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MARSHALL 1962 Bluesbreakerを鳴らしてほしい

 少し前に飛び込んできたニュースに

 かのマーシャルMARSHALL)社が他の企業に買収されたというものがあった。

 楽器業界では一族経営は決して珍しいことではない。もう10年以上前だが、弦やアクセサリのサプライヤーのダダリオ(D'Addario)社の買収が楽器業界ではちょっとした話題になったことがある。

 創業者ジム・マーシャルが2012年に天に召されて10年以上経ち、この度の買収でマーシャルも新体制に移り変わることが予想されるが、何があっても生産を完了しないでほしいと思っているモデルが今回ご紹介する1962ブルーズブレイカーである。


 現在のマーシャルの”Vintage Reissue”ラインの製品のうち60~70年代の、いわゆるプレキシPlexi)期のモデルは1962の他に2245と1987Xがある。
 しかし、しばらく前までは出力100ワットの1959SLPがラインアップの最上位に君臨していたのである。それが気づけばあえなく生産完了、一方で80年代マーシャルの代名詞2203がリイシューの仲間入りしているのだから時の流れは無情なものだ…

 マーシャルの初期の製品にして60~70年代ロックの栄光を彩ったプレキシ期のサウンドだが、ではギタリストが自己所有の機材として活用できる最も有効な選択肢は?と訊ねられたら、私は迷うことなく1962ブルーズブレイカーの名を挙げる。これは楽器屋で働いていた頃から現在に至るまで全く変わらない。





 ジム・マーシャルがロンドンにある自身の楽器店で自社製品第1号となる電気楽器用アンプリファイアを製造したのは1962年とされているが、それから2年も経たない頃にジムの店を訪ねたひとりの若いギタリストは、小型ヴァンの後部に積んで移動できるぐらいの大きさのアンプの製作を依頼する。
 同じようなギタリストは当時のジムの店に数えきれないぐらい出入りしていたのだろうが、この若き俊英‐

 エリック・クラプトン(Eric Clapton)は当時加わっていたジョン・メイオールのバンド、ブルーズブレイカーズにおける卓越したギタープレイによりその名を広く知られることになる。
 メイオールに抜擢される前に加わっていたヤードバーズ(Yardbirds)ではヴォックスAC30にフェンダー・テレキャスターを繋いでいたクラプトンは1962にギブソンの1960年製レスポール・スタンダードを組み合わせ、大音量時のフィードバックを積極的にプレイに採り入れたことで同時期のギタリストを圧倒することとなった。
 
 クラプトンのこの時期のプレイとギターサウンドが評価されるにつれ、その一端を支えたマーシャル1962は「ブルーズブレイカー」の異名を与えられ、さらに後にマーシャル社が1962のリイシューに同じ名をつけたことでその名は不動のものとなった。

 
 その伝説の60年代1962だが、実際は細かな仕様変更を繰り返し、JTM45MKⅣや同50MKⅣの名を与えられたりしながら1972年まで製造されたとされる。

 これは1962だけでなくプレキシ期のマーシャル製品全般にいえることだが、エレクトリックギターおよびベースの兼用アンプとして設計されているモデルが存在する。
 
 ギターとベースのアンプは完全に別モノ、とされる現在とは異なり、ステージの上から客席に向かって、歪ませずに大音量を鳴らすアンプが求められた時代なのである。
 ましてマーシャルはフェンダー(FENDER)の製品をUKに輸入して販売していたこともあり、当時の電気楽器用アンプリファイアの最先端にして高額品の代名詞だったフェンダー製アンプの強い影響下にあった。
 
 そのような出自もあり、当時のマーシャルではエレクトリックギター専用のアンプには”LEAD”、ギター/ベース兼用モデルには”LEAD&BASS”の名を与えていた。

 では1962は、というと、”LEAD&BASS”モデルだったのである。

 さらにいえば現行1962ブルーズブレイカーが出力30ワットに対し、”オリジナル”1962は50ワットであった。 
 スピーカーは12インチが2発で、フェンダーではツインリヴァーブのアイコニックなスペックとして知られるレイアウトだが、マーシャルはこれに50ワット出力の回路を組み合わせ、ギター/ベース兼用アンプに仕立てたのである。

 70年代には100ワット出力の回路に12インチ4発のキャビネット、しかも2段積み‐スタックというセッティングを編み出して大音量化とハイゲイン化の先頭をひた走ることになるマーシャルだが、1962ではその少し手前‐ヘヴィデューティでラウド、それでいて回路のオーヴァードライヴ時に生み出される分厚く粘りのあるサウンドが知られることとなった。



 60~50年代のギターの再評価がヴィンテージギターのブームとなって楽器業界に浸透するにつれ、マーシャル社にも過去の製品の再生産を求める声が届く。

 それに応えるべく1989年、最初の1962ブルーズブレイカー(以下1962BB)が発売されるのだが、ここでマーシャルが「やらかして」しまったのをご存じの方はいらっしゃるだろうか。


 オリジナル1962ではパワーアンプ管にKT66を用いていた。

Gold Lion(復刻品)

この管はやや大ぶりなこともあってシャシー(電気回路)がかさばるため、オリジナル1962のキャビネットの奥行きは12インチあった。
 ところが1989年の時点ではKT66はほとんど用いられなくなり、

 1962BBにも5881を純正搭載することになった。
 その際、キャビネットの奥行きを9インチと決めてしまったため、オリジナルと1989年リイシューではキャビネットの容積に30%もの差が出来てしまった。

