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EVIL BELIEVERS

【前回:FUWA never know YAMADA the killer】

高級料亭・五十部荘。屋根から突き出た長い庇が頭上を覆う、半屋外空間に板張りの廊下。人が一人すれ違える程の幅の板間は、ハニカム状に並び立ち障子戸で仕切られた個室の縁を縫って、回廊のようにどこまでも続く。
突き当りの個室。開け放たれた障子戸の向こうは枯山水の日本庭園。丁寧に剪定された梅の老木に、若いウグイスが停まっては覚束ない声で鳴いた。
花の盛りは過ぎて久しい。調子外れに歌う若い雄鳥に伴侶の姿は無い。


「初めまして。私、百目鬼聖羅(ドウメキ・セイラ)と申します。今日は、お忙しい所にわざわざ足をお運び頂き、ありがとうございます」
黒いお仕着せに身を包んだ聖羅は、着慣れない和服にむず痒さを感じながら畳に正座して両手を突き、些か白粉をつけ過ぎた顔で慇懃に一礼した。
(チッ、何でこんなヤツに平身低頭へりくだらなきゃならんのだ、私は!)
彼女の背後では、正装した両親が無言の微笑みで圧力を放っていた。
「そんな! あんまり畏まられると僕も緊張しちゃうなあ、ハハハ!」
ダークスーツに身を包んだ青年・安中惣一郎(ヤスナカ・ソウイチロウ)は眉目秀麗な表情を綻ばせ、砕けた調子でおどけつつも、チタン製フレームの黒縁眼鏡の奥では鋭い瞳をキラリと光らせ、カールツァイスのレンズ越しに聖羅の着物の上からでも分かる豊満な身体を上から下へ、下から上へ何度もねっとりと視線を走らせて、聖羅の美貌に頷いた上で密かに勃起した。


「安中さんはアメリカでMBAを取得なされて、帰国すると国内の製薬会社に就職、輝かしい経歴を積んでヘッドハンティング、会社を幾つも渡り歩いてアテナ薬品さんに転職すると、第一開発部長に若くして就任なされたのよ」
完全に見合い相手の宣伝スピーカーと化した母親の長回しを聞き流しつつ、聖羅は時折光る聡一郎の眼鏡にこみ上げる吐き気を堪えられなかった。
(さっきからいやらしい目つき。バレてないとでも思ってんのマジキモイ。こいつ絶対手ェ早いタイプ。まあイケメンはイケメンだけど……いや無理。絶対浮気すんだろ。いくら金持ってても、こういうタイプは生理的に無理)


「どうしました、聖羅さん。顔色が悪いようですが緊張しているのかな? ハッハハ、無理も無い! 僕ほどの頭脳明晰で心身優良な、見合い相手にはこれ以上ない色男も居ないからね! 君には少し毒が強すぎたかな?」
聡一郎の背後の、厳格そうな壮年女性と壮年男性はニコリともしなかった。
「オッホホホホホオホホ! まぁ、安中さんたらお上手なんだから!」
「アッハハハハハハハハ! 無理も無い! 聖羅も女の子だからな!」
聡一郎に愛想笑いを返して、心中毒づく聖羅には幸か不幸か見えなかった。
背後でおだて倒す両親の両目に¥の字がありありと浮かんでいた様を。
(こんなクソ野郎に抱かれるなんて絶対無理。どうにかして断ってやる)
聖羅は溜め息をついて、気を紛らわせようと脳裏で記憶を掘り起こした。


