サーチ・アンド・デストロイだ」
「ああ」
 お、この栗味、美味いな。
 『お肉仮面』は銅鑼焼きの感想を述べながら、戦いに備えていた。いつの間に食べたのか、既に銅鑼焼きは半数を切っている。
 甘い物好きな相棒。
 『電楽サロン』は、この『お肉仮面相棒』を怪物殺しの化け物に仕立て上げた――彼の中に渦巻く、化け物共への憎しみと怒りを原動力にして。
 彼は、顔に張り付ける奇怪な仮面――お肉仮面を装着することで、怪物を殺す力を手にする。その力でこれまで数十、数百の怪物たちを殺してきた。
 殺して、殺して、殺して殺して殺して――生き延びてきた。
 そんな彼は、今日、今までより強大な敵の元へと送り込まれる。
 『電楽サロン』の手によって。

 『電楽サロン』は拳を握る。
 組織に逆らわず、そして目の前の相棒の殺意も否定せず、今日も『お肉仮面』を死地に送り込む。
 いつ死ぬかもしれない戦地に。
 そんな自分が、店主の気苦労や気遣いを労わることなどできない――銅鑼焼きを見ながら、そんなことを思う。
「……んだよ」
 『お肉仮面』は、銅鑼焼きを1つ差し出した。
「こいつ、食いたいのか? なら最初から言えばいいのに」
「……」
 気、遣わせちまったな。相棒に。
 『電楽サロン』は丁重に断る。
「お前の為に買ったんだ。お前が食え」
 そう。この銅鑼焼きは、死地に向かうお前の為。
 これが『電楽サロン』の、せめてもの労わりだ。
「そうか? じゃあ遠慮なく」
 そう言って次々銅鑼焼きを引っ掴み、あっという間に20個全て平らげた。
 糖でべたつく手を舐め取りながら、「ところで」と『お肉仮面』は問う。
「後ろにいる奴、誰だ?」
 敵意を剥き出しにする『お肉仮面』。『電楽サロン』はそれを窘めようとするが――。
い好い。血気盛んな方が頼もしいじゃて」
 ひょこり、と『電楽サロン』の背後から老獪な男が現れた。背筋は伸びているが、それでも背は低い――身長にして、150㎝程度と言ったところだろうか。数少ない髪の毛を後ろに束ね、口髭を綺麗に揃えて生やしている。その顔だけ見れば仙人の様だが、首から下はメタルバンド『チェリーボーイ・ファッカーズ』の長袖シャツに、軽いダメージの入ったジーンズという、何ともファンキーな老人だ。
「……紹介しよう、『お肉仮面』。彼は『毀太郎きたろう』。俺達と同じリバーシブル財団所属、特殊殲滅官グラウンダーだ」
「宜しくのう、若いの」
 老人――『毀太郎』は手を伸ばす。冬だからか、黒い手袋をする手を、『お肉仮面』は握り返す。
 何だ、この老いぼれは。正直、『お肉仮面』はそう思っていた。
 こんな奴に、怪物が殺せる訳がない、とさえ。
「よろしくな、老いたの」
「……くく」
 『毀太郎』は可笑しそうに喉を鳴らす。
「のう、『電楽サロン』」
「何だ」
 眉間を指で摘む『電楽サロン』に、『毀太郎』は問う。
此奴こやつ、誰かと組んだことは?」
「無い。あなたが初めてだ」
「成程のう」
 瞬間。
 『お肉仮面』の体は宙に浮かんでいた・・・・・・・・
「……は?」
 更に次の瞬間には、数百メートル離れた高架橋の鋼鉄に激突。痺れる程の衝撃が、背中から手足に伝わる。
 ――投げ飛ばされた・・・・・・・
 その事実を、『お肉仮面』は背骨に走る痛みと共に漸く理解する。
(何、だ。今の……ッ! 全然認識できなかった……ッ!)
「若いの――『お肉仮面』、と言ったか」
 いつの間にか、『毀太郎』は『お肉仮面』の目の前に立つ。
「敬意を持て、とは云わん。所詮、戦場に立てば身分も齢も関係ない――強い者こそが生き残るからの。じゃから、共闘する時くらいは、仲良くしようぞ」
 ほれ、と『毀太郎』は手を伸ばす。
(……畜生。悪い奴じゃなさそうだが、何か癪だな)
 上下関係を叩き込まれている様で。
 『お肉仮面』は手をがっしりと掴む。そして大人げなく、老人の手を潰さん勢いで力を込める。
 が。
(……何、だ)
 逆に、握り潰されそうになる。
(この爺さん。凄え、力……ッ!)
 握られたまま、指一つ動かせない。小柄な老人に収まるとは到底思えない力が、『毀太郎』の中に巣食っている。
 彼は微笑んでいた――但しそれは嘲笑ではなく、仲間を迎える笑み。
 観念した『お肉仮面』は、そのまま握力を緩め、握られた手を使って立ち上がった。
「……さっきは悪かったよ、舐めてたし、大人げなかった」
「ほほ。正直に謝れるのは好い奴じゃ。将来大成するぞい」
 2人のやり取りを見て、『電楽サロン』は安堵する。
 『毀太郎』が上手くやってくれている。これなら、大丈夫かもしれないな、と。
 何せ今回の任務は、『お肉仮面』だけでは勝てない・・・・・・・・――どうしても『毀太郎』の力が必要だ。
(それに、この共闘はお前にとっても意味がある。もう、1人じゃ戦いきれないところまで来てるんだよ、お前は)
 だから、一皮剥けて帰ってこい、肉仮面の相棒。
 斡旋屋トランスポーター『電楽サロン』は、2人の遠くなる背を見送る。

