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Jeff Beck Stratocaster 最初期モデルから見えてくるもの

 ジェフ・ベックの逝去が伝えられ、追悼の声が多く上がるのを見るにつれてその偉大さを改めて思い知らされる。
 2020年の同じ1月にはニール・ピアート(RUSH)の訃報が伝えられ、その後長くロスを引きずった苦い思い出があるのだが、ベック「ロス」もまた私にとって辛いものになりそうだ。

 彼がどれほど多くのギタリストにどれだけ多くの衝撃を与えてきたかは今後もさらに語られるだろうから、今回は元楽器屋店員としてフェンダー(FENDER)社のジェフ・ベック・ストラトキャスターの最初期型について書けるだけ書いてみようと思う。



 フェンダーよりジェフ・ベックのシグニチュアモデルのストラトキャスター(以下JBST)がリリースされたのは1990年頃とされる。
 その時点でのベックの最新スタジオ・オリジナルアルバムは”Jeff Beck's Guitar Shop with Terry Bozio and Tony Hymas”、通称”ギターショップ”だった。

 ディスコグラフィにおけるそのひとつ前のアルバムが1985年リリースの”FLASH”だったのだが、この時点でのベックのメインギターはジャクソン(JACKSON)だった。

ティナ・ターナーとの共演時にボディに彫り込まれた文字より”Tina”の通称で知られるソロイストだが、この個体にはカーラー(ケイラーとも、Kahler)のヴィブラートユニットが搭載されていた。
 このカーラー、ベックには使いづらいものだったらしく、
〇音が柔らかすぎてふわふわしている
〇強く弾くとブリッジ周辺に弦の振動を感じるし、音があちこちに散らばってしまう

と辛口の評価を下した。
 
 ”Tina”の次にベックは同じソロイストの、今度はピックアップレイアウトが異なり、ピックガードが装着された、さらにブリッジにフロイドローズ(Floyd Rose)を搭載した個体を手にする。

このギターを彼はそれなりに気に入ったらしく、”FLASH”のレコーディングにも起用した。このギターでしか出ない音が有る、と語っており、彼なりにこのソロイストに可能性を見出していたものと思われる。
 アルバムのなかの”Ambitious”のプロモーションヴィデオ(PV)ではこのソロイストを手にしている。

 とはいえ、同じアルバムからシングルカットされた”People Get Ready”がヒットとなり、そのPVでベックが手にするテレキャスターの印象が強くなったことでこのソロイストは影が薄くなってしまったのが少々気の毒ではある。



 シグニチュアモデルの製作はフェンダー社のほうからベックにオファーしたそうだが、当初ベックは
フェラーリみたいな完璧なギターに自分からインプットできるものなんてあるのかな
と首を傾げたらしい。
 そのベックがオファーに応じ、最終的にJBSTが製品としてリリースされる運びとなったのは、やはり時代背景もあると思う。

 あまり知られていないが、80年代初頭にアイバニーズ(Ibanez)を展開する星野楽器がベックに熱烈なオファーを送ったことがあるという。
 この時期の来日公演でアンコール時にアイバニーズの、おそらくプロトタイプと思われるギターをプレイしたそうだが、結局アイバニーズ製ジェフ・ベック・シグニチュアモデルは実現しなかった。

 アイバニーズにしても、先に名の出たジャクソンにしてもギターカンパニーのトップランナーであり、その開発能力をもってしてもベックの要求に応えられなかったのが不思議ではあるが、おそらくベックは当時の流行であるスーパーストラト系では鳴らせない、フェンダーのストラトキャスター(以下ST)でしか出せないギターサウンドへの強い渇望があったのではないか。

 その若々しさ、「枯れなさ」がいつも話題になるベックだが、80年代末の時点ですでに20年以上のレコーディングキャリアがあった。
 また、ヴィンテージギターなる概念が浸透するよりも前の70年代から彼は折に触れてフェンダーの、栄光の50~60年代のギターを手にしてきたのである。ことギターの総合的な「鳴り」に対するベックの要求が低いはずがないのだ。


 一方のフェンダーは80年代初頭にコロムビア・ブロードキャスティング・システム(CBS)を離れ、再びギターカンパニーとして独立する道を選ぶ。
 海外製の安価なギターの攻勢もあり、メイドインUSAの高品位な製品に活路を見出したフェンダーはかねてより需要が高まっていたオールドギターの復刻モデルをリイシュー(reissue)の名で展開する。
 並行して、1986年にはアメリカン・スタンダード(以下AMSTD)という新シリーズをスタートさせる。
 これは80年代初頭のCBS時代に展開されたエリートやウォルナット・エリート、ザ・ストラト等、新規のハードウェアを投入したモダンスペック系モデルを統合するという意味合いもあったようだ。
 