瞳を閉じれば、いつだって昨日のことのように鮮明に思い出される景色。
誘拐、殺戮、逃避行。黒スーツ、ボサボサ頭、邪悪に笑う髭面。夢のような世界で、私に生きることを許してくれた人。希望を与えてくれた人。
(待て待て、記憶が美化され過ぎだ! 絶対あんな格好良くなかったろ!)
聖羅の脳裏で感情が煮詰まり、無言の内に眉間へ皺が寄り、対面する安中が訝ったところで、派手な電子音が見合いの雰囲気をぶち壊しにした。
「あ、あれッ!? わわわわ大変、スマホ、電源切ってたはずなのに!」
聖羅は素に戻って慌てふためき、着物の懐から震えるスマホを取り出した。
画面表示は――『番号 非通知』。
雰囲気を断ち切れるなら何でも良かったが、その不吉ですらある画面表示を見た瞬間、聖羅の脳裏には言い知れぬ『予感』が電撃めいて走った。


「申し訳ありません。ちょっと、急用の電話が」
「何言ってるの、聖羅!?」
「安中さんに失礼じゃないか!」
「構いませんよ、僕は平気です! お友達とかお仕事とか……聖羅さんにも色々あるでしょう! どうぞ、切れない内に早くお出になられて下さい」
聡一郎はここぞとばかりに鷹揚な態度を示し、聖羅の肢体を視姦した。
「ありがとうございます。失礼します」
「オッホホホホホ! さすが安中さん、お優しさは育ちの良さの証明ね!」
「アッハハハハハ! 度量の広さ、女心を察する心、これぞ男の中の男!」
(確信した。あの女は……俺に惚れている。何としても物にして見せる)
聡一郎は足早に縁側へ向かう聖羅の尻を視姦しつつ、心中舌なめずりした。

――――――――――

聖羅は震える足で板間に立ち、殆ど息が上がり、霞んで焦点の合わない目でスマホの画面を睨みつけた。電話はまだ鳴っていた。鳴り続けていた。
一つ、二つ、三つ。深呼吸して意を決して、生唾を呑んで通話をフリック。
「……もしもし。誰なの」
返答は無い。電話の向こうで、沈黙が長く続いた。
(まさかただの無言電話? 期待して損した)
そこまで考え、聖羅は自分が何を『期待』していたのか、ふと我に返った。
「ハァ……用が無いなら、もう切るわね」
「――久しぶりだな、百目鬼聖羅。話すこたぁ二度とねえと思ってたが」
鼓膜に焼け付いた、澱んで掠れた声が不意に聞こえ、心臓が高鳴った。
「……あんた誰なの? どうして私の番号知ってたの?」
「――名乗るほどのモンじゃねえ。お前の番号を知ってたのは、消し忘れただけだから気にするな。いいか、それより時間がねえ。この電話は警告だ」
「警告? どういう意味?」
「――いいから聞け。落ち着いて聞け。お前の身の安全に関する重大事だ。いいか、少し前に例の殺人ウィルス、お前の身体の中に潜んでいたヤツ……そのウィルスを含んだ血液サンプルが、何者かに強奪されたらしい」
「その情報が本当だったとして、今の私に何か関係あるとでも?」
「――関係があるかだって? 大有りだッ! ……悪ぃ、つい大声が出た。お前の身体には殺人ウィルスの抗体が出来てる。お前自身の望む望まざるに関わらず、お前の身体は実験に最適なんだ。狙われてもおかしくない」
「狙われるって、誰に?」
「――カレイドケミカルの残党だ。分裂、買収後の後継企業。そう、例えば美麗化学、明日香エンジニアリング、或いは……アテナ薬品とかだ!」


聖羅はアテナ薬品の単語を聞いた瞬間、ハッと息を呑んだ。
「――心当たりがあるって反応だな?」
「仮にその情報が真実だったとして、あんたは私にどうしろって言うの? 私は私の人生を生きるのに必死で忙しいの。あんたには関係ないでしょ」
「――気を付けろ。白馬の王子様が二度現れるとは限らねえからな」
「何が白馬の王子様よ、ブサイクなオッサンの癖して……人の心にずかずか土足で上がり込んで、偉そうに指図して! これだから男ってヤツは!」
「――男には時として、言った相手に恨まれてでも、言わなきゃならん事があるのさ。二度と会わないことを願うぜ。幸せに暮らせよ、じゃあな」
『名も知らぬ男』はかけてきた時のように突然に、一方的に電話を切った。聖羅は力強くスマホを握りしめ、梅の老木とウグイスを睨んだ。
若い雄鳥は今度こそ麗しい鳴き声を放ち、梅の木の枝を飛び立った。