 東京都、某地下鉄駅に通ずる、入り口の階段。
 普段は大量の人を飲み込み、別の場所へと送り届けるそこは、今や外からの風を吸い込むばかり。リバーシブル財団の力により、既に人払いは済んでいる。
 今から地下鉄は、一般人が突っ立っていると死ぬ戦地と化すからだ。
「準備は善いか、『お肉仮面』」
「いつでもOKだぜ、『毀太郎』さんよ」
 2人は地下へと降りる。先頭に『毀太郎』が立ち、その後ろをお肉仮面がついて行く形だ。

 入ってすぐ分かったのは、角を曲がってすぐ、改札に続く道が血に塗れていることだった。蛍光灯が、ぱち、ぱちと赤黒い光景を点滅させている。
「派手にやってるのう」
「だからこそ、殺し甲斐があるってモンだろ」
 『お肉仮面』は1秒だけ黙祷する。『毀太郎』も手を合わせながら、ぴちゃ、ぴちゃと血を鳴らして、数十秒で改札口に辿り着く。
 奇妙な事に、改札口から自動改札機が綺麗さっぱり・・・・・・消えていた・・・・・。辺りには改札機の中に呑まれていたであろう、穴の開いた切符が血溜りにぷかぷか浮かんでいる。その血の源泉は、窓口からせり出す駅員の首だ。頭を潰されたのか、目玉や歯、肉や脳などがあちこちに飛び散り、剥き出しになった血管から滝の様に血が流れている。
「……事前説明ブリーフィング通りだな」
「じゃな。肉も紙も食わずに残しているのはその証拠じゃて」
 改札を越える。エスカレーターは手すりのゴム部分を除いて消失しており、エレベーターはドアも本体も無くなっている。唯一残っている安全な手段は、階段だけだった。
 『お肉仮面』は、手の指をぱきぱき鳴らし、足首を回す。それから、ぽっかり口を開けたエレベーターの穴へと飛び込み、落ちて行く。
 地下1階、地下2階――そして、地下3階。
 両足で着地。その衝撃は並の人間には到底耐えられないものだが、『お肉仮面』は怪物と戦う特殊殲滅官グラウンダー――兵器となる為、人間を辞めた人間。増強した筋肉で、その衝撃を全て受け止め切る。
 エレベーターの出口から出ると、既に『毀太郎』が到着していた。
「……早いな」
「階段を駆け下ればの。こんな事は朝飯前、お茶の子さいさいじゃ」
 合流した2人は、駅構内を見渡す。
 そこは、異常事態の宝庫だった。
 辺り一面に人間の死骸が散らばっている。濃い血の匂いが漂い、鼻腔を容赦なく刺激する。自殺防止の柵も綺麗さっぱり無くなり、硝子が辺り一面に飛び散るばかり。これで自殺し放題だ。
 但し、交通手段にして自殺手段の電車は走って来ない――白い球体に長い腕がくっついた様な怪物によって・・・・・・食われている・・・・・・からだ。
 怪物は、見かけは数10センチ程と小さい割に、6両編成であった電車を既に4両食い尽くしている。だが座席は食えないのか、魚の骨でも抜く様に、球体から伸びる謎の触手を使って、辺りにぽいぽい投げ捨てている。
 風体から、コードにも納得がいく。スフィアイアン――鉄を喰う球スフィアイアン
「あいつか……」
 『お肉仮面』が呟くが、スフィアイアンは気付く様子も無い。
 というより、眼中に無いと言った方が正しい。今敵は、食事に夢中なのだ。
 『お肉仮面』は五指を軽く折り曲げ、戦闘態勢に入る。
 食事に気を取られているのなら好機。
 足で床を踏み込み、スフィアイアンへと一直線に突っ込む。
「おい、『お肉仮面』――!」
 『毀太郎』は呼び止めようとするが、構わず『お肉仮面』は特攻を仕掛ける。
 見敵必殺サーチ・アンド・デストロイ
 『お肉仮面』への命は、ただそれのみ。
「拍子抜けだが、早く終わるに越したことはねえからなァ!」
 両腕をしならせ、呑気に食事を続けるスフィアイアンへと振り下ろす。
 ――喰荒しハンディーティング。それが『お肉仮面』の能力。指で千切った肉体を強制的に消滅させる、一撃必殺の絶技!
 数10センチしかない体は、この技で跡形もなく消滅するしかない――。

