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AC30という選択

 ヴォックス(VOX)ときいて多くのギタリストが思い浮かべるのは

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このふたつだろう。

 別にケーブルの専門マニファクチュアラーでもないし、ワウペダルであればクライベイビーというライヴァルも存在するというのに、なぜかカールコードとワウのブランドという認知が先行している。ま、たしかに流通数は多いが…

 今回はそのヴォックスの製品として、歴史に名を遺す名作とされながら、最近のギタリストにあまりなじみがなくなっているであろうアンプ、AC30をご紹介したい。



 現在はコルグ社の輸入代理部門KIDが日本の輸入代理店を務めるヴォックスだが、もともとJMIことジェニングス・ミュージカル・インダストリーズ社のブランドとして誕生しており、最初期は電気鍵盤楽器を、すぐ後に電気楽器用アンプ、やがてギター本体やワウペダル、アクセサリとラインアップを拡大していった。

 JMIは1968年に倒産し、70年代は後にファズフェイスの製造元として名を残すことになるダラス・アービターが商標を引き継いだ。

 1978年、マーシャルアンプの販売から手を引いたローズ・モーリス社がヴォックスの取扱いを開始する。さらに1992年にそのローズ・モーリスの経営をコルグ社が主導するようになり、コルグによるヴォックスのリブランドともいうべき改革によって多くの製品が世に出ることになった。


 もっとも、2000年代初頭まで存在したUKのヴォックス工場はすでに閉鎖されてしまった。

 私が楽器屋店員だった頃に限定品として店頭に並んだのが

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AC30 HW Limited Editionだったのだが、あとで調べてみたらUKヴォックス工場の最後期の製品だったらしい。当時のヴォックス製品のなかでもあたまふたつ、いや、よっつぐらいとびぬけて高額だったが、現行の中国製とは比較にならないぐらいコストのかかったアンプだったわけである。



 AC30の最大の特徴といえばクラスA(A級)回路、これはギターアンプについて少しでも調べたことがある方であればご存じだろう。

 ではクラスAとは、と尋ねられると私もうまく説明できない。上っ面な表現を許していただければ、真空管に高い電圧をかけて歪みの少ない良質な音声信号を取り出す回路である。

 回路を高い電圧で回路を駆動させるにはパーツの耐久性や品質も高い水準が求められるし、真空管を含めたパーツが熱にさらされることで消耗や故障のリスクも高まる。

 これがAB級になると低い電圧で高い増幅率を実現するかわりに信号の歪みが生じやすくなる。そのAB級回路に可能性を見出し製品に取り入れたのがかのレオ・フェンダーであり、その設計を参考にしたマーシャルなのである。

 70年代に入ってオーディオ的に純粋なサウンドよりもオーディエンスを圧倒する音量や音圧がギターアンプに求められるようになり、クラスA回路は完全に時代の潮流から取り残されてしまった。


 だが、90年代の終盤になるとギターアンプの行き過ぎたハイゲイン/大音量化の反動から、出力30ワット前後のアンプのデリケートでヒューマンなトーンを評価する声が上がる。

 その少し前、一台のアンプにAC30とフェンダーのアンプの回路をまとめて押し込むというユニークな設計をとったのがマーク・サンプソンのいたマッチレスであり、代表作DC30は傑作と称されるまでに人気を集めた。

 そうして、コルグのバックアップのもとでヴォックスは再び多くの製品をリリース、折からのヴィンテージブームの波もあってAC30も人気を巻き返したというわけである。



 AC30を、他のアンプやデジタルモデリングではなく実機で所有するべき理由、それは回路のオーヴァードライヴ時の有機的かつ表情豊かなトーンの変化である。

 先述したようにクラスAは良質な、歪みの少ない信号を得ることに長けた回路であり、ナチュラルなトーンを保ちつつ、音域やタッチの強弱に応じて微妙に色合いを変えるように歪みのニュアンスが加わる。