薄めのキャビネット


 アコースティックギターを例に出すまでもなく、スピーカーキャビネットの容積はサウンドに大きな影響を及ぼす。
 加えて出力も30ワットとされたため、オリジナルの50ワットと比べても大人しめのサウンドとなった。


 80年代から90年代にかけて、UKのみならず多くの国で電気製品の保安基準が見直されたこともあり、マーシャルは厳格化した基準をもクリアできるアンプを生み出すべく、ヴィンテージリイシューシリーズの製品も設計を見直し、マイナーチェンジを行う。
 こうして2002年に登場したのが現在も生産が続く、いわば第2期1962ブルーズブレイカーである。

 出力は30ワットのままだが、キャビネットのサイズが見直されたこと、回路部品の精度が向上したこともあって現在入手できるプレキシ期のリイシューものの中では今なお最良の一台である。



 改めて現行1962ブルーズブレイカーだが、スペックは以下のとおりである;

WATTAGE:30W
INPUTS:2 x 2
CONTROLS:PRESENCE, BASS, MIDDLE, TREBLE, VOLUME 1, VOLUME 2, SPEED, INTENSITY
Speakers:SIZE 2x12"
2xCELESTION T1221 GREENBACK
Valves:PRE AMP ValveS 2 x ECC83
POWER AMP ValveS 1 x ECC83 , 2 x 5881
UNIQUE Valve RECTIFIER 1xGZ34


 このうち、スペックに”UNIQUE”と表記されるGZ34という真空管と、それを用いる整流回路(rectifier)が1962BBのサウンドに大きく影響している。
 コンセントからの交流の電源を回路内で用いる直流に変換する整流回路だが、フェンダーでは50年代中盤までここに真空管を用いていた。
 以降はシリコンダイオードに取って代わられたが、マーシャルでは1962にも真空管整流を採用しており、その再生産の1962BBでもしっかりと継承している。

 真空管整流については上のメサ/ブギーのレクティファイアーについての記事をご参照いただければと思うが、30ワットという小さめの出力で、大音量時の音の割れ感や滲み、潰れが不随意に発生するサウンドはまさにオーガニックのひと言に尽きる。
 これにブースター系エフェクトペダルを上手く組み合わせれば音量の大小による歪みの質感の変化を得ることが出来る。チャンネル切替も無い、たった30ワットのアンプでここまで表情豊かなトーンが得られることに驚かされるギタリストは多いはずだ。

 
 もうひとつはセレッション社製ラウドスピーカー、グリーンバックのキャラクターである。

 ヴォックスAC30にも採用されており、UKサウンドの肝ともいえるスピーカーなのだが、大音量時の音の割れが比較的早い段階で発生する。
 パワーアンプ部が生み出す音声信号を鳴らしきれずに音が割れ、歪んでしまう現象をスピーカーディストーションと呼ぶが、オーディオ的には歓迎されないこのディストーションもまた1962BBのワイルドで存在感あるサウンドの一角を支えている。

 技術水準が向上した現在ではグリーンバックよりもさらにヘヴィデューティでハイファイな特性を備えた「優秀な」スピーカーも存在しているし、かつてはギターアンプのスピーカーの換装においてエレクトロヴォイス(EV)が席巻したことをご記憶の方もいらっしゃることだろう。

 だが、決して高出力でもなければハイファイでもない1962BBのサウンドには、これまた最新モデルでも最強スペックでもないグリーンバックのほうがかみ合わせが良いように思う。少なくとも大音量時の、アンプが吠え立てるような、嚙みつくようなラフさやワイルドさはグリーンバックあってのものだといえる。

 なお、1962BBの他の特徴としては内蔵トレモロが挙げられる。
 アンプ内蔵のエフェクトとしてはリヴァーブが圧倒的主流となった現在では奇妙に思えるかもしれないが、これも60年代のオリジナルから継承したスペックである。




 2023年の現在、決して軽くもなければ小さくもない真空管アンプを所有するという選択肢にあまり魅力を感じなくなっているかもしれない。
 多くのギタリストがデジタルプロセッサの恩恵に与かっており、それがPCを介した録音や編集、さらにはSNSへの投稿などとも親和性が高いことを考えれば、その対極にある真空管アンプに資金をつぎ込む気になれないのだろう。

 しかし、スタジオでのバンドの合奏や、その先のライヴハウスやコンサートホールでの演奏を見据えており、真空管アンプが生み出すオーガニックなギターサウンドを自身のものとしたいのであれば、1962BBはその入門機として最良の一台となってくれる。
 輸入代理店(ヤマハミュージックジャパン)による修理のサポートが受けられるし、ハイゲインで構造が複雑なモダン系アンプに比べれば修理調整のコストは低めである。
 
 幸い現在では優秀なブースター系ペダルに加え、キャビネットシミュレイター内蔵のロードボックスという実用的な製品も流通している。かつては何の芸もないアッテネーターしか選択肢が無かったのだから、良い時代になったものである…
 適正な音量と望みのギターサウンドの折り合いをつけるためのツールを複数の中から選ぶことで、ギタリストが理想のトーンに近づく時間や道のりもずいぶんと短縮されるものと思う。

  
 最後になったが、やはりマーシャルのギターサウンドの魅力は絶大である。抗えるギタリストのほうが少数派であろうし、これは時代を超越した真理といえるかもしれない。
 黄金のプレキシ期のマーシャルサウンドを今に伝えるアンプ、しかも高額な限定品ではなく量産モデルとして現在でも入手できるという事実に、少しでも多くのギタリストが気づいてくれることを願っている。


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