 だが、攻撃が当たる直前。
 スフィアイアンの一部が、にょきりと突起を見せる。
 その突起は次の瞬間に急激に伸び、『お肉仮面』の体を刺し穿とうとする!
「っ! コレ・・か!」
 『お肉仮面』は増強された身体能力と反応速度で喰荒しハンディーティングの標的を伸びる棘へ変更。事前説明のお蔭で反応が間に合った。
 だが、『お肉仮面』はその棘に触れても、消滅させることができない・・・・
「マジ、かよ!」
 『お肉仮面』は触れた指で棘を摘み、伸び続ける棘の上で倒立。指の力だけで針の上で全体重を支える。
 伸び切って止まった一瞬の内に棘から離れ、距離を取る。棘が縮んだ先にいるスフィアイアンは、何食わぬ顔で食事を続けていた。
「無茶しおって」
「無茶できるのは若者の特権だぜ」
 『お肉仮面』に、『毀太郎』は溜息混じりに返す。
「死んだら元も子もなかろうて」
「死なねえよ――怪物を全員殺すまでは」
 ばき、と指の骨を鳴らしながら、『お肉仮面』は『毀太郎』に共有する。
事前説明ブリーフィング通りだ。奴は金属を食い、体内に蓄積された金属を消費して好きな形状に変化させられる」
 それだけの、シンプルな能力。
 そのシンプルさは、今までの界来種エイリアンと比較しても遜色ない。
 だが。
「『お肉仮面』。お前の能力では、金属を喰うことが・・・・・・・・できない・・・・。そうじゃな?」
 『お肉仮面』は頷く。『電楽サロン』の思惑通り、彼1人では対処不能な敵だ。
「多分伸びてきた棘は、純度100%の金属。肉を一切含まないから、俺の能力じゃ喰えない」
 しかも、と付け加える。
「これは事前説明ブリーフィングには無かったけどよ、恐らく形状変化は自動オートだ。奴は攻撃を喰らいそうになると――というより、食事の邪魔・・・・・になると、攻撃してくる」
 戦況分析をする目の前、スフィアイアンは電車の残り一両をほとんど食い尽くしていた。不要となったからか、伸びていた腕はどこかへと消えている。
 そしてじきに食事が終われば、特殊殲滅官グラウンダー2人に相対する――ことはなく・・・・・、次の食事を探しに行くだけだろう。
 ただ金属を――人間の文明の結晶を喰らうだけの存在。しかも邪魔な人間は全員殺害する。そこに意思疎通の余地はない。
 最早、ただの人間の手に負えない。人間が生物ピラミッドの頂点にいる所以は、銃・剣・鎧などの金属製の武具防具による。金属をただ喰らう奴には、全てが無力なのだ。
 だからこそ、特殊殲滅官グラウンダーがいる。新たな人類の叡智の結晶となる、決戦人間兵器が。
「『お肉仮面』」
 『毀太郎』は、突然『チェリーボーイ・ファッカーズ』のバンドTシャツを脱ぎ始める。
ワシがヤツの防御を削る。隙を見て攻撃せい」
「って『毀太郎』さんよ、何やって――」
 『お肉仮面』は、息を呑んだ。
 服を脱いだ『毀太郎』は、よれた白のTシャツを着ていた。その肩口から先――腕の全てが、皮膚も毛も失った赤黒い肉・・・・で出来ている。
 その筋肉は、『お肉仮面』の仮面と同じ。
「お前、それ――」
「コイツか」
 手袋を脱ぐ。そこも赤黒い筋肉で覆われており、皮膚どころか爪も無い。
「適合手術で人間の肉と界来種エイリアン共の肉を置換したのよ――常にワシは、奴らの力を揮えるように改造しとる」
 続けてズボンも脱ぎ、トランクス姿が覗かれる。脚も全て、界来種エイリアン製の赤黒い筋肉が脈動していた。
 『お肉仮面』は知っている――着脱可能な仮面ではなく、そもそも置換する事で絶大な力を行使できる一方、逆に界来種エイリアンの肉に全身が蝕まれ乗っ取られる可能性もあるのだと。
 その侵食を抑えるべく、『電楽サロン』お手製の薬を1日3回決まった時間に飲む必要がある。1度でも欠かせば、人としての生に終わりを迎える。
「さあ、行けるか、『お肉仮面』よ。止めを刺すの美味しいトコロはお主にくれてやる――まずは体内の金属を削り切るぞ」
「ああ」
 丁度、スフィアイアンが電車を食い終え、振り向いた。数10センチの球体には目がなく、ただ口だけがある。それだけ見れば何とも可愛らしいが。
「ん、ぇ」
 マスコットの様な甲高い声を上げる。そして。
「おえ」
 スフィアイアンの口から、窓のない鋼鉄電車が・・・・・・・・・時速300kmで・・・・・・・・飛び出てきた・・・・・・
 『お肉仮面』と『毀太郎』は難なく避け――地下鉄の壁に大穴を開けて電車は地下を貫いてゆく。
「……漸く、俺らを敵として認識したかよ」
「じゃな。流石に2対1では自動オートでの対処は困難と断じたのじゃろう」
 『お肉仮面』は指を鳴らす。
 『毀太郎』は腕を回す。
 スフィアイアンは口を開け――数百本に渡る刃を射出する!
「おいおい、マジか……ッ!」
 『お肉仮面』は仮面の奥で頬を引くつかせる。これだけ密度の高い攻撃となれば、回避は不能、応戦あるのみ。
 ピキ、と指を鳴らし、持ち前の動体視力でナイフを掴――。
退いておれ、『お肉仮面』!」
 横で、『毀太郎』の声。既に彼は迫り来るナイフを前に正拳突きの構えを取っていた。
 そして。