――――――――――

聖羅はスマホを懐に仕舞って溜め息をつき、不意に何もかもが馬鹿馬鹿しく思えて苦笑した。踵を返すと、愛想笑いを止めて大股で個室に戻る。
余裕の態度を崩さず、聖羅の両親と懇談する聡一郎の背後で、戻った聖羅の雰囲気が変わったことを敏感に察した、聡一郎の両親が顔を見合わせた。
電話を境に聖羅の中で気持ちが切り替わり、緊張が解けて、周りの事を見る余裕が出て来た。着物に踊る鯉の滝登りの絵柄も、今では好ましく思える。


「お芝居は止めにしましょう、安中さん。安中惣一郎さん」
「これは嬉しいな聖羅さん。とうとう僕のことを名前で呼んでくれた!」
聖羅はおもむろに頭へ手を伸ばすと、後頭部で結い上げた髪を解かんと簪を引き抜くが、髪型が少し崩れただけで結髪が解ける気配は無かった。
「ちょっと聖羅、何してるの!?」
「止めなさい聖羅、安中さんに失礼だろう!」
「アッアッアッ聖羅さん、そんな過激過ぎますよ! そんな焦らなくても、まだ日は高いではありませんか! 僕にも心の準備というものが!」
「安中惣一郎さんがお勤めでいらっしゃる『アテナ薬品』ですけれど」
「そういうことは順序を踏んで――は、ハイッ!?」
聖羅は簪を畳みに放り出し、腕組みし仁王立ちして聡一郎を見下ろした。
「あの『カレイドケミカル』の製薬部門を吸収合併した会社だそうね」
ざわ……。聖羅の両親が狼狽して腰を浮かせかけ、聡一郎の両親がしんねり押し黙ったままアインコンタクトし、聡一郎が口を半開きで眉尻を上げた。
「貴方もご存知の通り、私はそう遠くない昔に、カレイドケミカルの連中に攫われたわ。実験体にされるため。そんな私にアテナ薬品の人が縁談なんて過去の悪事の贖罪の積もり? もしくは……腹に一物あるのかしら?」


「聖羅ッ!? あなた、何言ってるのッ!?」
「そうだぞ聖羅ッ! 言っていいことと悪いことがあるだろうッ!」
「お父さんとお母さんは黙ってて! これは私の人生に関わることよ!」
聖羅がピシャリと断言すると、聡一郎は意外そうに表情を緩ませた。
「ハハッ……フハハハッ……フッハハハハハハハハハ!」
そして、彼は笑った。眼鏡を右手で押さえ、大きく体を逸らして哄笑した。
次に彼が向き直った時、カールツァイスのレンズの下の双眸は酷薄な眼光を放ち、善良な一般市民の風貌を取り繕うことを最早しなかった。
これがこの男の本性だ。聖羅は確信した。
彼女はその目に見覚えがあった。しかし網膜に焼き付いた不屈の眼差しと、目の前の男の下種な眼光は、魂に訴える崇高さの点で甚だ格差があった。