 

 結果としてJBSTはCBS流の大量生産から離れた品質本位のギター製造と、AMSTDに採用され有効性が実証されたデザインやハードウェアを融合させたものとなった。

最初期モデル

 AMSTDや、それ以前のモダンスペック系モデルからJBSTに採り入れられた要素は多い。

〇シュパーゼル製ロック式マシンヘッド&ウィルキンソン製ローラーナット

 〇コンタード・ネック・ヒール(ヒールレスジョイント)

〇デュアル・シングルコイル・ピックアップ&コイルスプリットスイッチ

〇9.5”ラディアス・22フレット指板

〇2点支持式シンクロナイズド・トレモロ・ブリッジ



 これらに加え、JBSTの実現に大きく寄与したスペックはもう三つあると私は考える。

 ひとつはレイスセンサー、正確にはそれと組み合わされるTBXコントロールだ。

 電池駆動プリアンプ併用のいわゆるアクティヴピックアップを別にすれば、80年代末の時点でここまでのクラリティとヴィヴィッドな反応を実現していたピックアップはほとんど存在していなかった。
 そこに、通常のトーン回路とハイパスフィルター的な動作を兼ね備えたTBXを組み合わせ、突き抜けるような高音域を鳴らしきるエレクトロニクスが実現したのである。

 おりしもベックはフラットピックを用いず指で弦をはじフィンガーピッキングへ移行しているところだった。
 フラットピックに比べフィンガーピッキングはどうしても音の角が丸くなりがちである。レイスセンサー&TBX回路のシャープな音像はベックには魅力的だったに違いない。

 もうひとつは初期JBSTのトレードマークとなった極太のネックグリップだ。

英語圏でもbaseball batと形容されるくらいだから、このあまりにもファットなネック形状に驚くのは手の小さいアジア人だけではないようである。
 このネック、ベックの
グルっと握りこんだときに親指がやっと指板端にかかるくらいが好みだ
という要望をそのまま受けたものらしい。

 考えてみれば80年代末は度を越した速弾き、いわゆるシュレッドギターがもてはやされた頃でもあり、左手の早い運指を妨げないスリムで薄いネックグリップを多くのギターカンパニーが採り入れていた。
 その真逆のファットネックを採用することでJBSTは高い剛性を獲得し、弦振動をロスなく受け止めて鳴らす特性を獲得した。
 さらにいえばベックの強烈な左手のベンディングと、クイックかつ激しいヴィブラートブリッジの操作による弦振動の減衰を低減するという効果もあった。
 これによりJBSTは明瞭で反応が早く、かつ太い音がするSTという特異なキャラクターを確立したのである。

 みっつめはST純正ハードウェアであるシンクロナイズド・トレモロ・ブリッジ(以下シンクロ)である。
 レオ・フェンダーがシンクロを開発した当時、いわゆるアームダウン‐音程を下げるほうへの操作と、アームアップ‐上げるほうの比率は9:1に設定されていた。
 アップ側に1割を残していたのはアームダウンで音程がフラットしてしまう‐ぶら下がるほうに狂ってしまった際にアームアップで「引き上げる」ことで補正することを念頭においていたからだという。
 
 そのシンクロの改造を起源にもつフロイドローズのロック式ヴィブラートユニットが70年代に台頭すると、今度はフェンダーがFローズの特徴のひとつだったブリッジユニットの2点支持を採り入れる。
 これによりシンクロはさらにクイックな動作を実現したのだが、ベックはこれに弦をシャフト(軸)で咥えこんで固定してしまうロック式マシンヘッドと、摩擦係数を減らしチューニングの狂いを低減するローラーナットを組み合わせることで、左手のベンディングだけでなくシンクロの大胆な操作による強烈かつクイックな音程変化を実現した。
 さらに彼は2点支持シンクロの可能性を追求し、アームダウン:アップの比率を最大7:3まで設定するという奇手をとった。