「――鉄拳整切すごいパンチィィィィィッッッ!」

 正拳。
 同時、『毀太郎』の拳を起点に正体不明の虹色の波動・・・・・・・・・・が射出される。レーザーの如く飛ぶ波動は、『お肉仮面』の眼前に迫っていたものも含めてナイフを消し飛ばした。ナイフの嵐を突き破り、波動はそのままスフィアイアンの元へ!
「み゜」
 スフィアイアンは四肢を金属で生成、駝鳥の如く歩行して攻撃を回避しつつ、口からマシンガンをひり出す。そして体内から永久に銃弾を装填、無限発砲を行う!
「無駄無駄無駄よォォォォッッ!」
 赤黒い腕を何度も振り切る。鉄拳整切すごいパンチ鉄拳整切すごいパンチ鉄拳整切すごいパンチ
 連続で放たれる虹色の波動の前では、銃弾さえも無力に消えゆくのみ!
「む〜」
 スフィアイアンは苛立った様な声を上げ、体の一部を隆起させる。その隆起は忽ちミサイルの形となり、謎の推進力により射出される!
 両手の鉄拳整切すごいパンチを撃たれ続ける銃弾の雨に当てている為、余裕が無いはずの『毀太郎』――だが、彼は微笑んだ。
「俺を忘れちゃ困るんだよなァ!」
 ミサイルは『お肉仮面』により掴まれ、軌道変更。そのまま地下鉄の壁を打ち破る。
 スフィアイアンは舌打ちしない。苛立ちを表現する舌も無い。次々体内の金属を消費し、銃弾とミサイルを撃つ。だが銃弾は虹色の波動に消え、ミサイルは壁を穿ち続けるばかりだ。
 体内にある金属を消費し尽くす。その目論見が達される時は意外にも近い――。