「考え過ぎではありませんか、聖羅さぁん……どうか、そんな悲しいことを言わないで下さいよぉ。僕なら貴方を幸せにできます。貴方の未来を!」
「私の未来、じゃなくて安中惣一郎さん、貴方の未来じゃなくて?」
「まぁそうとも言いますね。僕と貴方、二人三脚で歩むこれからの世界!」
「悪いけどお断りよ! 私も危うく雰囲気に呑まれるとこだったけど」
「聖羅ッ、いきなり何をッ!?」
「聖羅、もういい加減にしろッ!」
いきりたつ聖羅の両親を、聡一郎が片手を上げて制した。
「急にどうしたんです。何が仰りたいのか僕にはサッパリですね」
「今しがた、友人から『警告』があったわ。殺人ウィルスの血液サンプルが誰かに奪われた、ってね。知っての通り、私の身体は殺人ウィルスの抗体があるから、カレイドの関連企業に何か動きがあったら気を付けろ……と」
聖羅の両親が、聡一郎の『両親』が、そして聡一郎が、聖羅を見つめた。
静寂。誰も何も言わず、誰しも微動だにせず、緊張の息遣いが微かに響く。
「それは誤解ですよ、聖羅さん。目を覚ましてください。一体、誰がそんな世迷い事を貴方に噴き込んだのですか? 先程の電話の相手ですか?」
「答えて頂戴! 安中惣一郎さん、貴方は一体誰の思惑で動いているの?」
聖羅が誤魔化しを許さぬ強い語気で詰問すると、聡一郎の眼鏡が光った。


「フッ……フックク……クハッハッハハハ! 私は私の思惑、私自身の欲望、ただそれのみによって動いている! 他の何者の指図も受けてはいない! 百目鬼聖羅、お前も私の所有物となるのだ! 悪いようにはしないぞ!」
「や、安中さん突然何を仰るんですの!? 娘を所有物だなんてそんな!」
「せせせ聖羅、お前が変なことを言うからだ! 安中さんに謝りなさい!」
本性を現した聡一郎の豹変ぶりに、聖羅の両親は動揺を隠せなかった。
「だからお断りだって言ってるのよ。悪いけど、今日のお見合いはご破算にさせてもらうわ。余りしつこくするなら、警察を呼ぶわよ」
そう言って聖羅が再びスマホを取り出すと、聡一郎がパチンと指を弾いた。彼の背後に立っていた『両親』が、懐に手を入れて素早く立ち上がった。
「クッハハハハ! そこまで言われてしまっては仕方がない!」
グロック 26拳銃のサイレンサーの銃口が、聖羅の両親に向けられていた。
「この機会を逃してなるものか、警察などの好きにさせるものか!」
聡一郎の背面の障子が開き、続き部屋から白スーツの傭兵が歩み出る!
彼らはサイレンサーや光学サイトを装備した、300BLK口径の短縮型AR15……ダニエルディフェンス DDM4 PDWを構え、聖羅と彼女の両親を包囲した。
傭兵の胸には、荒波とグリズリーを模した、コディアック警備保障の徽章!
CIA関連企業のPMSC(民間軍事会社)、米軍退役者で構成された傭兵だ!
「愚かな女め! 黙って従えば穏便に事が済んだものを、万が一の保険まで使わせるとはな! 女! 感情的な生物! これだから女は嫌いなのだ!」
聡一郎は聖羅に歩み寄って、片手のスマホを力づくで毟り取った。
「さあ、我々と一緒に来るか、親の顔が吹き飛ぶところを見るか、選択肢は2つに1つだ百目鬼聖羅! 私はどちらでも構わないよ、クッハハハハ!」

――――――――――

埋立地の官庁街。中心部に聳え立つ南海ビル、13階の突き当りのオフィス。
人材派遣会社『椛谷(カバヤ)ソーシャル・コミュニケーションズ』。
.30口径AP弾対応の重厚な防弾扉を越えた先に、小ぢんまりとした事務所。
「公安警察エージェントからの、非公式の依頼だと?」
社長の杉元六合雄(スギモト・クニオ)が、スーツ姿の巨体で肘掛け椅子を鳴らし、ゴリラめいた顔をしかつめらしくして問うた。彼の机の周りには、山田を初め、非常招集に呼応した『派遣社員』たちが集まっている。
杉元の隣に立つ、ロングヘアーの眼鏡秘書・雨宮純(アマミヤ・ジュン)が頷き、天井から吊り下げたスクリーンにPC画像をプロジェクタ投影した。


