見出し画像

ギターケーブルとキャパシタンス

 エリクサー(ELIXIR)ときけば、私(45歳)より若い世代はギター弦のブランドとすぐに分かるだろう。ゴアテックス被膜による長寿命の金属弦を世に問うたのも気づけば20年近く前、今ではずいぶんと普及したものだ。

 そのエリクサーだが、かつてギターケーブルを販売していたことを覚えている人となると、おそらくグッと減るに違いない。

画像1

 

 わずか2年足らずで市場から姿を消してしまいついぞ復活することがないこのギターケーブル、私は勤務先の楽器店で実物を手にすることができたし、若い後輩を捕まえて他社製品との比較を兼ねたサウンドチェックを行ったのを覚えている。

 トムアンダーソンをメイン機に据える後輩はいたくこのケーブル、特に素直で伸びやかな特性を気に入り、すぐに数本を買いそろえていた。

 私といえば、そのタイトな音像に好感を持ったものの、線材が固く重いのが気に入らなかった。それに、エレアコを繋ぎ、内蔵アクティヴイコライザをブーストしたときの音のくすみや潰れが気になっていた。


 それから1年もしないうちに私が見つけ、ことのほか気に入ったケーブルがあった。

 何を隠そうそれはプロコ(ProCo)、そう、歪みエフェクトペダルのラット(Rat)シリーズで知られるあのプロコの製品だった。

画像2

 その名もサー・ツイード

  当時の新品のパッケージは

ダウンロード

こうだった。記憶があやふやだが、3メートルで諭吉一名足らずだったはずだ。

 どこをどう眺めても高級品には見えないし、すでにモンスターケーブル(Monster Cable)が切り拓き、多くの製品が投入されていたプレミアムケーブル市場では大して注目もされなかった。

 線材のジャケット(外装)の、妙に悪目立ちする黄色のナイロンを見た同僚達に「昭和の電気ごたつの線みたい」「こたつケーブル」などとからかわれながらも、このケーブルを数年にわたって使い続けた。


 楽器屋店員だった私のケーブルの使い方、それはとりもなおさず楽器本体の動作/接続の確認である。

 ジャックにケーブルを差した状態でプラグを持ってグリグリと回し、接触不良のノイズが発生しなければ今度はプラグから数センチ離れた線を持って同様にグリグリと振り回して接触を確認する、そのような手荒い扱いに耐えられるケーブルでなければ、とてもではないが中古楽器店の商品の状態確認に使えなかった。サー・ツイードは線材が丈夫だったので内部の断線やジャケットの断裂とは無縁でいられた。

 また、ジャックが当時まだ流通の多かったG&H社製の、かなり肉厚で丈夫なものを採用していた。今思えばなかなか質実剛健であった。

 このサー・ツイードは楽器屋を辞める前年に知人に譲ってしまい、それと前後して生産が完了してしまったので二度と手にできなかった。残念ではあるが、かといって時間とカネをかけてあちこち探し回るような聖遺物ではないとも思う。ただ、このケーブルのことを全く知らずに入手したミュージシャンがその音質に驚いているのをブログやSNSなどで見かけることがあり、そのたびに懐かしさで頬が緩む。



 あれから10年ほど経ち、今も中古楽器関連の仕事に就いている私が毎日のように使うケーブルはMXRのプロ・ウーヴェンことDCIWである。

画像4

メーカーHP

 かつてプレミアム系ケーブルを使用したことがあるミュージシャンにとって、このDCIWは実に平凡である。音の太さ、反応の速さ、輪郭の際立った音像、かつてのハイスペックなケーブル達が備えていた特性をこのDCIWに見出すことなど出来ないはずだ。


 だが、エレキギターであれば足元のペダル類をバイパスしてアンプに直繋ぎし、エレアコであればDIに繋いだ音を可能なかぎり大きな音でモニタースピーカーで鳴らしてもらい、実際にステージで鳴らすのと同じぐらいの音量を鳴らしてみてほしい。それまでの小さな音量では気づかなかった、高音弦のナチュラルで耳あたりの良いタッチ、低音が膨らみすぎず、かといって細くならない安定感が聴きとれるだろう。

 そして、ここが重要なのだが、エレキギターであればブースター系ペダルとギター、アンプのみを繋ぎ、コードストロークを繰り返しながらブーストを上げてみてほしい。特定の音域、特に中音域が割れたり潰れたりせず、6本全部の弦が振動しているのが音に現れるはずだ。

 エレアコであれば内蔵のイコライザーをブーストしていったときに、巻き弦のアタックが濁らずはっきりとした音像に変化する。さらにはサステインにナチュラルさが感じされるだろう。


 この違いはケーブル、正確には線材のキャパシタンスに起因する。

 ギターケーブルの構造は複数あるが、基本的には線材の中心を通る芯線をホット(プラス)側に、その外側の網状のシールド線をグラウンド(マイナス)に繋ぐことでノイズの混入を防いでいる。

画像5

  問題は線材の中の、ホットとグラウンドの間に絶縁体としてのプラスティックやポリマー樹脂などが存在することで、平たく言えば

画像6

みんな大好き、あのトーン回路に使うキャパシタ(コンデンサ)と同じ影響を電気信号に与えてしまう。

 つまり、望むと望まないにかかわらず常にエレクトリックギターにおけるトーン回路、パッシヴ・ハイカットトーンがかかっているのに近い状態が生まれているのである。


 エレクトリックのギタリストの多くはあれだけトーンキャパシタに散財するくせに、ギターから先のケーブルのキャパシタンスにはとんと無頓着なのだから、神様がいるとしたら本当に意地が悪いものだ。私はギターのトーンキャパシタの交換による音質改善・変化というものを全くあてにしていないのだが、これは別の機会に詳しく。

 

 ケーブルによる音質の、予想しづらいほうへの変化を防ぐにはこのキャパシタンスが低い線材を用いたケーブルを選ぶべきなのだが、困ったことにギターケーブルのカタログデータを調べてみてもキャパシタンスを明記している製品はごく少ない。ミュージシャンがそれだけ無関心であることの証しと言われればそれまでなのだが…

 ただ、このギターケーブルのキャパシタンスという要素を考慮したうえでケーブルを選ぶのと、何の注意も払わずに手近にあるもので済ますのとでは最終的にアンプやPAから出てくる音におのずと差が出てくる。まして自宅PCによるパーソナルな録音環境も一般的になりつつある現在、どこをどうやっても納得のいかない「ヌケの悪い」サウンドにしかならないというのは非常にストレスがたまるはずだ。



 たかがケーブル、されどケーブル。電気信号を伝達してくれるものが無ければギターの音は鳴らないという事実、それとキャパシタンスの存在を念頭においておけばギターケーブル探しは、多少手間ではあっても結果的には実りのあるものになる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?