 その時。
「っ! 避けろ、『お肉――」
 『毀太郎』が叫ぶ。攻撃の中断が難しかった彼は、背後の壁から飛び出た電車・・に吹き飛ばされる。
 先程壁を突き破って消えたかと思われた電車が、ぐるり壁の中を、まるでモグラのように掘り進めながら一周し、戻って来たのである。
「『毀太郎』ッ!」
 『お肉仮面』が叫ぶが、『毀太郎』は向かいの線路の壁に激突する寸前、莫大な脚の力でもって衝撃を相殺した。
「心配されるとは有難いが――」
 『毀太郎』は獰猛に歯を見せて笑う。歯はお歯黒宜しく血で赤黒く染まっている。
「まだまだ、若いモンには負けんぞ!」
「そうかよ――ならまだ働いて貰うぜ!」
 言い交わす2人の間にスフィアイアンが鎮座し、その周りを、窓の無い電車が龍の様に車体をうねらせ浮かんでいる。4両編成のそれは、がちり、と連結を外して2両ずつになる。
「行くぞ!」
「いつでも来い!」
 『毀太郎』は両の指を絡めて頭上に掲げ、『お肉仮面』は両の五指を鳴らす。
 刹那。
「ぬ」
 2両列車がそれぞれへ、時速300kmでホーミングして襲い掛かる! 思い切り轢き潰すつもりだ!
 だが『毀太郎』は獰猛に笑んだまま。
「コイツはお返しじゃ――クソ化物め!」
 腕の筋肉を急速に盛り上げ。

「――拳棍一擲すごいハンマーァァァッ!!」

 振り下ろす。
 瞬間、三日月形の虹色の波動が射出! 時速300kmの暴走列車を真っ二つに切り裂く!
「み゜」
 スフィアイアンは堪らず避ける。
 所詮金属を取り込み、それでしか攻撃も防御もできぬ怪物――非金属でもって金属を打ち砕かれるなど当然想定しておらず、回避するしか無い。
 だが、『毀太郎』にさえ注意すれば良いことも、スフィアイアンは解っている。『お肉仮面』を完全に放っておいて良い、という訳ではないが、優先順位は『毀太郎』より遥かに下だ。
 それに今頃『お肉仮面』は、時速300kmでホーミングする列車に轢き潰され――。

 そこでスフィアイアンは、漸く気付く。
 『毀太郎』の拳棍一擲すごいハンマーで、『お肉仮面』を襲う列車までもが真っ二つになっていることに。
 即ちそれは。

「よう、バケモノ」

 生きた『お肉仮面』の凶手が迫るということ!
 スフィアイアンは棘を射出。本来なら盾による防御が正解だが、間に合わないと判断した――自動オート機能を切ったのが仇となっている。
 故に現状の最善策をとった。攻撃こそ最高の防御である様に、棘に刺されると分かって喰らいつく者は居ない。回避行動を取るに違いない、さすれば反撃の隙ができる――スフィアイアンは思考する。
 棘が心臓目掛け、吸い込まれる様に伸びる。

 その棘を、『お肉仮面』は破壊せず、掴む。

 スフィアイアンは、予想外の行動に混乱する間に、宙に投げ出される。
 その目の前に。
「まだ借りは返し切っとらんぞ!」
 両手の指を絡め、頭上に振り上げながら飛び上がる姿――拳棍一擲すごいハンマーの構え。
 この至近距離で波動攻撃を受ければ死ぬ。
 本能で察知したスフィアイアンは口から大砲の砲身を吐き出す。
 やられる前にやる!
 容赦無く、発射――。

 ざくり、と。
 スフィアイアンの背が、抉れる感覚がした。

「だから、俺が代わりに仕返し取立ててやるよ」
 『お肉仮面』の喰荒しハンディーティングが、遂にスフィアイアンに届いた。五指で彼は、スフィアイアンの肉体の三分の一を消し飛ばした。
「みゃあああああああ」
 絶叫。食い破られた背から、金属の元が濁流の如く床を叩きつける。
 こうなれば後は虐殺ワンサイドゲームだ。
「往ね、バケモノめがッ!」
 『毀太郎』が鉄拳整切すごいパンチでキッチリ借りを返し、床ごと体に大穴を開け。
「み、ぁぁ、ぁ」
 可愛らしい声で赦しを乞う、鉄の球体の如き生物。そんな残骸同然の怪物に、『お肉仮面』は。

