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剣士ニールと鍵師ヨランダ

暗闇の中で、華奢な体格の何者かが尻を揺らした。
「ほほぅ、これは一見して単純な構造の針筒式魔導錠……」
夜。都市郊外の邸宅。塀で覆われた敷地内。
尖頭めいて聳える屋敷の裏側。勝手口の前で灯る明かり。
「と言いたいところだが、違うんだなァこれが。頭文字の透かし彫りだ」
両のもみあげから垂れた2つの三つ編み。その先端が光り、手元を照らす。
扉に備えられた、時計めいた機構『錠盤』の表面に、隠し文字が光った。
「ブレゲの作品か、こいつは手強いぞ。針の数はどうだ」
鍵師・ヨランダは呟き、錠盤の穴に細い金属棒を挿し入れ、慎重に探る。
「24……25……26。数え間違いでなければ、6方向に26本」
ヨランダの背後には、外套姿の男・ニールが佇み、作業を見守っている。
「間違いなく特注品だ。これほど複雑な錠盤、噂にも聞いたことがない」
「……開けられそうか?」
ニールが問う。背後の気配に、外套の下に佩いた刀の篭柄を握りながら。
「ボクを誰だと思ってるんだい? この街一番の鍵師・ヨランダ様だよ!」
ヨランダは大口を叩きつつも、錠盤を覗く顔には冷や汗が浮かんでいる。
ニールは音も無く抜刀した。闇のように黒い直刀が、どす黒い瘴気を放つ。
「ていうかさ、オニーサン。さっきからじろじろ見てるでしょ?」
闇の中、庭に生い茂る雑草を踏みしだき、双頭の魔犬が2人に迫る!
「ボクのお尻。あ~ヤダヤダ、気が散るんだけど……チラッ」
ヨランダが手を停め、額の汗を拭いながら後ろを振り向く。
「「ギャース!」」
ニールは闇の中で篭手の直刀を振るい、双頭の魔犬を切り伏せていた。
「……続けろ。背後は俺が守っているから、気にするな」
闇の中に黒い瘴気が迸ると、魔犬は一滴の血も流さず、縦に2分割された。
「呪いの刃『無血刀』ね。好事家に高値で売れそうだけど」
ヨランダは少しむくれたような顔で、錠盤に向き直って作業を再開する。
「ま、盗賊の残党を殺ってくれたことは感謝してるよ」

【続く】

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