「山田が持ち帰った、公安を名乗る男の報告書によりますと、某製薬会社の研究施設に所属不明の武装集団が押し入り、警備員や研究員を多数殺害した上で、厳重隔離された最重要区画よりサンプルを強奪したとのことです」
「サンプル? 何のサンプルだ? 新薬の製造原料か何かか?」
杉元は生ライムの皮を剥きながら笑い、雨宮の説明を茶化して問うた。
「いえ。報告によれば、BC兵器の製造原料……具体的には、殺人ウィルスに感染した死者から摘出した血液を元に培養した、ウィルス活性体とのこと」
彫像めいた表情の雨宮、その淡々とした説明にどよめきが漏れる。
対面する社員、ポニーテールの若い女性・野村弓弦(ノムラ・ユヅル)や、年季入りの壮年男性・長谷川兵造(ハセガワ・ヒョウゾウ)などは、露骨に顔を顰めた。短髪の長身女性・左近司つかさ(サコンジ・ツカサ)が、顎に手を添えて指でトントンと叩き、暫く思案した末に口を開く。
「で、強奪犯を強襲して、その危険物を奪い返せと言うのか? 我々が?」
「卜部は調査と言いました。調査では済まないだろう、とも言いましたが」
プロジェクタ画像を無表情に見上げ、山田の放った言葉に視線が集まる。
「山田、ふざけてるのか! 元はと言えばお前が持ち帰った案件だろう!」
語気を荒げて山田に詰め寄る左近司を、杉元が大きな手を開いて制した。


杉元は皮を剥いたライムを掌で弄ぶと、一個丸ごと口に放って咀嚼する。
「襲撃犯の目星はついているのか。連中のバックについているのは誰だ?」
「詳細は不明ですが、気になる情報が。アテナ薬品、元カレイドケミカルの製薬部門を吸収合併した企業に、近頃グループ再編の動きが見られるとか」
雨宮がリモコンを操作すると、プロジェクタ画像上に相関図が現れた。
生物兵器製造疑惑で壊滅したカレイドケミカル、その中の一部門を買収したアテナ薬品と、業務提携が噂されている米国製薬企業・サルート。相関図はサルートを保有する巨大多国籍企業、ラブクラフト・ユニオンへと繋がる。
「ハァーすっごい。入り乱れ過ぎて何が何だかわーけわからん」
野村が正直な感想を述べると、長谷川は溜め息交じりで肩を竦めた。
「端的に言えば米国だ。サルート、その親会社のラブクラフト・ユニオンは国境を越えて活動する関係上、米軍やCIAとも関係が深いとされている」
杉元がもう一つのライムを手に取り、皮を剥きながら説明を補足した。
「カレイドの遺物を、企業合併で自国に吸い上げようとしている……?」
「バックに国がついているから、どの勢力も表立って動けない、と」
左近司の推測に山田が言葉を続けると、杉元は不愉快そうに鼻を鳴らした。
「すると、敵は米国だけではないな。情報を嗅ぎつけた第三国も漁夫の利を狙って、遅かれ早かれ介入を試みるに違いない。これは荒れるぞ」
嵐の前触れだな、杉元がそう嘯くと、一同は何も言えずに沈黙した。