これでだいたい8:2

 ヴィブラートブリッジによる大胆な音程変化といえばロック式ヴィブラートブリッジの代名詞であることを考えると、ベックのシンクロへの執着が奇妙に思えるかもしれない。
 しかし、ここで先のジャクソンの”Tina”に下したベックの評価を思い出してほしい。スムーズな動作と可動域の広さを備えたロック式ブリッジが、しかし、ギターサウンドに与える影響の面では自分に合わないことをベックは見切っていたのである。
 対して、シンプルかつ軽量であり、弦振動の伝達において他よりも優れているシンクロはベックにとって最も望ましいブリッジだったのだろう。
 
 ベックのシンクロについてはもうふたつ書き加えておきたい。

 ブリッジのサドル(saddle、駒)についてはメッキ処理の変更はあったが後年まで一貫してこの肉厚でスクエアな形状のものを使い続けた。
 これは弦高調整のイモネジが露出すると手に当たって痛いので、アタマが内側に埋もれた状態で使えるこのサドルを好んだとされる。
 この厚く重めなサドルはブリッジにおける弦の共振を抑え込む効果もある。右手のアタックの強弱の幅が大きく、またフィンガーピッキングによる繊細なトーンを重視したベックにとってはサウンドの面でも重要なファクターだったはずだ。

 先述のように7:3という尖った設定のシンクロだが、それを支えるスプリングは上限である5本がきっちりと仕込まれているそうだ。
 私も楽器屋店員時代にお客様の依頼で同様のセッティングをSTに施したことがあるが、左手だけではなく右手の、弦振動を能動的にコントロールする感覚が無いとどうにもならないような凄まじいものだった。
 無理してマネする必要はなく、トレモロのフローティング調整が自己責任で行える方のみ、お遊びのつもりでやってみるぐらいがいいだろう。
 
 

 これは推測であり、かつJBSTには直接の関係は無いのだが、ベックがフェンダー社のシグニチュア製造に乗ったきっかけのひとつにエリック・クラプトン・ストラトキャスターがあるのではないか。

 JBSTとは共通項も多いクラプトンSTだが、大きな違いは電池駆動のアクティヴ・ミッドブースターである。
 ミッドブースターを通すことでインピーダンスの低く、ノイズの影響を受けにくい信号に変換されるクラプトンSTに対しJBSTは増幅回路を持たないパッシヴである。

 手元での強力なブーストによる歪みのコントロールは出来ないかわりに、アクティヴ回路で失われがちなダイナミクスの変化や生々しいタッチを再生できるパッシヴをベックが選んだのは、歪みの質感や深さはアンプやエフェクトペダルで適宜調整すればよい、という割り切りがあるからではないだろうか。
 80年代初頭にはボス(BOSS)OD-1を、その数年後にはプロコ(PROCO)のラットを使用機材に加えていたこと、アンプは一貫してマーシャルの、廃番品ではなく現行モデル使い続けたことを考えれば、ベックが自身のSTに求めたものだけでなく、求めなかったものも見えてくるように思える。




 ジェフ・ベック・ストラトキャスターはクラプトンSTと並ぶロングセラーとなり、ベックの影響下にあるギタリストはもちろん、その高い表現能力と万能性に魅せられたギタリストからも選ばれるギターとなった。

 またベックとフェンダーのリレイションが途切れることはなく、JBSTもピックアップレイアウトやピックアップ、ネック形状等がアップデイトされていった。
 さらにいえばカスタムショップ製の限定モデルも折に触れてリリースされ、いずれも高値で売れていった。

 限定をうたう高額な商品が幾度も販売されることに批判する向きもあるようだが、多少のブランクを挟みつつも長くギタリストとして第一線に立ち続けたベックだからこそ受けられた賞賛があり、ベックが敬愛されてこそのシグニチュアモデルなのである。ベックとフェンダーの信頼関係の証ととらえておけばいいのだ。

 もっとも、ベック本人はギターの価値にあまり頓着しないことを公言していることもあり、本人の理解を超えた高額な限定モデルがリリースされた時には少々当惑気味な言葉を残していたのを思い出すたびに笑いがこみあげてしまうが…

2006年製 Jeff Beck Esquire Relic



 ベックのファンでもフォロワーでもないギタリストにとってシグニチュアモデルはその「名前」もあって手が出しづらいものだが、高い表現能力と、ストラトキャスターの限界に迫るかのようなスムーズな演奏感を求めるギタリストであれば手にする価値が十分にあるモデルだと思う。
 そもそも「名前」だけで中身の伴わないギターであればかのジェフ・ベックが選ぶはずがないのだ。

 ヘッド上面のサインをシグニチュア(署名)ではなくワランティ(保証)と思って、機会を見つけてジェフ・ベック・ストラトキャスターを弾いてみてほしい。

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