「じゃあな――喰らうぜ、お前のける体」

 豪快に喰荒しハンディーティングを決め、残さず喰らい尽くした。
 ――地下鉄潜入から僅か10分足らず。2人の特殊殲滅官グラウンダーは、怪物共の元締めである怪拓者アンセスターをいとも容易く葬った。
 しかし被害は甚大。地下鉄にいた一般人は残らず殺され、電車も路線も自殺防止柵も喰われて使い物にならない。当面、この地下鉄路線は一部封鎖を余儀なくされるだろう。
「良くやったのう、『お肉仮面』」
 『お肉仮面』が振り向けば、既に『毀太郎』は『チェリーボーイ・ファッカーズ』のTシャツを着て、ズボンもしっかり履いていた。
「ああ。しっかし、本当に大丈夫なのか?」
「心配要らん。どうせ内臓が傷ついただけのことじゃて」
「重傷じゃねえか」
「置換手術の痛みに比べれば何のそのよ。お蔭で普通の傷じゃ堪えんわ。……お主もやらんか? 置換手術」
 置換手術。
 確かにそれをすれば絶大な力を得ることができるだろう。だが、それをする気は『お肉仮面』には無い。
 第一に、あくまで人間として界来種エイリアン共を殺す為。
 そして第二に。
「銅鑼焼きは、この人間の口で味わいてえからな」
 美味いんだぜ、『浄土屋』の銅鑼焼き。
 自慢する様に言う『お肉仮面』は、しかし知らない。その『浄土屋』の店主が――銅鑼焼きを精魂込めて作っているその老人こそが、『お肉仮面』が死んだと思っている・・・・・・・・・父であると。
 そして組織――リバーシブル財団から接近禁止を命じられた『お肉仮面』の父が、『電楽サロン』の斡旋・・で、銅鑼焼きを媒介に間接的な接触ができていることも、また知らない。
「今度、『電楽サロン』に頼むと良いぜ。オススメはこし餡だ」
ワシ、粒餡派なんじゃよ」
「……そうかよ。まー、粒餡も美味いから、兎に角食ってみろって」