難しい顔でプロジェクタ画像を眺めていた野村が、吹っ切れたような表情で両手を頭の後ろに組み、気怠そうに大きな欠伸をこぼした。
「どーでもいいですけど、取り敢えず誰よりも早くブツを押さえちゃえば、それでぜーんぶ丸く収まる、そういうことじゃないんですか?」
「野村ぁお前な、言ってることは間違っちゃいねえが」
「間違ってないなら何ですか」
「だから、言うは易し行うは難しだって言ってるんだろ、俺は!」
「頭は固しの間違いじゃないの? 一々難しいことば使うなよ、ジジイ」
「年長者に対して何だその言葉遣いは、このガキ!」
「あーもう野村! 長谷川! お前たちも一々喧嘩するな!」
互いに睨み合う野村と長谷川に、左近司が大手を振るって声を張った。
「マズいですよ、社長。明らかにリターンに対してリスクが見合ってない。私たちは代理戦争の駒ですか? 失敗したらどう責任を取るお積もりで?」
「リスクに対してリターンが見合っていないかどうかは、まだわからん」
杉元が左近司に意味深な言葉を返した時、山田の懐で着信音が鳴った。
「失礼します。……はい山田。……ああ、ああ、ああ……ちょっと待て」
山田はブラックベリーで卜部と何度か話すと、電話を杉元に差し出した。

――――――――――

コディアック警備保障の白傭兵たちが、聖羅と彼女の両親、3人を後ろ手にタイラップで縛り、ライフルの銃口を向けながて立つよう促した。
「では、我々と一緒に来てもらいましょうか。百目鬼さん」
邪悪な笑みで命ずる聡一郎に、聖羅の父母は激しく動揺して抵抗した。
「な、ななな何だお前たちッ!? 私たちが何をしたッ!? こんなことが許されると思っているのか! 娘を一体どうする積もりなんだッ!?」
「些か不本意ながら、貴方がたは人質として拘束させていただく。娘さんが我々への協力を拒んで逃走しないようにね。全く手間のかかることだ」
「誰かーッ! 誰か助けてェーッ! ……オゴッ!?」
「さ、幸恵ーッ!?」
「お母さんッ!?」
激しく暴れて喚いた聖羅の母が、ストックで頭を殴られて昏倒。聖羅の父が暴れようとすると、眼前に数本の銃口を突き出され、大人しくさせられた。
「フン、やはり女だ。諦めが悪い、往生際が悪い。早く連れて行け!」
白傭兵たちは聖羅たちと聡一郎を伴い、料亭の裏口へと向かった。裏口には恐ろしく巨大なフルサイズバン、白いシボレー・エクスプレスが停められ、車体右と後部ドアを開いて人々を積み込むと、急アクセルで発進した。

――――――――――

「第一種警戒態勢だ。ライフルの仕様を許可する。ライフル同士の銃撃戦が予想される。防弾装備はくれぐれも怠らず、被弾に備えろ。総員、突入時はガスマスク着用、万一の生物兵器漏洩に備えよ。当『事業』に関して警察の介入は無い、現場で遭遇する武装勢力は、発見次第即時殺害を許可する!」
「了解」
「りょーうかいッ」
「はいッ!」
「ハァ……了解」
杉元の下令に従い、山田ら『派遣社員』たちは濃紺の『作業服』に着替えて出撃の準備を整えた。使う武器は口径7.62mm×39、旧チェコスロヴァキア製Vz-58ライフル。FABディフェンスの改修部品を装着した近代化モデルだ。
「うっわー、スッゲー」
野村はリコイルダンパー内臓のAR15風伸縮ストックを肩付けし、300mmに銃身を切り詰めたライフルを構え、ドットサイトを覗いて歓声を上げた。
「撃ちまくるなよ、野村。そいつはじゃじゃ馬だ、お前のようにな!」
「ハァーッ? まだ言ってんすか。いつもいつも一言多いんすよジジイ!」
「まさか私も出ることになるとはな、貧乏くじだ。高橋はどこに行った?」
「彼は生憎、腹痛をこじらせて入院中だそうで」
山田は淡々と話しつつ、ボルトを後退させて銃の上半分を開放し、延長型のボルトストップを人差し指で押し、ボルトを前進させて作動を確認した。
「皆さん、時間がありません。準備が完了次第、一刻も早く出撃を!」
「エッ……エーッ、ウソッ!? 雨宮さんも出るんすか、マジで!?」
「大マジです。人手が足りない以上、仕方ありません。何か問題でも?」