 スイッチひとつでコロッと音が変わるデジタルプロセッサでは真似できないし、そもそもデジタル回路は曖昧かつ有機的な音色の変化というやつが本当に下手である。

 お疑いであればお持ちのマルチエフェクターに内蔵のAC30のモデリングとAC30の実機を実際に鳴らして比べてみるといいだろう。私も長く楽器店で働いたが、AC30をリアルに再現できていた製品はまずお目にかかれなかった。



 現在は中国での製造に切り替わったヴォックスだが、先ほどのAC30HWの流れをくむモデルもちゃんとラインアップにある。

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AC30HW2ことAC30 HAND-WIREDである。

(※オフィシャルHPは画像をクリック)

 HW、ハンドワイアードとはプリント基板を使わず、ヴォックスの場合はタレットボードという非常に簡素な回路基板に部品をハンダ付けする手法である。

 プリント基板の全てが悪いわけではないのだが、30ワットという限られた出力を考えたとき、プリント基板のパターンを通る際の微弱な信号のロスが与える影響は決して少なくないのだろう。


 また、先の限定品の回路が60年代中盤頃の通称「6インプット」期に倣っていたのに対し、現行のHW2ではトップブーストとノーマルの2チャンネル切替を採っている。 

 トップブーストにはフットスイッチ連動のコールド/ホット(トーン回路バイパス)が、ノーマルには高音域を強調するブライトスイッチが搭載されている。

 さらに心憎いというか伝統に忠実というか、マスターボリュームをバイパスするスイッチまで装備しているのである。

 適度な音量と回路の十分なオーヴァードライヴを実現するマスターボリュームだが、ギタリストのタッチの強弱や自然なサステインの表現の妨げになるのも事実である。

 このマスターボリュームをスルーすることで、60年代のAC30が鳴らしていたであろう太く艶やかなサウンドを目いっぱい堪能できるわけである。

 これが他のアンプブランドの、中途半端にモダンスタイルを志向したモデルであれば出来の悪いゲインブースト回路を仕込んだりしそうなものだが、AC30HW2ではあくまで伝統のトーンを純粋に味わってほしい、という姿勢を崩さない。

 それに、2020年代の現在ではクリーンブースト、またはローゲイン系歪みペダルの非常に良質なものが多く流通している。マスターボリュームをバイパスしたAC30HW2を思う存分ドライヴさせることも、そう難しくはないのである。



 現在のラインアップにはAC30カスタムやAC30S1というモデルもあるが、いちどハンドワイアードのアンプを鳴らしてしまうと、プリント基板の量産モデルである両機がどうしても見劣りしてしまう。

 では先のUK製AC30HWを探せばいいではないか、とお考えかもしれないが、すでに製造から20年が経つアンプに大枚を払い、なおかつ今後のメインテナンスにコストをかけるだけの覚悟があるギタリストに限られてしまうだろう。

 その点で現行モデルであるAC30HW2は流通台数も多いうえに故障時はメーカーに修理が依頼できるという心強さがある。

 全段真空管、オールチューブアンプはギター同様に手がかかるものである。特に初めて自己所有するという方であれば無理をせず現行品から始めたほうがいいだろう。


 

 マーシャルでもフェンダーでもなく、同じUKブランドで初期製品がクラスAだったという共通点のあるオレンジ(ORANGE)でもなくヴォックスを、AC30を選ぶギタリストはこの世の中にもっといてもいいはずだ。

 さらに、オーディエンスの脳を、腹を、心を揺さぶるトーンを得たいのであればAC30HW2が最も現実的な選択肢である。

 最後になったが、現行ラインアップではこのAC30HW2、セレッション製のスピーカーでアルニコブルーG12Mグリーンバックのどちらかが選べるようになっている。

 違いはスピーカーのマグネットにある。その名のとおりアルニコマグネットのアルニコブルーは中音域に厚みのあるスムーズなトーン、セラミックマグネットのグリーンバックは音の立ち上がりやきらめくような高音域に分がある。

 個人的にはアルニコブルーをお勧めしたいが、クリーンから歪みまで出来るだけ明瞭なトーンを鳴らしたい方はグリーンバックを選んでほしい。

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