「ソウカイ。ソレナラ食ベニ行ッテミヨウカネ」

 瞬間。
 『お肉仮面』と『毀太郎』は、無機質めいた第三者の・・・・声に思わず振り向く。
 液体で出来た人型の生物がいた。
 顔に当たる部分は、液体が流動しているだけで何の感情も表していない。
 怪拓者アンセスター。それも、先の金属球よりも遥かに強い――歴戦の兵士は実力を勘で測る。
「フン……スフィアイアン。コンナ奴ラニ殺サレルトハナ。マア、弱カッタシ、仕方ナイ」
 最早残骸1つない元仲間に、明らかな侮蔑を寄せてから、新たなる闖入者は2人に向き直る。
「サテ――アア、別ニ殺シニ来タ訳ジャナイ。今日ノ所ハナ」
「なら何しに来やがった」
 『お肉仮面』はパキ、と指を鳴らす。
 殺気を滲ませる彼に、怪拓者アンセスターは。
「見学シニ来タダケダ」
 余裕綽々に、応える。
「見学だあ? 何の為に――」
「コレモボスノ命令デネ。効率的ニ人間ヲ殺ス為、ドコカラ叩イテ行ケバ良イカ、見極メテイル」
 そういう役割なのだ、と退屈そうに水蒸気を吐き出して怪拓者アンセスターは回答する。
「シカシ。大体把握シタ。今日ノ所ハコレデ失礼スルヨ」
「逃がすと――」
 『お肉仮面』は駆ける。五指で以て、体を裂くべく。相手は液体であるから意味が無いかもしれぬことは、考えない。
 それすらもブラフである可能性――実は液体ではなく、しっかり攻撃が通る可能性があると判断した。
 だが殆どの人が予想した様に、『お肉仮面』の手は水を掻くだけに終わる。どころか、怪拓者アンセスターは全身をそのまま気化させ、地下鉄の天井に備わる空調設備を伝って逃げてゆく。
「待ちやがれ!」
「悔シカッタラ追イカケテ来イ」
 ハハハ、と笑い声が空調設備から聞こえる。それきり、何を言っても応答が返ってくることはなかった。
「……『お肉仮面』よ、急いで帰るぞ」
 『毀太郎』は帰りを促す。
ワシに、こし餡銅鑼焼きを食わせるんじゃろ? もたもたしてるとその店主、殺されるぞ」
「……そうだな」
 2人は地下鉄の階段を駆ける。血風漂う空間から、夕焼けに燃える外へ。
 『お肉仮面』はすぐさま電話をかけた。電話は1コールで出た。
『お疲れ――』
「俺はこれから『浄土屋』に向かう」
 『電楽サロン』の言葉を遮り告げる。それを聞いた『電楽サロン』は一瞬黙ってから。
『ダメだ』
 短く否定した。
『それは、許可できない』
 『お肉仮面』は、その言葉に引っ掛かりを感じる。
「それは――」
 だからこそ、心の中の怒りの炎が言葉にまで延焼せぬ様、慎重に。
「相棒としての忠告か? それとも、斡旋屋トランスポーターとしての命令か?」
 電話の向こうは数秒押し黙り、それから喉が引き攣った様な声が返ってくる。
『……斡旋屋トランスポーターとしての、命令だ。お前は――俺の相棒は、バケモノにやられるタマじゃないと信じてるからな』
 今度は、『お肉仮面』が押し黙る番だ。逡巡して黙考して、漸く言葉を捻り出す。
「……理由は何だ」
言えない・・・・
 『電楽サロン』は平静を装っていた。しかしその装いは功を奏す。装わなければ、『お肉仮面』は怒りを電話口でぶち撒け、暴走して『浄土屋』に向かっていたことだろう。
 言わなくてはならないことがある。だがそれを立場上、あるいは組織上、『電楽サロン』は言えないのだと理解した。
「……分かったよ、相棒。なら、斡旋屋トランスポーターのお前に頼みがある」
『何だ』
「『浄土屋』を守ってくれ。あの銅鑼焼きが無ければ、俺は力を出せない」
『相分かった。そこは心配するな。……早く帰って来い、相棒』
 それで電話は切れる。
「電話は終わったかの」
 『毀太郎』が声を掛ける。『お肉仮面』は頷く――仮面のお蔭で表情は見えない筈だが、酷いツラをしているに違いない、と思った。
「さて」
 『毀太郎』はズボンのポケットから毒々しい青色の錠剤を取り出す。掌から口の中へ飛ばし、ラムネが砕ける様な音を響かせる。
 界来種エイリアンの侵食を抑制する薬。『お肉仮面』は直感する。
ワシ寄り道・・・して帰ることにするかの。お主がそこまで薦めるのじゃから、銅鑼焼きでも食べての」
「……」
「深く考えるでない」
 『毀太郎』はニヤリと笑みを浮かべる。
ワシはそう簡単に死ぬタマじゃないわい。老耄ならではの年の功、甘く見るでないぞ」
 ほっほっ。
 そう笑ってから、『毀太郎』はビルの屋上まで垂直飛びし、屋上伝いに跳び去って行った。
「……」
 帰ろう。
 『お肉仮面』は『毀太郎』を見送って、そう思った。彼はどうせ寄り道をするだけ。それに強いのはよく分かっている。心配ご無用だ。
 それでも――。
 街並みの中に消えてゆく夕陽に、『お肉仮面』は言い得ない不安を覚え、帰路に着く。

🥩🥩🥩

 そして、その予感は的中する。
 『浄土屋』が壊滅し。
 リバーシブル財団本部に、正気を失った『毀太郎』が鉄拳整切すごいパンチで殴り込みをかける形で。


これは何ですか?

 電楽サロンさん主催、第三回お肉仮面文芸祭の参加作品です。

 ちなみに、2年前(!)に書いたこちらの作品の続編的な立ち位置になります。今回はこちらの知識がなくても読めますが、お読み頂けるとより楽しめます。

 続きがあるみたいな書き方しましたが、書くかどうかはわかりません。多分第四回の時か、気が向いたら文芸祭と関係なく書こうと思います。
 皆さんも参加しましょう、お肉仮面文芸祭! 楽しいですよ!!

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