――――――――――

「連中のアジトは、共栄町の『米欧トレーディング第1倉庫』。衛星写真で確認した限り、強奪犯の車はまだそこから動いていないわ、今のところ」
「しかし連中、ブツをなぜ安全な本丸までさっさと運びやがらねえ?」
「私に聞かれても。カレイドケミカルの時みたいな襲撃を恐れているのか、足がつかないように車を乗り返るのか。ともかく、今が絶好のチャンスよ」
「やれやれ、また世界救っちまうのかねぇ、俺。上手く行ったら……」
「上手く行ったら、何?」
「やーめた。どうせ抱かせろつっても抱かれないもんね、黒川さんは」
「本気で好きなんだったら、考えなくもなくってよ……って、電話?」
「ああ。女に電話だ。真っ直ぐな性格でいーい女さ。おパンツはまっ金々、お腹ん中はまっくろくろすけの黒川さんと違ってネェ~」
「下着の色は関係ないでしょッ! フン、今生の別れでも言うつもり?」
「今生の別れを言うのは二度目だよ――久しぶりだな、百目鬼聖羅」


銀の矢のように早く、湾岸道路を駆ける車は、ボルボ・S60 ポールスター。直列6気筒3000ccターボエンジンが唸り、法定速度を遥かに超過する速度で車を走らせ続ける。前方に車列。運転席に座る不破は唇を舐め、アクセルを放してブレーキングすると、走行車線と追い越し車線の間隙を巧みに縫って列の先頭へと這い出る。シフトダウンしてすかさずアクセル、再加速。
遮る者の無くなった道路に排気音が轟き、ポールスターは鞭打たれた奔馬が如く底力で加速し続けた。4速、5速、6速にシフトアップしまだ加速する。
工場や倉庫の立ち並ぶ一体。コンクリート塀で囲われ目隠しされた敷地に、資材倉庫や飼料サイロなどの、無機質な巨大建築物が立ち並ぶ。
銀色のポールスターは、カーナビが示した地点、防波堤とコンクリート塀に挟まれた、何の変哲も無い工場地帯の一角で減速し、4輪を停めた。
銘板には『米欧トレーディング第1倉庫』の文字。敷地周囲は塀で囲われ、唯一の開口部である鉄格子の門は閉ざされ、中からは物音一つ聞こえない。
不破は助手席に転がした相棒、SAN SG553Rライフルを手に取ると、淡々と戦闘準備にかかった。折り畳みストックを起こし、マガジンの弾を確認して初弾を装填、銃身下の追加型ランチャーに40mmグレネードを装填すると、最後にドットサイトの蓋を外し、光点の点灯を確かめて車を降りた。
不破は口笛を吹きながら鉄格子の門に歩み寄り、閂に南京錠で施錠されて、開かない音を確認すると、弁当箱めいたC4爆薬を門の中央に貼りつけた。
「魔ぁ女ぉ~のパァ~ンツは金色パ~ンツ、男ぉが穿ぁいたらチ○チ○が~食~い千ぃ~切られるぞぉ……キ○タ○もぉ~……う~ん、字余り」
不破は即席の歌を歌いながら、安全距離まで下がり……リモコンを押した。



【EVIL BELIEVERS 終わり】
【次回に……続く?】

From: slaughtercult
THANK YOU FOR YOUR READING!
SEE YOU NEXT TIME!

【1話:FUWA meets YAMADA the Killer】

【2話:FUWA never knows YAMADA the Killer】

【3話:EVIL BELIEVERS】☜ Now Section.

【4話:MATE. FEED. KILL. REPEAT.】

【5話:FUWA vs. YAMADA the Killer】

【6話:TEA FOR TWO】

【7話:FUNKY BUSINESS】

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